ランチ
休日の朝。
クローゼットの前で悩む。
「……どうしよ」
今日は、友人はるかとショッピングへ行く約束をしている。 歩く距離は長いし、カフェランチもする予定。 写真も撮るかもしれない。
つまり――地味に難易度が高い。
ベッドには服が広げられていた。
白ブラウス。ベージュのカーディガン。淡色ニット。ネイビーのワンピース。
どれも悪くない。でも組み合わせ始めると、急に自信がなくなる。
(どうしようかな……コレだとちょっと頑張りすぎ?)
悩みに悩んでいるその時。
視界の端に半透明のウィンドウが展開された。
【外出条件を分析します】
「うわっ」
【本日の環境
・最高気温:26℃ ・屋内冷房:やや強め
・移動時間:長 ・滞在想定:6時間以上
・同行者性格: “歩行速度速め” “店舗滞在長め” “写真撮影頻度:中”】
「そこまで分かるの?」
【現在候補を比較】
服の上に、ゲームみたいに情報が表示される。
■白ブラウス ・清潔感:高 ・汗可視化リスク:中 ・長時間着用ストレス:中
■ネイビーワンピース ・全体印象:安定 ・気温適性:やや低 ・カフェ滞在適性:高 ・歩行適性:低
■薄手オレンジニット ・表情補正:高 ・親近感補正:高 ・疲労蓄積:低
「表情補正?」
【着用時、口角自然上昇率︰高】
「えーまぁ確かにお気に入りだけど」
さらにウィンドウが切り替わる。
【推奨コーディネートを表示】
オレンジニット。淡いグリーンのロングスカート。白スニーカー。 小さめショルダーバッグ。
その横に数値。
【総合評価:87点】 【歩行快適性:A】 【対人印象:A】 【写真映え:B+】 【“頑張りすぎ感”抑制:S】
「最後の項目いる!?」
半信半疑のままクローゼットからロングスカートを出し、着替えてみる。
鏡の前へ立つ。
「……あ、いいかも」
自然だった。
いつもの“無難”とは少し違う。 でも背伸び感がない。
ちゃんと休日っぽい。
「へー」
その瞬間。
【現在の心理状態を分析
・服装違和感:低下 ・自己肯定感:急上昇 ・外出意欲:上昇】
「心理分析はやめて……」
顔が熱くなる。
すると追加表示。
【補足: 本コーディネートは“他人評価”より “自己快適性”を優先しています】
「……」
紗奈は少し黙った。
今まで服は、 “変に思われないこと” を基準に選んでいた。
でも今日は違う。
“自分が疲れない” “自分が落ち着く” を優先している。
その感覚が、なんだか新鮮だった。
バッグを持って家を出る。
休日の駅前は、かなり賑わっていた。
待ち合わせ場所のカフェも、ガラス越しに見える席がほとんど埋まっている。
その中で。
「紗奈ー!」
店の前で手を振っている人影を見つけた。
はるかだ。
肩までの髪を軽く巻いて、 ベージュのジャケットを羽織っている。
昔から明るくて、 一緒にいると自然に元気をもらえる。
「ごめん、待った?」
「全然。 ちょうど今来たとこ――って」
はるかが、 ぱちぱちと瞬きをする。
「え、ちょっと待って」
「?」
「なんか、 すっごい垢抜けてない?」
「えっ」
予想外すぎて、 変な声が出た。
同時に、 視界の端で文字が跳ねる。
【友人“好印象”を確認】
【“私服補正”効果発動中】
(補正って言い方やめて)
内心で突っ込む。
でも、 はるかはかなり本気らしかった。まじまじと見つめてくる。
「雰囲気が違う。 大人っぽいっていうか、 余裕ある感じ」
「そ、そうかな……」
「そのスカートも似合ってる! 可愛い!」
一気に顔が熱くなる。
「母と買い物行った時に、 選んでもらったやつで……」
「お母さんセンス良すぎでは?」
はるかが感心したように頷く。
【“会話円滑化”作動】
【相手テンション上昇を確認】
(最近ほんと細かいな……)
前より、 表示の解像度が上がっている気がする。
「はるかこそ、 相変わらずおしゃれ」
「ほんと? 嬉しい~」
カフェの扉を開けながら、 はるかが笑う。
私も少し照れながら、 後ろについて店へ入った。
窓際の席。
ランチプレートが運ばれてくる。
「いただきまーす」
「いただきます」
最初は、 いつもの近況報告だった。
仕事の話。
最近読んだ本。
駅前のパン屋が閉まって、お弁当屋になった話。
穏やかで、 気楽な時間。
でも。
「はぁ……」
途中で、 はるかが小さく息を吐いた。
私は顔を上げる。
「どうかした?」
「んー…… いや、ちょっと会社でさ」
声のトーンが、 少しだけ落ちる。
なんとなく、 相談モードだと分かった。
「何かあった?」
はるかはフォークを置き、 少し迷うように口を開いた。
「後輩の子いるんだけどね」
「うん」
「私、 ちゃんと教えてるつもりなんだけど…… 最近ちょっと避けられてる気がして」
「あー……」
「なんか、 嫌な言い方しちゃったのかなって」
苦笑い。
でも、 目の奥は普通に落ち込んでいた。
私はカフェラテを飲みながら、 少し考える。
視線。
言葉の選び方。
はるかの性格。
たぶんこれは、 “嫌われた”というより――。
「はるかってさ」
「うん?」
「説明すごい丁寧だよね」
「え、そう?」
「うん。 大学の時から」
レポートの相談した時も、 はるかは順番立てて、 分かりやすく説明してくれた。
真面目で、 責任感が強い。
だからこそ。
「たぶん後輩さん、 情報量多くて緊張してるんだと思う」
「……え」
はるかが固まる。
「嫌われてるっていうより、 “ちゃんと理解しなきゃ”って 焦ってる感じ」
「…………」
「はるか、 できる側だから、 基準高いんだよ」
しばらく沈黙。
それから、 はるかがふっと肩の力を抜いた。
「……あー…… それ、ありそう」
「うん」
「私、 “ちゃんと教えなきゃ”で 詰め込みすぎてたかも」
私は小さく笑う。
「たぶん、 ちょっと雑談増やすだけでも変わると思う」
「雑談?」
「昨日コンビニで変な新商品見た、 とか」
「そんなんでいいの?」
「意外とそういう方が話しやすかったりするよ」
はるかは数秒考えてから、 吹き出した。
「紗奈、 なんかカウンセラーみたい」
「へっ」
思わず変な声が出る。
視界の端で、 表示がちらついた気がした。
(いやいやいや)
私は誤魔化すように笑う。
「……仕事柄かも」
「図書館?」
「利用者さん、 いろんな人いるし」
「あー、なるほど」
はるかは納得したように頷き、 ふにゃっと笑った。
「話聞いてもらったら、 めっちゃ楽になった」
その顔を見て、 私も少し安心する。
最近、 こういう“ちょうどいい返し”が 前より分かるようになってきた気がした。
デザートを選びながら、 はるかがふと顔を上げる。
「んで、紗奈は?」
「なにが?」
「最近なんかないの?」
にやにやした顔。
嫌な予感がする。
「恋すると綺麗になるって言うじゃん」
「……」
「絶対なんかあったでしょ」
その瞬間。
頭の中に、 狸の栞が浮かんだ。
静かな電車。
本を読んでいる横顔。
でも。
「ないよ」
「えー、ほんとにぃ?」
「ほんと」
そう答えながら、 自分でも少しだけ視線が泳ぐ。
正確には。
“ちょっと気になるかもしれない人” ならいる。
でも、 名前も知らない。
まともに話したこともない。
見かけるだけ。
それなのに。
会えると、 少し嬉しくなる。
【現在: “気になる男性”カテゴリに分類されています】
(……)
私は無言で、 水を飲んだ。




