表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地味スキル“空気読み補助”で人生が快適になりました  作者: 野山みつ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/48

百花視点①

図書館で働き始めて半年。

石村紗奈さんの第一印象は、とにかく静かな人だった。


もちろん優しかった。

仕事も丁寧だった。

でも、どこか遠慮している人でもあった。


「石村さん、これお願いできますか?」

そう聞くと、

「うん、大丈夫」と笑う。

だけどその笑顔の奥に、少しだけ不安そうな色が見えることがあった。


利用者対応でもそうだ。

理不尽なことを言われても反論しない。

困っている人がいたら助ける。

でも、自分のことは後回し。


なんというか。

「いい人」だった。

いい人すぎた。

だから百花は時々心配だった。

この人、自分をすり減らしてないかなって。











百花が紗奈を「石村さん」から「紗奈さん」と呼ぶようになったのは、実ははっきりしたきっかけがあったわけではない。

ただ、少しずつだった。


優しい。 真面目。 頼めば手伝ってくれる。

でも、自分から前に出ることは少ない。

百花から見れば、どこか壁の向こうにいる人だった。

「石村さん、これお願いできますか?」

「はい」

「ありがとうございます」

そんなやり取りばかり。


距離が遠いわけではない。 でも近くもない。

職場の先輩と後輩。

それ以上でもそれ以下でもなかった。

だからずっと「石村さん」だった。


でも百花が困っていた時、仕事で失敗して落ち込んでいた時。

利用者対応で緊張していた時。

気付けば隣に石村さんがいた。

「大丈夫ですか?」

静かな声。

でも、不思議と安心する声だった。


それから少しずつ仕事の話だけじゃなくなった。

好きな本の話。休みの日の話。

家族の話。くだらない雑談。

気付けば話す時間が増えていた。


ある日の昼休み。

二人でお弁当を食べながら話していた時だった。

「そういえば石村さんって――」

そこまで言って、百花は止まる。

なんだろう。

急に違和感があった。


「橘さん?」

石村さんが首を傾げている。


石村さん。

確かにそうだ。間違ってない。でも。

(なんか違う気がする)

百花の中では、もう。

“職場の先輩”だけじゃなくなっていた。


もっと近い。もっと親しい。

もっと大事な人だった。

「……紗奈さんって」

言ってしまってから、自分で少し驚く。

石村さんも目をぱちぱちさせた。


「え?」

「あっ」

百花の顔が熱くなる。

「す、すみません!」

「いや、別に謝らなくていいけど」

石村さんは少し困ったように笑った。

「急だったからびっくりしただけ」


怒っていない。

それどころか少し嬉しそうだった。

その顔を見て百花もほっとする。

「その……嫌でした?」

「ううん」

石村さんは首を振った。


「百花ちゃん、が呼びやすいならそれでいいよ」

柔らかく笑う。

「っっ!」

百花の胸が急激に温かくなった。


「あ、じゃあ今後は紗奈さんで!」

「うん。私も百花ちゃんって呼ぶね」

「紗奈さん」

「なに?」

「えへへ、呼んでみただけです」

百花が笑うと、紗奈も小さく笑った。


その瞬間。なんとなく思った。

ああ。もうこの人は私にとってただの先輩じゃないんだな、と。

尊敬していて。頼りにしていて。

一緒にいると安心できる。

百花にとって特別な先輩。


だから自然と。

その日から「石村さん」は消えて「紗奈さん」になった。








      




変化に気づいたのは、いつ頃だっただろう。

はっきりとは覚えていない。

ただ。気づいたら紗奈さんは前より迷わなくなっていた。


利用者に質問された時。後輩が困っている時。

何か問題が起きた時。

以前なら立ち止まっていた場面で、今はすっと動く。


判断が早い。

しかも不思議なくらい外れない。


「紗奈さん、なんでそんなに上手く対応できるんですか?」

ある日、思わず聞いたことがある。

でも本人はきょとんとしていた。

「そうかな?」

そうかな、じゃない。

絶対変わった。


もっと驚いたのは。

紗奈さんが自分の意見を言うようになったことだった。

会議でも。職員同士の話し合いでも。

以前なら周囲に合わせていた人が、

「私はこう思います」

と言うようになった。


強く主張するわけじゃない。

でも。ちゃんと自分の考えを持っている。

そしてその意見が結構的確なのだ。

みんな自然と耳を傾ける。

百花もその一人だった。


ある日の帰り道。

ふと隣を歩く紗奈さんを見る。

以前と同じ。

穏やかな顔。柔らかい声。

でも何かが違う。


芯だ。

前よりずっと芯がある。

風に流されそうだった人がちゃんと自分の足で立っている。

そんな感じ。


「紗奈さん、最近変わりましたよね」

思わず口にすると。

「え?」

本人は本当に分かっていない顔をした。

「そう?」

「変わりました」

百花は即答する。 


「前よりずっと頼りになります」

すると石村さんは困ったように笑った。

「それは褒めすぎだよ」


違う。褒めているんじゃない。

事実だ。

百花は知っている。

紗奈さんは今でも優しい。今でも穏やかだ。


でも、もうそれだけじゃない。

前は誰かに合わせていた人が。今は誰かを支えられる人になった。

気づけば、百花自身も困った時は紗奈を探している。



紗奈さんがいれば大丈夫。そう思えるからだ。

そして本人だけが、その変化の大きさに気づいていないのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ