15
もう季節はそろそろ初夏である。春のまろやかな空気とは異なる、爽やかな風が頬を撫でる。私は流れてゆく街並みを眺めながら、ぽつりと呟く。
「不思議な匂い……」
「アルカは、海は初めて?」
殿下の言葉に頷くと、「僕も」と微笑まれた。
「遠くから見たことはあっても、実際に近づくのは初めてかな」
「私も似たようなものですよ。お揃いですね!」
ほつれて顔に落ちた髪が、風に煽られてはためく。道の向こうに、海が見えた。隊長の後ろ姿が見える。他にも、これまでずっと一緒にいた近衛の面々が、周囲を守ってくれている。
馬車が、船がいくつも泊まっている海沿いに入る。眼前に広がった広大な水面に、私は言葉を失った。
「すごい、これが海……?」
殿下は眩しげに目を細めて、「圧巻だね」と呟く。私は無言で頷く。……水って、あるところにはあるもんなんだな、と遠い目をした。昔の私なら、こんな光景を想像すらできなかった。内陸にいた頃の幼い私は、海なんてものも知らなかったのである。
――殿下に拾い上げて頂いて、救われるまで、私はこうも自分が無知で矮小であることを知らなかったのだ。
一際大きな一艘の前で、馬車が止まる。のんびりと感傷に浸っていたかったけれど、そうもしていられない。促されるがままに馬車を降り、目の前の船を見上げた。……これが、はるばる海を渡る船か。
「アルカさん、ご無事ですか!」
脇から、ほとんど体当たりのように抱きつかれる。「ウルティカ、」と呼ぶと、彼女は大きく頷いた。なるほど、ウルティカも一枚噛んでいたらしい。王都にいたときのことを思い浮かべて、私は小さく頷く。
ひとまず私の到着を確認することで用は足りたらしい。「船の手配をしてきますね」とウルティカが足早にどこかへ立ち去ったのち、私は殿下を振り返った。殿下は海沿いに佇み、ひとりで物思いに耽っているようだった。
海風を背に受けて、殿下はどこか遠くの空を仰いでいた。顎を心持ち上げ、薙ぐように視線を動かす。その唇が、何か、私には計り知れない言葉をいくつか描いた。何を見ているのだろう、と思ったけれど、やがて何となく悟る。――殿下が見ているのは、この国だ。
本当に良いのだろうか、と私は心の中で呟いた。……殿下に国を捨てさせて、良いのだろうか。多分私はこれから先も、何度も同じ問いを繰り返すことだろう。殿下はきっとそのたびに、うんと言って笑うのだろうけれど。
「アルカ」
隊長が、静かな声で私を呼んだ。顔ごと視線を向けると、隊長は手を差し出した。私はその手を取る。
……強く。強く手を握りしめた。固い握手の最中に口を開くほど無粋なことはない。私は唇を噛んで、ただ、隊長の手を握った。
ややあって、隊長は大きく一歩踏み出して、空いた片手で私の背に触れる。「流石に両腕でいったら気持ち悪いからな」と言い訳がましいことを言って、片腕できつく私を抱きすくめた。
「……元気でやれよ」
散々言葉を選ぶように黙りこくったくせに、隊長が言ったのはそれだけだった。私は苦笑して「はい」と応えた。隊長のことは笑えない。私も、こんな場面になってみると、咄嗟に言うことなんて見つからないのだ。
「隊長、」
私は体を離して、真っ直ぐに視線を合わせた。相も変わらず無骨でごつい顔である。初めて会ったときより老けた。当然だ、もう八年以上の付き合いだし。
「今まで、本当に、ありがとうございました」
そう言うと、隊長は声を出さずに微笑んだ。
「――どこか、遠くにでも行くのか」と投げかけられた言葉は、はるか昔の再現だろう。私は思わず泣き笑いのような表情になって、「はい」と答えた。たった一言の短い返事なのに、それはやけに弱々しく潤んだ響きになった。
私の返事を聞いた隊長は、不意に表情を険しくする。
「……アルカ・ティリ」
「はいっ!」
突如として厳しい呼びかけを投げられ、私は反射的に姿勢を正した。もう身に染みついた反応だ。威勢良く返事をした私に、隊長は目を細めて満足げに微笑んだ。返事をさせられたのだ、と気づいた直後、私は狼狽える。――何だかこれでは、何かの区切りのようじゃ、ないか。
「あ……」
「ほら、殿下のところへ行ってやれ」
私が眦を下げるより早く、隊長は私の背を押した。よろめくように一歩踏み出し、私は隊長を振り返る。隊長は既に反対側を向き、遠くの海を眺めていた。
殿下は荷物の中から剣を取りだし、ちょうど振り向いたところだった。私が背後に立っていることに気づくと、驚いたように一瞬肩を跳ねさせる。
「びっくりした……」
「ごめんなさい」
頬を掻いて視線を逸らす私に、殿下は両手で剣を持ったまま向き直った。そこで私は、殿下が持っているのが私の剣であることに気がついた。「それ、」と呟くと、殿下は剣を胸元に抱いて、私の目の底を見据えた。
「これを、僕の手から渡すけど、……君はもう僕の護衛官にはならない。そのつもりで、この剣を受け取って欲しい」
私は呆気に取られて殿下を見上げた。薄々分かっていた、というか普通に考えればその通りなのだけれど、私が殿下の近衛でなくなるという事実に、理解が追いつかない。
「は、い」
両手を差し出す。慣れた重みが乗った。じわりとした感慨が胸の底に落ちた。
次々と、立て続けに、ありとあらゆるものが私からそぎ落とされてゆく。自分が溶けるような心地がした。左手を見下ろした。もはや何の輪も嵌まっていない手首を眺める。私はもう、殿下の託宣人ではない。そして、私は、もう殿下の護衛官にもなれない。
「アルカ」
殿下がぼんやりとしている私を呼んだ。顔を上げると、彼は無言で微笑んでいた。
少しして、ウルティカが走り寄ってくる。唇を引き結ぶ私たちを見て、ウルティカは何も言わずに眦を下げた。
「……船の準備が、出来ました」
「ありがとうございます」
私が微笑むと、ウルティカは控えめな笑みを返してくれた。私は体を捻って船を見上げる。遙か遠く、ゆかりのない土地に向かう船である。
「行こう」と殿下が私の手を取った。咄嗟に踏ん張った私を振り返って、殿下が眦を下げて笑う。
「揺らぐ前に、はやく」
「……はい」
私は奥歯を噛みしめて頷いた。桟橋に足を踏み入れ、きつく殿下の手を握りしめた。殿下が私の手を握り返す。その指先が震えていた。
隊長を初めとした近衛が、海沿いに並んでいる。私は端から順に、ひとりひとりを見つめた。その顔を見るだけで、これまで過ごしてきた日々がこうも、やすやすと蘇るのだ。私が俯きかけたところで、殿下が大きく息を吸った。
「――この瞬間をもって、ユリシス・トーレルロッドとアルカ・ティリは死去する」
風が吹き抜けた。艶のある黒髪が、潮風に煽られてかき混ぜられていた。彼は凜と背筋を伸ばし、強い目で近衛を見渡した。
「総員はこの後、南方の街道を辿れ。その道中で不慮の事故に遭って護衛対象を喪うように」
その言葉に、近衛の面々は顔を見合わせ、肩を竦める。まったく、と言わんばかりの顔である。それを見ながら、彼は笑った。勝ち誇ったような笑みだった。
「僕たちは永遠に勝利する」
「ええ」
隊長が苦笑交じりに頷く。彼は晴れ晴れとした表情で、最期にひとつの命令を下した。
「――解散!」
彼の手が、痛いほどに私の手を握りしめる。私も震える手でその指先を握り込み、素早く踵を返す仲間たちを見送った。目頭が熱くなる。まだだ、まだそのときではない、と私は奥歯を食いしばった。
どこか遠くの海鳴りの音を噛みしめながら、私は、遠ざかってゆく背中をいつまでも見つめていた。
***
「――そういえば、ラディルさんが間に合ったようで良かったです」
船の上でウルティカが言った。ちょくちょくヴィゼリーとキルディエを行き来する彼女は、今回はこちらに留まるらしい。船を下りる間際、ウルティカが漏らした言葉に、私たちは顔を見合わせた。
「どういうことですか?」
私が問うと、ウルティカは船を下りながら「私がラディルさんに言ったんですよ」と微笑んだ。
「早めに知らせて頂けて幸いでした」
全くもって要領を得ない言葉に、私は首を傾げる。ウルティカはそんな様子に気づかないようで、にこにこしながら言葉を続けた。
「以前ご一緒したことがありますよね、アルカさんの後輩なんでしたっけ? 私のところに知らせに来て下さって、それで私がラディルさんに。間に合って良かったです」
言いつつ、ウルティカはさっさと船を下りてしまった。私は呆然と今の言葉を反芻する。
……私に、後輩は、一人しかいない。
「こうはい、って、」
私が呟くと、殿下は私を見た。同じ顔を思い浮かべていることは、口に出さなくても分かる。私は甲板の上を大股で横切ると、船縁の手すりにしがみついた。
「ジャクト……?」
私の後ろから歩いてきた殿下が、「まさか、ここにいるのか」と呟く。私は返事もできずに、目を見開いて港を見渡した。
どくん、と心臓が高鳴った。ウルティカはジャクトと面識があるし、まさか人違いということはないだろう。
「私もそのうちそちらへ行きますのでー!」
ウルティカが笑顔で大きく手を振る。今更どういうことかと問い詰めることも出来ないし、あとで手紙か何かで訊けばいい。心臓が変に跳ねるのをそう抑えながら、私はウルティカに向かって手を振り返した。
船がゆっくりと動き出した。その揺れを足の下に感じながら、私は強く手すりを握りしめ、きつく目をつむる。この心を何と表せばよいのか、私には分からない。凪いだような表面の下に荒れ狂い渦巻く感情を押し殺しながら、私は唇を噛んだ。
「アルカ」
私の背に手を添え、殿下は何か言おうとするように息を吐いた。それに応えようと視線を上げる。港を離れ、船は大きく弧を描いていた。軌跡が僅かにたなびき、波にかき消されてゆく。
こうして見ると、本当に大きな港町である。船舶が入れられるように整えられた海岸線をぐるりと見渡して、私は、一気に汗の引くような心地がした。自分が何にそれほど衝撃を受けたのか、一瞬理解が遅れた。目を見開き、私は視線を戻す。
「今、何か、……」
殿下の腕を引いて、謎の直感を伝えようとした瞬間、私は息を飲んだ。
「ジャクトっ!」
「え!?」
殿下が泡を食って私の視線を追う。私が指をさすと、殿下もそちらを見た。
咄嗟に数えきれぬ桟橋が並ぶ港、その端に佇んで、こちらを見ている人がいた。騎乗したまま、馬の鼻先を私たちの行く手に向けて、ただ一人、船を見つめている。
「ジャクト……」
私が指を向けたことで、私たちが気づいたことを悟ったらしい。彼は慎重な動きで馬を下り、胸に手を当てた。距離があり、その表情ははっきり見えない。顔すらも分からないのに、私にはあれがジャクトであるという確信があった。
「っジャクト!」
私は口に両手を当て、力一杯に叫ぶ。その声が届いたのは定かでないが、私の絶叫の残響が消える頃、ジャクトは胸に手を当てたまま頭を垂れ、片膝をついた。……最敬礼だ。
殿下も身を乗り出し、ジャクトの名を呼ぶ。
「ジャクト、自分の思う道を進め!」
はたしてその声は聞こえたのか。たとえ聞こえたとして、ジャクトに言葉が響くかどうかも分からない。ジャクトが今までどのように過ごしてきたのかも、どうしてここにいるのかも、私たちには到底窺い知ることなどできやしない。ジャクトが私たちのことをどう思っているのかすら。――それでも、今、ここに来てくれたことが、ひとつの答えのような気がするから。
幸あれと祈った。ジャクトに前途あれと心よりの願いを乗せた。私が置いてきた沢山の人の顔を思い浮かべながら、私はただひたすらに祈りを捧げていた。一体何にこの心を手向けているのやら、さっぱり分からなかったけれど、それでも良いと思った。彼らを救うのは彼らの大切な何かであり、私の身勝手な祈りなど、何の腹の足しにもなりやしない。
私は手すりに置かれた殿下の手の上に、自らの手のひらを乗せた。殿下は黙って肩を震わせていた。
ジャクトが遠ざかる。もう、その姿さえも認識できなくなって、キルディエが手の届かない場所まで離れていって、私たちがこれまで歩み、息づき根付いていた大地が見えなくなった頃、殿下は強く私の肩を抱いた。
「殿下、」
「僕はもう殿下じゃないよ」
その言葉にくすりと笑って、私はその背に腕を回す。肩にその額が乗せられた。
「泣いても良いんですよ、『ユーリ』」
「……泣いて、ない」
思わず声を上げて笑ってしまいそうなほどの潤み声に、私は相好を崩す。眦を下げて少し微笑んでから、私は歯を食いしばって涙をこぼした。頭に手が乗せられる。甘やかすように撫で下ろすのと同時に、彼は甘えるように頬をすり寄せた。
進もう、とその声が告げる。でも今ばかりは、と彼は続けた。
この決断に悔いがあるわけじゃない。彼と一緒なら、私はどこまでだって行ける。それでも惜別の痛みが和らぐ訳ではない。――だからこうして、寄り添うしかないのだ。
***
ひとしきり涙を流したのち、私は快晴を見上げながら、過呼吸気味でぼうっとする頭を持て余していた。手すりの上に頬杖をついて、果てしない海原を見透かした。隣ではユーリが手すりに肘を突いてもたれかかり、雲一つない青空の頂点を仰いでいる。
「ウルティカを城に呼んでいたのは、私が城にいないことを誤魔化すだけじゃなくて、この件もあったんですね?」
「その通り」
しれっと頷いたユーリを横目で見ながら、私は「ふーん」と頷く。
「イルゾア商会を通じて、エアノルア殿下と連絡を取った。僕たちは『お友達』だからね、快く受け入れを了承してくれたよ。向こうに着いたら殿下が色々手配してくれるはずだ」
なるほどなぁ、と私は頬杖をついていた手を顔から離し、手すりの上で腕を組む。そういえばユーリにはそんなパイプがあったのだ。
「……私たち、もう二度と、帰ることは、出来ないんですか?」
恐る恐る呟くと、彼は「いや、」と曖昧な返事をした。
「情勢が変われば、いずれは」
「じゃあ、ほとぼりが冷めるまでしばらくはヴィゼリーですね」
いずれ、という言葉の重みを感じながら、私は明るい声で笑った。ユーリはそんな心の内もすっかり見通したみたいな微笑で、「うん」と頷く。
「僕たちは死んだことになる。だから今まで通りの身分で帰ることは不可能だけれど、まあ……身元を証明する方法なんていくらでもあるからね」
「あはは」
裏で手を回す気満々である。私が声を上げて笑うと、彼は片目を閉じて得意げに笑った。
「あと数年したら、キルディエはヴィゼリーに対する関税を大幅に引き下げる。それで頭のいい人はみんな気づくだろう」
悪戯っぽい表情で、ユーリは頬を緩める。「そのとき僕たちは公然の秘密となるけれど、でもそのとき既に僕らは手の届かない海の向こうって寸法さ」
得意満面である。神殿を出し抜けることがよほど嬉しいらしい。私も思わず破顔して、人差し指を立てる。
「ふふ、……ジゼ=イールの生き残りは野放しで、異端者も取り逃した、と」
そうだ、と私はユーリの言葉を胸の内で繰り返していた。――私たちは永遠に勝利する。私たちが生きている限り。私たちが幸せな夢の中に沈むとき、その勝利は確定する。
「え?」
首を傾げたユーリの表情に、私は失言に気づいた。「何でもありません」と誤魔化すと、彼は少し遠くに思いを馳せるような顔をしてから、物わかりの良い顔で「ん」と頷いた。
船旅はこれからまだ続く。この先に何が待っているか、私たちにはちっとも分からないけれど、怖くはなかった。私たちには前途がある。二人で進むのなら、どんな暗闇の底でも歩いて行ける。
――進むのだ。私は既に、様々なことを知っていて、何も知らない。この海の向こうにどんな世界があるのか、私はちっとも見当がつかない。私が果たしてどんな生涯を送るのやら、予想も出来ないのが何だか嫌になってしまう。
けれど少なくとも、この世界がときに際限なく無情で不条理であることも、ときに泣きたくなるほど優しくて温かいことも、私は知っているから。
「アルカ」
呼ばれて、私は顔を上げた。頬に手を添えられて、誘われるように背を伸ばす。
「アルカ・ティリ」
腕組みをほどき、私はゆったりと目を細めた。噛みしめるように私を呼んだユーリは、私の両頬にその指先を当てる。ああ、とその口から、言葉に出来ない思いが滴り落ちたようだった。私はどこまでも真っ直ぐなその双眸を見据え、万感の念を込めて囁いた。
「――ね、一緒に生きましょう、ユーリ」
まだ苦渋の滲むその瞳の奥に囁きかける。私は一歩距離をつめ、胸元に手を当てて、踵を浮かせた。
「私たちは幸せになりますよ。絶対にね。私が言うんだから本当のことですよ」
さっと距離を取りながら、私は尊大に言い放った。彼は呆然としたように指先で唇を押さえながら、「うん」と呟く。そんな様子を眺めて、私は肩を揺らして笑った。
あなたと見たいものがたくさんあるのだ。綺麗なものとか、面白いものとか、ちょっと不思議なものとか、いっぱい。――あなたはかつてそう言って、私を広い世界へと連れ出した。
私たちはもう――あるいはまだ、何者でもない。私は殿下の託宣人ではないし、護衛官でもない。殿下も既に殿下ではなくなって、一体何なのか、……私にも分からない。それはまるで足下が抜けたみたいな不安だったけれど、どういう訳か意外と平気な自分がいた。
辺りはどちらに視線を向けても、見渡す限りの大海原である。島影一つ見えない寄る辺のなさが、今は何だか愉快だった。私は首を反らして、傍らに佇むその人を見上げる。視線を待つまでもなく、彼は私を見ていた。
風がそよぐ。髪が巻き上げられ、くすぐったさに首を竦める。知らない鳥の鳴き声が空を突く。あるときは海を割り、またあるときは地面を踏みしめて、私たちは進んでゆくのだ。
指を絡ませるようにして手を繋いだ。握り返してくる柔らかい感触に口元を綻ばせながら、私は愛おしいすべてのものごとに、前途あれとの祈りを捧げていた。
「アルカ! 見てこれ、カニ捕まえ……いてっ! うわっ!」
「ぶっ……あはははははは!」
岩場でいきなり立ち上がり、何かを掲げたと思ったら腕を振り回して勝手に海に落ちた。腹を抱えて笑い転げる私に、ユーリはしばらく憮然としていたが、ややあって堪えきれないように吹き出す。
「参ったな」と笑いながら服の裾を絞る横顔は、何だかいつもより幼く見えた。……こんな表情は、久しぶりに見たような気がする。その屈託のない笑顔を眺めながら、私は思わず笑みこぼれた。




