鱗
それから私は毎日のように病院へ通った。通院は週一回でいい。正しくいえば桜の見えるベンチに毎日座っているだけ。だけどいくら待っても彼とは会えなかった。
受付で『富井』という名前を訊ねても個人情報がどうのこうので教えてはくれなかった。
彼の手術痕といい、あの時の医師の対応といい、この病院の患者に間違いないはずだ。そうじゃないとすれば……死んだ? 頭を打った数時間後に容態が急変することだって十分に起こりうる。
私のせいで彼は死んだ? 死ぬべきなのは私でしょ?
私はラムネをかじるように錠剤を喰らった。桜は徐々に散っていく。それから数日後、強い薬を処方された。ベンチから見る桜は本格的に散り始めた。
柔らかい風でも、はらはらり……くるるりら……無数の花びらが堕ちていく。地面に到達するまでの、たった数秒の間だけの刹那。皮肉にも桜はこの瞬間が一番綺麗だとも言われる。もしそうだとしても、私は厭だ。
人間に喩えるなら死に際ということでしょ? 私には生命の鱗が剥がれ落ちていくように見えてしまう。全て剥がれ落ちると死ぬんだ。私は死ぬんだよ。
桜の散り様が綺麗だというなら、私は今とても綺麗だということになる。嘘だ。そんなの嘘だ。
「うそだああああ!」
近くにいた誰かが声を上げて踏ん反り返った。それをぼんやりと眺めて私はふわふわと揺れる虚ろな世界で愉快に笑った。
どれくらいそうしていたのだろう。剥がれ続ける生命の鱗は地面を覆い尽くした。
車が通る度に巻き上がるピンク色の鱗。鱗を纏った大地は巨大な魚にはなれないようだ。花びらは死骸だ。
あんなにも綺麗に咲いていた桜は、地面に堕ちてしまえば、誰の目にも留まることなく踏み付けられていく。
そして透き通るような薄いピンク色は黒く汚れ引きちぎられ、やがて排水溝に飲み込まれていく。散ってしまえばそれで終わり。
膝許に花びらが一枚。それを摘んで舌の上にのせた。桜の味なんてしない。ほろ苦い。
どこの木のどの辺に咲いたどの花びらかわからないけど、私の中に溶けて、せめて私の一部となれ。誰かに踏まれて汚れてちぎれゴミになるよりはマシでしょ? 私自身がゴミ以下なのに、この桜の花びらはゴミ以下の何かに飲み込まれてしまった。私はまた私以外の何かを不幸にしてしまった。
風が吹いた。新しい季節を運んでくるような強くて生暖かい風。桜は一気に散った。……終わった。……死のう。




