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転生したら豊臣秀頼だったので、大坂の陣を起こさせません ~MBAホルダー、豊臣家の事業承継に挑む~  作者: 東雲 諒杏
第一部「天下人の忘れ形見」                                    第一章 四度目の転生

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第1話 四度目は、お断りします


【現在地:死後の世界 / 勤務時間外】


「日向守様――」


 声がした。懐かしい声だった。そして、できれば二度と聞きたくないほど、よく通る声だった。


「日向守様。起きてくだされ」


 俺は目を開けなかった。正確には、開ける目がなかった。


 文禄五年、十月十五日。坂本城。明智日向守光秀としての二十年を、俺は終えたばかりだった。


 一度目の人生は、黒瀬直人という会社員だった。東都大学を出て、米国アルファード大学院でMBAを取り、企業再生の仕事をした。会社を救おうとして、自分が先に壊れた。


 二度目は、蜀漢皇帝・劉禅。英雄一人に国を背負わせない仕組みを作るために、六十四年を使った。


 三度目は、明智光秀。織田信長という天才創業者の下で、二十年かけて組織を作り直した。本能寺を燃やさず、信忠へ権限を渡し、誰か一人が倒れても動く形まで残した。


 最期の床のことは、よく覚えている。坂本の城の、湖の見える部屋だった。煕子が、最後の冬を過ごした部屋だ。障子を開けさせると、湖は、秋の光を跳ね返して白かった。


 ひと月前には、上様が、杖をついて、供も連れずに、見舞いに来た。金平糖を、置いていった。


 枕元では、斎藤利三が、俺の言うことを書き留めていた。息子の光慶は、何もせず、ただ、そばにいた。最後に、帳面に三行、書かせた。《障子を、開けさせた。湖が、見えた。きれいであった》。《斎藤利三が、泣いた》。《良い日であった》。


 泣かなくてもいいように、引き継ぎはすべて終えてあった。それでも、利三だけは、泣いた。


 誰か一人が倒れても、組織は止まらない。そういう形にしておいた。だから俺は、安心して目を閉じることができた。


 人生で初めて、仕事を残さずに死ねたのだ。


 そのあとで、声を聞いた。


 二十年、同じ体の中にいた声だった。明智光秀、その人だった。二十年前、熱にうかされた床で、あの人は、誰でもよい、どうか助けてください、と祈った。俺は、その祈りの上に、落ちてきたのだという。


 《返してくれたのだ。私の人生を》


 最後に、声は、聞いた。


【次の任を、お引き受けになりますか】


 いいえを、押した。


 足りたからだ。一度目は、引き継ぎ資料を一枚も作らずに死んだ。二度目は、六十四年かけて、国を渡した。三度目は、湖を見て、良い日であった、と書いて死んだ。もう、足りていた。


 だから、これで終わりのはずだった。


 もう十分だった。普通の人間は人生を一回しかやらない。俺は三回やった。そのうち二回は国家案件で、一回は歴史上もっとも面倒な上司の下での組織再生である。労働基準法が死後の世界にも適用されるなら、俺には長期休暇を請求する権利がある。


【勤務記録:黒瀬直人】

人生回数 3(うち転生 2)

累計勤務年数 99年

有給休暇取得日数 一度目 0日/二度目 年平均4日(木簡《私の、休んだ日》による)/三度目 2日(三日を申請。上様により二日に減額。2日とも発熱のため就寝)


 九十九年。白寿である。祝われた記憶は一度もない。二度目の人生では、休んだ日を、自分で木簡に書き続けた。年に四日。三度目は、もっとひどい。信長から三日をもぎ取ったと思ったら、使いが来て、《――減っておるぞ》。二日になった。しかも、二日とも熱で寝ていた。


「日向守様。緊急にござる」


 その一言で、反射的に口が動いた。


「緊急と書かれた案件ほど、たいてい半年前には兆候が出ています」


 言ってから、自分で少し驚いた。光秀として生きていたころなら、まず相手を座らせ、事情を最後まで聞き、「急ぎの儀にございますか」と確かめただろう。二十年間、そうしてきた。家臣の前では声を荒らげず、腹が立てば一晩置いてから書付にした。


 死んだ途端、その外側がすとんとほどけたらしい。前へ出てきたのは、意味のない会議が嫌いで、「至急」と書かれたメールを信用しない、四百年後の疲れた会社員だった。


 俺はようやく声の方を向いた。


 暗闇の中に、男が一人立っていた。金色だった。後光まで差している。ときどき、ちらついた。仏の後光にも、電池切れがあるらしい。


 羽柴筑前守秀吉。いや、この男は豊臣秀吉と名乗るべきなのだろう。


 俺が光秀として生きた世界では、本能寺は燃えなかった。信長も信忠も生き、秀吉は天下人にならず、織田家の重臣として老いた。だから目の前の男は、知っている男であって、知らない男だった。


「筑前殿。なぜ仏になっておられるのですか」


「死にましたゆえ」


「それは拝見すれば分かります」


 秀吉が困った顔をした。その困り方だけは、安土の廊下ですれ違ったころと少しも変わらなかった。


「日向守様」


「その呼び方は、もうやめていただけますか。私はもう日向守ではありません」


 口にしてみると、肩が軽かった。


「では、何と」


「黒瀬直人です」


「くろせ……殿」


「ええ、それで結構です」


 二十年間、俺は明智光秀でいようとしていたらしい。死んで、ようやく勤務時間が終わったのだ。


「それで、ご用件は」


 秀吉は笑わなかった。その時点で、嫌な予感がした。


「お願いがございます」


「お断りします」


「まだ申しておりませぬ」


「お願いという言葉が出た時点で、お断りします。お聞きすれば情が移りますので」


 秀吉が絶句した。楽だ。黒瀬直人、実に楽である。


 秀吉は、しばらく口を開けたまま固まっていた。それから、ぽんと膝を打った。


「さすがは日向守様。いや、黒瀬殿。話が早い」


「断ったのですが」


「断るのが早いということは、何を頼まれるか、もうお分かりということにござろう」


 嫌な切り返しだった。人の言葉尻を拾って懐へ潜り込む。安土の廊下で、この男が信長の小言をいつの間にか褒め言葉に変えてしまうのを、何度見たことか。


「分かっていても、お断りします」


 だが秀吉は、帰らなかった。膝をつき、暗闇に額を近づけて、低い声で語り始めた。


「拙者の世界では、上様は本能寺で亡くなられました。日向守様も、山崎で討たれ申した」


「そうでしょうね」


「それから拙者が天下を取り、そして死にました。死んで十七年で、豊臣は滅びまする」


 暗闇に文字が浮かんだ。慶長三年、秀吉死去。慶長五年、関ヶ原。慶長二十年、大坂夏の陣。豊臣家、滅亡。


 最初の人生で教科書に載っていた歴史である。数字としては知っていた。


「後継者は」


「倅の秀頼。五つにございます」


 五歳。創業者依存。幼児後継者。幹部対立。最大の競合は徳川家康。職業病で、勝手に診断してしまう。


「最悪ですね。しかも原因の半分以上は、筑前殿にあるのではありませんか」


 秀吉の顔が固まった。


「五大老も五奉行もお作りになった。しかし最後は、すべて筑前殿がお決めになった。家臣同士の対立も、徳川への牽制も、筑前殿がおられることが前提です。組織を大きくされたご本人が、そのまま組織最大の弱点になってしまったのです」


 長い沈黙のあと、秀吉は小さく頷いた。


「仰せの通りにございます」


 そこまで素直に認められると、少し困る。


「黒瀬殿。豊臣を、救うてくだされ」


「お断りします」


「倅を」


「お断りします」


「淀を」


「それも、お断りします」


「なぜでござる!」


「足りたからです!」


 言ってから、言い直した。


「……いえ、疲れたからです!」


 俺は初めて声を荒らげた。


「会社に殺されかけ、蜀で六十四年、織田家で二十年働きました。本能寺まで止めました。しかも今回は五歳児なのでしょう。また幼児から始めるのでしょう。劉禅のとき、私が何年おむつだったと思われますか」


「存じませぬ」


「私も思い出したくありません!」


 死後の空間に、どうでもいい怒号が響いた。視界に表示が出る。


【緊急再建案件】

対象 豊臣政権

後継者 豊臣秀頼・五歳

残存猶予 十七年

【この案件を引き受けますか】

はい / いいえ


 俺は迷わず「いいえ」を押した。表示が消え、秀吉の顔から血の気が引いた。仏なのに。


「これは筑前殿の失敗です。亡くなられてから、他人へ丸投げなさらないでください」


 少し言い過ぎたと思った。だが、ここで引けば終わらない。


 秀吉は反論しなかった。代わりに、両手を膝の上で握りしめた。


「……拾は、拙者が五十七の年に生まれた子にござる」


 聞くつもりはなかった。だが、耳は閉じられない。


「その前に、鶴松という子がおりました。三つで死にました。拙者は、天下を取っても、我が子一人の熱を下げられなんだ」


 秀吉の声が、急に小さくなった。天下人の声ではない。年老いた父親の声だった。


「拾が生まれたとき、拙者は怖うてならなんだ。抱けば壊れそうで、抱かねば消えてしまいそうで。あれの小さな手が拙者の指を握ったとき、ああ、この手に天下を渡すのだと、それだけを考えておりました」


 秀吉は顔を上げた。


「渡したのは、天下ではなかった。拙者の作った揉め事と、拙者の作った敵にござった」


 俺は黙った。


「淀もそうじゃ。あれは小谷で父を失い、北ノ庄で母を失った。城が燃えるたびに、家族を一人ずつ奪われてきた女にござる。拙者は、あれにだけは二度と城の燃える様を見せぬと約束した。その約束を、拙者は果たせぬまま死んだ」


 秀吉は、指を一本ずつ折るように名を挙げた。


「治部は、正しいことしか言えぬ不器用者でござる。あれを嫌う者は多い。拙者がおらねば、あれを庇う者はおらぬ。又左は、もう長くはない。皆、拙者がおるうちは何とかなった。拙者がおらぬようになってから、何とかなるようには、しておかなんだ」


 声が震えた。泣いているのかと思ったが、仏になった男の目から涙は落ちなかった。落ちないことが、かえって痛々しかった。


「倅は、まだ何もしておりませぬ。拙者の失敗で、あれを死なせとうない」


 卑怯だ。実に秀吉らしい。人の懐へ入ることにかけて、この男の右に出る者はいない。


 胸のどこかが、少しだけ揺れた。


 劉禅として生きたころ、俺の父・劉備も同じような顔で死んだ。白帝城で、諸葛亮に国を託し、幼い息子の行く末だけを案じていた。孔明一人へ、全てを背負わせるな。それが、父の遺言だった。あのとき託された側にいたのは俺自身だった。託す側の顔を、こうして正面から見るのは初めてかもしれない。


 それでも俺は、首を横に振った。


「お気の毒だと思います。しかし、気の毒な者は歴史にいくらでもおります。全員は救えません。救えるから救う、ということを始めれば、終わりがないのです」


 秀吉が、深く頭を下げた。


「……承知、いたしました」


 意外だった。もっと食い下がると思っていた。頭を上げないままの背中が、ひどく小さく見えた。


 申し訳ない、とは思った。だが、今の俺には、もう一度誰かを背負う力が残っていない。


「申し訳ありません。それでも、お断りいたします」


 そのときだった。


「――ならば、わしが頼む」


【緊急再建案件 再審査の申請がありました】

申請者 織田信長


 死後の世界にも、差し戻しの制度はあるらしい。


 暗闇の奥から、声がした。


 俺は固まった。秀吉も固まった。


 その声を、俺は二十年聞き続けた。聞き間違えるはずがなかった。



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