違和感
駅へ着くと改札で彼は待っていて、家まではタクシーを使った。車内では運転手がいるせいか会話は少なく、目に見えない緊張感が口をつぐませていた。
しばらくすると大きな壁の前でタクシーが止まり、降りてみるとそれは城壁のような高さで家を囲っていた。大層な門を通り抜けると、そこにはテレビのコマーシャルに出てくるようなモデルルーム顔負けの豪邸が聳え立っていた。こんな金持ちが本当に実在するのかと、信じられない気持ちでいっぱいだ。リビングは広大だった。教室より広い。見たこともない形の間接照明や椅子や巨大なソファーが品良く配置されている。
「ケーキ買っておいたから食べてよ。今、コーヒーも淹れるから待ってて」
コーヒーマシンが派手な音を立てて黒い液体を絞り出す。
「いい香りでしょ?」
「えっ、あ、うん……」
正直、わからないが、ケーキは驚くほど美味しかった。ブラックコーヒーの味は苦いだけで普段飲んでいるカフェオレの甘ったるさが恋しくなった。高級豆を挽いたらしいが、この高級なコーヒーを不味いと言って残すわけにはいかず冷めた頃を見計らい一気に流し込んだ。
「さあ、僕の部屋へ行こう」
「食器片付けないと」
「そんなのいいから」
「うん」
部屋は上の階らしい、階段を一段また一段と昇る度、緊張感が高まる。桜と別れられない理由がわかる。それを見られる。
部屋に入ると、そこはまたデザイナーズルームのようだった。部屋に入ると大きな黒い革張りのソファーとテレビがある。黒いデスクにチェアー。私の家のリビング程の広さがある。
「テレビでも観て少し待っててもらえるかな」
テレビを点けて彼は部屋を後にした。テレビの内容など頭に入ってくるはずもなく、時間だけがただ過ぎていく。どれだけ待たせるつもりだろうか。何だか急に疲れてきた……。
「舞ちゃん、起きて! 起きて!」
「……え?」
「親が帰ってきちゃうんだ。女の子が家に居たら、お母さんに怒られる!」
「私、寝てたの?」
「いいから早く!」
私は家を追い出されるようにして、柏倉邸を後にした。何だ……この違和感。美味しいケーキを食べに来ただけじゃないか。何故寝てしまった? それに結局何もわかっていない。この言いようのない虚無感と倦怠感は何だ。足取りが重い。
私は家に着くなりすぐにベッドに潜り込み眠った。
翌朝、物凄い剣幕の母親に叩き起こされた。
「いったいどういうことなの!」
聞いたこともない金切り声が鼓膜をつんざく。
「なにが?」
「何がじゃないわよ!」
画像を突きつけられる。
「何なの! 朝っぱらからこんなの見せられるなんて、どうかしてるでしょ」
「どうかしてるのはあなたの方でしょ!」
「はあっ?」
母親のスマホを奪い取り画像を確認すると驚愕した。学校の掲示板に素っ裸の私が股を開いている。まるで自分から股を開くようにして膝を手で押さえている。
「私じゃない。私がこんなことするわけないじゃない。これ、桜じゃないの?」
平手打ちが飛んでくる。それは一発で終わらなかった。頭を抱える私を無視して何度も私の頭部を叩きながら母親は怒鳴り散らした。
「桜ちゃんがこんなことするわけないでしょおおおお! 髪型見ればわかるでしょうが! 最近、夜遅くなることがあると思ったら、こんなことしてええええ!」
「私は何もしてない! 信じてよ!」
「何をどう信じればいいの! 援助交際でしょ! 何! この指輪! 中学生が買えるようなモノじゃないでしょ!」
「これは違う! 貰ったの!」
「こんな高そうなモノ。どこの誰がくれるっていうの!」
柏倉に貰ったなんて死んでも言えるはずがない。
「言いなさい! 言ってみなさい!」
また母親は泣き叫んで我を失い私を殴る。
「いい加減にしろ!」
父親が入ってきて母親を取り押さえる。尚も錯乱状態の母親の頬を父親は叩いた。
「落ち着け!」
私は父親に手首を掴まれベッドから引き摺り出される。痛いと叫んでも通じない。大人の男の力とはこんなにも強いものなのか。
「痛い! 離して!」
まるで散歩を嫌がる犬と飼い主だ。階段を降りる時、暴れた拍子で父親に体重が乗ってしまい、階段から滑り落ちてしまった。偶然にも父親が私のクッションとなり、私は無傷だった。父親は肩を押さえ呻いていた。私は怖くなり家を飛び出した。
呼吸が続く限り私は走り続けた。何がどうなっている。何がどうして、こうなった? 信じたくない。昨日の違和感が今に結びついていく。
何も持たずに飛び出してきてしまった。どうしよう。でも確認しなければならない。素っ裸で股を開いていた私は革張りの黒いソファーの上にいた。感情が込み上げてくる。脚が止まり、身体が重くなり、視界がぼやける。鼻水が流れ落ち、その場に崩れ落ち、人目も憚らず泣き叫んだ。




