忙殺
平日の午後。
図書館は、朝から慌ただしかった。
今日は市内中学の職場見学の日。 対応準備は充分している。
ただ――。
「今日、多いねぇ……」
カウンターで返却本を捌きながら、西野さんが苦笑する。
閲覧席はほぼ満席。 児童コーナーには親子連れ。
パソコン席には順番待ち。
なぜなのか、普段より明らかに利用者が多い。
「重なる時って重なるんですね」
忙しなく手を動かす荒川さんもなんとも言えない顔をしている。
そこへ。
「こんにちはー!」
中学生の団体が到着した。
一気に館内の空気密度が変わる。
【館内混雑率:89%】 【現在負荷:高】
【騒音上昇予測:進行中】
(ひぇ……)
視界の端に次々情報が流れる。
【現在状況】
・返却待機:増加 ・質問対応:停滞気味
・児童コーナー滞留:中
先生が申し訳なさそうに頭を下げる。
「お忙しい時間帯にすみません」
「いえ、大丈夫です」
答える西野さんを横目に、 私は素早く館内を見回した。
その時。
「すみません、検索機が反応しなくて……」 利用者の声がする。
別方向からも声。
「あの、返却に置いてあるのを借りたいんですけど」
荒川さんと百花ちゃんが対応に入る。
さらに入口近くでは、 見学の生徒たちが通路を避けようとして逆に固まり始めていた。
【入口導線:停滞】
【一般利用者との接触可能性:上昇】
児童コーナーから飛び出す子ども。
慌てて呼び止める母親。
「こら、走らないのよ!」
【局所混雑:発生】 【空気緊張度:上昇】
館内そのものは静かなのに、 小さな“詰まり”が同時多発していた。
(……まずい、崩れ始める前に動かないと)
生徒たちはまだ入口付近で固まっている。
このままだと一般利用者の動線とぶつかってしまう。
【推奨】
・見学位置を窓側へ移動 ・質問受付地点を固定
「生徒の皆さん。こちらからお願いしまーす!」
咄嗟に声をかけながら、 私は見学ルートを少し変更する。
すると人の流れが自然に分散した。
【導線整理:成功】
(おぉ……)
以前なら、 人が多いだけで頭が真っ白になっていた。
でも今は、 “どこが詰まっているか” が感覚的に分かる。
その時。
「あの、予約本って……」
「コピー機使いたいんですけど」
「すみません、この本どこですか?」
質問が一気に重なる。
【同時対応負荷:上昇】
(来た……!)
でも不思議と、焦らない。
「予約本でしたらあちらで確認できます」
「コピー機は左奥になります」
「その本はあちらの壁棚、真ん中あたりにあります」
順番に返す。
すると、 止まりかけていた流れが少しずつ動き始めた。
職場見学の生徒たちが館内を興味深そうに見ている。
「本ってこんな並んでるんだ」「俺はじめて来たわ」
小声の会話が聞こえる。
その時。
一人の男子生徒が、 郷土資料コーナーの前で困ったように立ち止まっていた。
【対象状態】
・質問躊躇:高 ・周囲遠慮傾向:あり
私は返却ワゴンを押しながら近づく。
「何か探してる?」
「あっ……えっと、昔の祭りについて調べたくて」
緊張しているのが声で分かった。
「それならこっちだね」
案内すると、 男子生徒の顔が少し明るくなる。
「ありがとうございます!」
小さく頭を下げる姿を見て、 ほっとした。
忙しい。かなり忙しい。
でも。
騒がしい館内の中で、誰かの“困った”が解決していく感覚は、楽しかった。
閉館後。
「はぁー……終わりましたねぇ……」
百花ちゃんがカウンターへ突っ伏す。
「今日すごかったですね」
「ほんとね。途中どうなるかと思った」
荒川さんも苦笑しながら肩を回している。
私も返却棚を整えながら、 ようやく一息ついた。
その時。
「みんな、お疲れさまー」
西野さんが事務室から戻ってくる。
両腕には、 大きめのコンビニ袋。
中には大量の飲み物とお菓子が詰まっていた。
「館長から差し入れ。今日は特別だって。好きなの選んでー」
その瞬間。
「え、マジですか!」 「やったぁ……生き返る……」 「今日は糖分ないと無理です」
あちこちから一気に声が上がる。
閉館作業をしていた職員たちが、 ぞろぞろ休憩スペースへ集まってきた。
「炭酸ある?」 「あるよー早い者勝ち」 「ブラックコーヒー誰か取った?」
疲れていたはずなのに、 少しだけ空気が明るくなる。
「わ、ありがとうございます!」
百花ちゃんも一気に顔を上げる。
荒川さんも袋を覗き込みながら笑った。
「種類めちゃくちゃ多いですね」
「館長こういう時は気前いいからねぇ」
西野さんが笑う。
机の上へ次々並べられていく飲み物。 コーヒー、紅茶、炭酸、お茶。
お菓子もチョコやクッキー、スナックまで色々ある。
私は少し迷ってから、 ココアと高級ポッキーを手に取った。
缶を開けるそれぞれの音が、 館内へ響く。
「いやーでも今日ほんとみんな頑張ったよ」
西野さんが椅子へ座り込みながら、 しみじみ息を吐く。
片手にはチョコバー。
「途中かなり危なかったけどね。
職場見学も無事終わったし、利用者さんからの苦情も出なかった」
「確かに、あの混み様で苦情ゼロはすごいですね……」
荒川さんが感心したように言う。
「途中ちょっとパンクするかと思いましたもん」 「コピー機ずっと埋まってましたしねぇ」
「児童コーナーも今日すごかったですよ」
周囲からも疲れた笑い声が漏れる。
でもその笑い方は、 どこか達成感が混じっていた。
百花ちゃんもこくこく頷いていた。
それぞれが談笑する中。
西野さんが、 こちらを見て笑った。
「石村さんも、入口の整理かなり助かったよ」
「えっ」
「確かに。あれから流れがすごくスムーズになりましたよね」
「利用者さんも、落ち着いてました」
荒川さんと百花ちゃんも同意するように頷いて。
なんだか落ち着かない。
私は誤魔化すようにココアへ口をつけた。
甘い。
疲れた身体へ、 じんわり染み込む。
【チーム連携評価:良好】
【職場空気安定度:高】
【“安心感のある職員”評価:上昇】
今日の疲れは大きかった。
でもそれ以上に、嬉しかった。




