決意
部屋のドアを開けると同時に私は息を飲んだ。まるで太陽が急接近してきたかのような色の濃い夕日が強く差し込む私の部屋に……、正確に言えば私と舞の部屋に男が居る……。いや、違う……スポーツ刈りを少し伸ばしたような少年が、舞の部屋着を着て、舞の勉強机に座っている。
その少年がむくっと立ち上がり首を折り曲げたまま振り返った。燃えたぎる炎のような西日が少年を背後から照らし、少年を真っ黒に染める。そして、その真っ黒い影は目を細める私にゆっくりと向かってくる。
「……舞?」
そう私の喉が鳴った瞬間、私の頭は吹っ飛んだ。顔を叩かれたのだ。よろけて壁に頭を打ち付けると、すかさず両手で髪の毛を掴まれ、ぐるりぐるりと大きく振り回される。
「痛あああああい!」
私の絶叫は二人しか居ない家の中に響き渡る。お父さんもお母さんもまだ帰宅していない。まだまだ帰ってくる時間には程遠い。ブチリ、ブチリと髪が抜ける音が鼓膜からではなく頭蓋骨から伝わってくる。
「やめてえええええ! お願あああああい! 痛ああああああい!」
「桜ああああ! お前、私の髪を何本奪ったんだよ! 私が同じ数だけ抜き取ってやるよおおあ!」
部屋の中央で、幼い頃乗った遊園地のコーヒーカップの如く振り回される。あの時、怖がる私を面白がり、舞は必要以上にハンドルを回して笑っていた。今は舞の表情を窺う事はできない。もう喉が掠れて叫んでも喉が鳴らない。ヒャー、ヒャー、と漏れるような喉の音は舞の荒い息遣いに掻き消されていく。
どれくらい振り回されただろうか、握力が尽きたのか、滑ったのかわからないが、舞の手からやっと解放された。舞は肩で息をしており、その強く握り締められた拳の隙間には無数の髪の毛が垂れ下がっている。自分の頭に触れる余力もない。痛みから解放されたからなのか、とめどなく涙と鼻水が流れ落ちる。
「言いたきゃ言えよ。今まで通り親に泣きついて私を貶めてみろよ。上等だ。丸坊主でもなんでもしてやるよ。だけど覚えとけよ。ただじゃ終わらない。終わらせない。私は負けない。負けたままじゃ終わらない。絶っ対にっ! お前なんかに負けないからな!」
私が俯いていると、もう一度髪を鷲掴みされる。
「痛ああああい! もうやめて!」
「私の眼を見ろよ」
低い声でそう言った舞の眼を恐る恐る覗き込むと悪寒が走った。生まれて初めて圧倒的な恐怖を、お化け屋敷でもなく、街を練り歩く強面な不良でもなく、双子の妹から感じたのだ。そして舞は諭すように言った。
「わかった?」
「はい……ごめん、ごめんなさい……もう、しません……もう許して……」
激痛が走る頭と迫り来る恐怖に、僅かに思い浮かぶ、稚拙な謝罪の言葉を口から溢すと、舞はダメ押しと言わんばかりに、私の頭を床に叩きつけて部屋を後にした。
舞が玄関を出て行く音を確認すると、一気に緊張が解け、床にへばり付いたまま泣き叫んだ。涙も鼻水も涎すらも垂れ流し、ボサボサになった髪の毛は濡れていく。そして真っ赤だった部屋が徐々に黒くなっていく。
引きつけを起こしていた呼吸は収まりつつある。床が冷たい。身体が冷えてきた。動く気力もない。でも、頭の中心が熱くなっていく。
「くそおおおお! 私は負けない……。絶対、負けたままじゃ終わらない……。覚えてろよ……」




