↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/28

初めて

 

「電話出なくていいの?」


「あ、うん。ちょっとごめんね」


 お母さんからだ。どうして、こんな時に電話してくるんだろう。でも何故か、救われたような気もする。


 通話ボタンを押すと、心配そうなお母さんの声が耳の穴に雪崩れ込む。


「桜ちゃん、今どこなの? 今日は誕生日なんだから、早く帰ってきなさい。ケーキも用意してあるのよ」


「誕生日……誰の?」


「何言ってるの! あなたのでしょ。桜ちゃん、今日で十六歳よ」


「あっ、そうか、私のか……」


 私は誕生日に死のうとしてたのか……。


「そうよ、だから早く帰ってきなさいね」


そんな日にもしも私が死んでたらお母さんは……。


「うん、わかった、帰るね」


 桜舞う日に生まれたのは私だけじゃないのに……。


「桜ちゃん、今日、誕生日なの?」そう言って彼が私を覗き込んだ。


「うん、そうみたい。すっかり忘れてた」


 舞は誰かに祝われてるだろうか……。


「あっ! 桜咲く時に生まれたから、桜っていう名前なんだ!」


 彼はそう言って琥珀色の瞳を輝かせた。

 

「まあ、そんなとこかな」


 桜が舞う時に生まれたのは私だけじゃない。


 私が言うと、彼はすうっと春の空気を吸い込み、ろうそくの火を優しく吹き消すように、ハッピーバースデーの歌を奏ではじめた。


 ああ……なんて澄んだ優しい歌声……。


 私のベトベトに絡まった髪をほぐしていくような、そよ風のような歌声。まったく、何から何まですべてが美しい。本当に妖精ではないかと疑ってしまう。心が濡れる。干からびた大地に降り注ぐ雨。妖精の美声はひび割れた心の隙間を埋めていく。彼の歌声が私の名前を奏でると、胸の奥がキュッと抓まれたように痛くなった。


 歌い終わった彼がこちらを見て、誕生日おめでとう、と言った。


「ちょっと桜ちゃん、引かないでよ……いきなり歌いだしたのは、さすがにキモいか……? ごめん、でもマジで引かないでよ……」


 「ち、違うの。そんなんじゃないんだ。ちょっと、あ、あの……」


この感情を言語化する術がない。


 参ったなあ、と彼は苦笑を浮かべ、他に誕生日プレゼントないしなあ、と顔をしかめた。


 誕生日プレゼント……。


「あっ、あの……」


 突如、一つだけ欲しいものが思い浮かんだ。でも断られたらどうしよう、という不安が私を吃らせる。


「……なに?」


 彼も不安げに私の様子を窺う。


「あ、あのさ、その……トミーくんの……連絡先を教えて欲しいなあ……なんて思ったり思わなかったり……」


 私にとって初めての経験だ。異性から訊かれることはあっても、自ら異性に連絡先を訊いたことはない。


 この勇気を振り絞る行為……震える手をこれでもかと握り締め、やっとの思いで滲み出てくるものが、私の唇を動かした。私の心臓が脈打ち、顔が熱くなったから、不自然に顔を背けた。彼が何を言うのか怖い。同時に早く何か言ってほしいと思っている。矛盾だらけだ。

 

 バラードの歌いだしのように、彼は優しく喉を震わせた。


「そんなことでいいの? でもひとつだけ約束してほしい」


「……何?」


「……もう二度と死のうとしないで」


「……うん、約束する」


 そう言うと彼は優しく微笑んだ。


「ほらっ、お母さん待ってるんだから、早く帰ったほうがいいよ」


 帰りたくないよ、とは流石に言えず、本音とは裏腹にベンチを立った。彼が私を見上げている。また琥珀色の瞳に吸い込まれそうになる。どうしていいのかわからなくて、私は何も言わずに逃げるようにその場から走り去った。

  

 私は桜の絨毯の上を走り抜ける。心臓がドクンドクン鳴り、息が上がり、呼吸がしづらくなり、マスクを外した。露出した顔を撫でる風が気持ちいい。こんな感覚は生まれて初めてかもしれない……そう思った。


  


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。