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地味スキル“空気読み補助”で人生が快適になりました  作者: 野山みつ


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6/48

ランチ

休日の朝。

クローゼットの前で悩む。


「……どうしよ」


今日は、友人はるかとショッピングへ行く約束をしている。 歩く距離は長いし、カフェランチもする予定。 写真も撮るかもしれない。

つまり――地味に難易度が高い。


ベッドには服が広げられていた。

白ブラウス。ベージュのカーディガン。淡色ニット。ネイビーのワンピース。

どれも悪くない。でも組み合わせ始めると、急に自信がなくなる。


(どうしようかな……コレだとちょっと頑張りすぎ?)


悩みに悩んでいるその時。

視界の端に半透明のウィンドウが展開された。


【外出条件を分析します】


「うわっ」


【本日の環境


・最高気温:26℃ ・屋内冷房:やや強め

・移動時間:長 ・滞在想定:6時間以上

・同行者性格:  “歩行速度速め”  “店舗滞在長め”  “写真撮影頻度:中”】



「そこまで分かるの?」


【現在候補を比較】


服の上に、ゲームみたいに情報が表示される。


■白ブラウス ・清潔感:高 ・汗可視化リスク:中 ・長時間着用ストレス:中


■ネイビーワンピース ・全体印象:安定 ・気温適性:やや低 ・カフェ滞在適性:高 ・歩行適性:低


■薄手オレンジニット ・表情補正:高 ・親近感補正:高 ・疲労蓄積:低


「表情補正?」


【着用時、口角自然上昇率︰高】


「えーまぁ確かにお気に入りだけど」


さらにウィンドウが切り替わる。


【推奨コーディネートを表示】


オレンジニット。淡いグリーンのロングスカート。白スニーカー。 小さめショルダーバッグ。


その横に数値。

【総合評価:87点】 【歩行快適性:A】 【対人印象:A】 【写真映え:B+】 【“頑張りすぎ感”抑制:S】


「最後の項目いる!?」


半信半疑のままクローゼットからロングスカートを出し、着替えてみる。

鏡の前へ立つ。


「……あ、いいかも」


自然だった。

いつもの“無難”とは少し違う。 でも背伸び感がない。

ちゃんと休日っぽい。


「へー」


その瞬間。

【現在の心理状態を分析

・服装違和感:低下 ・自己肯定感:急上昇 ・外出意欲:上昇】


「心理分析はやめて……」

顔が熱くなる。

すると追加表示。


【補足: 本コーディネートは“他人評価”より “自己快適性”を優先しています】


「……」

紗奈は少し黙った。

今まで服は、 “変に思われないこと” を基準に選んでいた。

でも今日は違う。

“自分が疲れない” “自分が落ち着く” を優先している。

その感覚が、なんだか新鮮だった。






バッグを持って家を出る。

休日の駅前は、かなり賑わっていた。

待ち合わせ場所のカフェも、ガラス越しに見える席がほとんど埋まっている。

その中で。


「紗奈ー!」


店の前で手を振っている人影を見つけた。

はるかだ。

肩までの髪を軽く巻いて、 ベージュのジャケットを羽織っている。

昔から明るくて、 一緒にいると自然に元気をもらえる。


「ごめん、待った?」

「全然。 ちょうど今来たとこ――って」


はるかが、 ぱちぱちと瞬きをする。


「え、ちょっと待って」

「?」

「なんか、 すっごい垢抜けてない?」

「えっ」

予想外すぎて、 変な声が出た。


同時に、 視界の端で文字が跳ねる。

【友人“好印象”を確認】

【“私服補正”効果発動中】

(補正って言い方やめて)

内心で突っ込む。

でも、 はるかはかなり本気らしかった。まじまじと見つめてくる。


「雰囲気が違う。 大人っぽいっていうか、 余裕ある感じ」

「そ、そうかな……」

「そのスカートも似合ってる! 可愛い!」


一気に顔が熱くなる。


「母と買い物行った時に、 選んでもらったやつで……」

「お母さんセンス良すぎでは?」

はるかが感心したように頷く。


【“会話円滑化”作動】

【相手テンション上昇を確認】

(最近ほんと細かいな……)

前より、 表示の解像度が上がっている気がする。


「はるかこそ、 相変わらずおしゃれ」

「ほんと? 嬉しい~」

カフェの扉を開けながら、 はるかが笑う。

私も少し照れながら、 後ろについて店へ入った。






窓際の席。

ランチプレートが運ばれてくる。

「いただきまーす」

「いただきます」


最初は、 いつもの近況報告だった。

仕事の話。

最近読んだ本。

駅前のパン屋が閉まって、お弁当屋になった話。

穏やかで、 気楽な時間。

でも。


「はぁ……」

途中で、 はるかが小さく息を吐いた。

私は顔を上げる。

「どうかした?」


「んー…… いや、ちょっと会社でさ」

声のトーンが、 少しだけ落ちる。

なんとなく、 相談モードだと分かった。


「何かあった?」

はるかはフォークを置き、 少し迷うように口を開いた。


「後輩の子いるんだけどね」

「うん」

「私、 ちゃんと教えてるつもりなんだけど…… 最近ちょっと避けられてる気がして」

「あー……」

「なんか、 嫌な言い方しちゃったのかなって」


苦笑い。

でも、 目の奥は普通に落ち込んでいた。


私はカフェラテを飲みながら、 少し考える。

視線。

言葉の選び方。

はるかの性格。

たぶんこれは、 “嫌われた”というより――。


「はるかってさ」

「うん?」

「説明すごい丁寧だよね」

「え、そう?」

「うん。 大学の時から」


レポートの相談した時も、 はるかは順番立てて、 分かりやすく説明してくれた。

真面目で、 責任感が強い。

だからこそ。


「たぶん後輩さん、 情報量多くて緊張してるんだと思う」

「……え」

はるかが固まる。


「嫌われてるっていうより、 “ちゃんと理解しなきゃ”って 焦ってる感じ」

「…………」

「はるか、 できる側だから、 基準高いんだよ」


しばらく沈黙。

それから、 はるかがふっと肩の力を抜いた。

「……あー…… それ、ありそう」

「うん」

「私、 “ちゃんと教えなきゃ”で 詰め込みすぎてたかも」


私は小さく笑う。

「たぶん、 ちょっと雑談増やすだけでも変わると思う」

「雑談?」

「昨日コンビニで変な新商品見た、 とか」

「そんなんでいいの?」

「意外とそういう方が話しやすかったりするよ」


はるかは数秒考えてから、 吹き出した。

「紗奈、 なんかカウンセラーみたい」

「へっ」

思わず変な声が出る。

視界の端で、 表示がちらついた気がした。


(いやいやいや)

私は誤魔化すように笑う。

「……仕事柄かも」

「図書館?」

「利用者さん、 いろんな人いるし」

「あー、なるほど」

はるかは納得したように頷き、 ふにゃっと笑った。


「話聞いてもらったら、 めっちゃ楽になった」

その顔を見て、 私も少し安心する。

最近、 こういう“ちょうどいい返し”が 前より分かるようになってきた気がした。


デザートを選びながら、 はるかがふと顔を上げる。

「んで、紗奈は?」

「なにが?」

「最近なんかないの?」

にやにやした顔。

嫌な予感がする。


「恋すると綺麗になるって言うじゃん」

「……」

「絶対なんかあったでしょ」

その瞬間。

頭の中に、 狸の栞が浮かんだ。


静かな電車。

本を読んでいる横顔。

でも。


「ないよ」

「えー、ほんとにぃ?」

「ほんと」

そう答えながら、 自分でも少しだけ視線が泳ぐ。


正確には。

“ちょっと気になるかもしれない人” ならいる。

でも、 名前も知らない。

まともに話したこともない。

見かけるだけ。

それなのに。


会えると、 少し嬉しくなる。

【現在: “気になる男性”カテゴリに分類されています】

(……)

私は無言で、 水を飲んだ。




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