バケモノ
緊急外来で訪れる病院は何故か心許ない。痛みに慣れてはきたが、全く痛みはひいていかない。車の中で気づいたこと。前歯が折れている。折れた歯は飲み込んでしまったのか、口に溜まった血と一緒に吐き出したのかはわからない。鼻で呼吸ができない。口の中は血の味。ああ……ああ……心も身体もどんどん重くなっていく。ああ、もう一切何も考えたくない。
処置室に案内してくれた看護師は、血まみれであろう私の顔を見て一瞬だけ表情を歪めたのを私は見逃さなかった。
もっと酷い怪我を見てきているはずであろう看護師が驚くほど、私は醜くなってしまったのだろうか。不安が不安の上に積み重なり、その重みが私の顔面に圧し掛かる。
しばらくすると初老の医者がやってきて、第一声に、あらら、こりゃ酷いね、と呟き、まるで汚物に触れるように私の鼻を指先で弄りながら言う。
「コレ、完全に折れてますねえ。しかし、どのようにして、このようなことに?」
医者は眼だけをお母さんに向けた。
「えっ、あっ……」
言葉に詰まるお母さんを見て医者が告げる。
「事件性があるものは、報告しなきゃならんのです。今、そういうの増えてるでしょ?」
緊急外来で訪れる病院は何故か心許ない。痛みに慣れてはきたが、全く痛みはひいていかない。車の中で気づいたこと。前歯が折れている。折れた歯は飲み込んでしまったのか、口に溜まった血と一緒に吐き出したのかはわからない。鼻で呼吸ができない。口の中は血の味。ああ……ああ……心も身体もどんどん重くなっていく。ああ、もう一切何も考えたくない。
処置室に案内してくれた看護師は、血まみれであろう私の顔を見て一瞬だけ表情を歪めたのを私は見逃さなかった。
もっと酷い怪我を見てきているはずであろう看護師が驚くほど、私は醜くなってしまったのだろうか。不安が不安の上に積み重り、その重みが私の顔面に圧し掛かかる。
しばらくすると初老の医者がやってきて、第一声に、あらら、こりゃ酷いね、と呟き、まるで汚物に触れるように私の鼻を指先で弄りながら言う。
「コレ、完全に折れてますねえ。しかし、どのようにして、このようなことに?」
医者は眼だけをお母さんに向けた。
「えっ、あっ……」
言葉に詰まるお母さんを見て医者が告げる。
「事件性があるものは、報告しなきゃならんのです。今、そういうの増えてるでしょ?」
お母さんは明らかに動揺して何も言えない。それを見て私は言った。
「私が妹を怒らせてしまったんです。ごめんなさい。私が全て悪いんです。だからお願いです。警察沙汰にはしないでください」
私は神に許しを乞うよに告げた。医者は厳しくお母さんを睨む。
「お母さん、次このようなことがあれば、通報しますからね」
医者の宣告にお母さんは口許に手を当てて、深く頭を下げるだけだった。
レントゲンを撮った後、手術を行うことになった。手術といっても、メス等は使用せず縫合もない十分か二十分で済むものなのだが、その時間はとてつもなく長く感じた。局部麻酔なので若干の痛みがあり、鼻の穴がちぎれそうになっているのが鮮明にわかる。
鼻の穴から機具をねじ込まれ、ゴリゴリ弄りまわされる。機具が私の顔の中でカチャリカチャリと音を起てる。グググッと鼻を押しやられる。
「頭動かさないでね」
すかさず看護師に頭を押さえつけられる。なんて惨めで滑稽なんだろう。どうして私がこんな目に遭わなければならないの? と思ったが、元凶は私であることを思い出す。
鼻を固定されている間、精魂尽き果てて、もうどうでもよくなって、脱力して、目を綴じた。すると頭の中で「ごめんなさい」が繰り返される。誰に対して謝っているのだろう。そして涙が出る。
手術終了後、頭を打っている可能性もあるとのことで、大事をとって検査入院となった。以上がなければ明日退院らしい。正直、帰るのが怖かったから内心ほっとした。
別の部屋に案内された後、看護師にヘアブラシを渡された。ずいぶん親切な病院だなと思った。ブラシを通すと何本も髪が抜ける。さっき頭を掴まれたせいだろう。それにしても抜け過ぎだ。そして頭頂部に触れた時、私は青ざめた。
私は鏡を求めて部屋を飛び出し、トイレに駆け込んだ。
恐る恐る鏡を覗き込むと、私は目を疑った。血まみれの服……顔面の真ん中にテープだらけの白いガーゼ……前歯が無く……そして、頭頂部の髪の毛が極端に短くなって逆立っている……。
ここは病院。心霊現象が多発する病院に違いない。これは落武者の幽霊が私に乗り移ってそう見えてるだけだ。きっとそうに違いない。
鏡に近づいて、頭頂部に触れ、血まみれの服は自分のパジャマ。歯を食いしばっているのに舌先が唇を割って出る。前歯が三本折れている。
鏡に映った現実がしっかりと脳裏に焼き付くと、私は立っていられなくなり、その場に崩れ落ちた。
いつも鏡は綺麗な私を映し出してくれた。いつだって鏡は正直で、真実だけを映し出していた。
髪の手入れ、眉の手入れ、肌の手入れ、産毛の手入れ、それらを怠ったことはない。毎日見てきた顔と、掛け離れた現実……。私は化け物になってしまった。先程の看護師の驚きようはこういうことだったのか。
叫びたくなった。深夜の病棟なのだから叫んではいけないという自制心が働こうとしたが、私は叫ばずにいられなかった。
そして自分でも聴いたことのない悲鳴が病棟の静寂を切り裂いた。




