イタリアン
待ち合わせは駅前だった。
金曜日の夕方。
仕事を終えた人たちが次々と改札から出てくる。
私と百花ちゃんは待ち合わせ時間より少し前に待機していた。
「緊張します……」
百花ちゃんがそわそわしている。
「ご飯食べるだけだよ?」
「でもお礼ですし」
確かに百花ちゃんらしい。
そんな話をしていると。
「あ」
人混みの向こうに見覚えのある二人の姿が見えた。
豊島さんと、同僚さん。
こちらに気付いて軽く手を上げる。
「こんばんは」
「こんばんは」
合流する。
そこで数秒だけ妙な沈黙が流れた。
考えてみれば。
豊島さん以外は、ちゃんと自己紹介をしていない。
百花ちゃんも気付いたらしい。
「あっ」
小さく声を上げた。
「そういえば私たち、ちゃんと名前知らないですよね」
同僚さんが吹き出した。
「今さら!?」
「今さらですね……」
私も苦笑する。
豊島さんも少し笑った。
「確かに」
すると同僚さんが一歩前へ出る。
「じゃあ改めて。八代 誠です」
数秒置いて。
「豊島の同僚兼親友やってます」
「その説明いるか?」
豊島さんが即座に突っ込む。
「いるでしょ」
「そうか?」
二人のやり取りに百花ちゃんが笑う。
空気が和んだ。
次は豊島さんだった。
紗奈の方をちらりと見てから、穏やかに名乗る。
「豊島 遥斗です、よろしくお願いします」
自然な笑顔。
百花ちゃんもぺこりと頭を下げた。
「橘 百花です」
少し緊張した様子だったが、続ける。
「図書館で働いてます。先日は本当に、本当にありがとうございました」
「いえいえ」
八代さんが手を振る。
「気にしないでください」
視線が集まる。自分の番だった。
「石村 紗奈です」
軽く頭を下げる。
「図書館司書をしています」
【初期自己紹介イベント:完了】
「じゃあ行きましょうか」
豊島さんが言い、四人で歩き出す。
駅前のイタリアンレストラン。
学生や会社員で賑わう、気取らない雰囲気の店だ。
席についた途端、百花ちゃんが勢いよく頭を下げた。
「助けていただいたお礼なので今日は私がご馳走します!」
「いやいやいや」
真っ先に止めたのは八代さんだった。
「それはさすがに悪いって」
「そうですよ」
豊島さんも苦笑する。
「お気持ちだけで十分です」
「でも!」
百花ちゃんは諦めない。どうやら本気らしい。
結局
「じゃあ今日は割り勘で」「お礼の気持ちは充分受け取りましたから」
という落としどころで決着した。
百花ちゃんは少し不満そうだったが、最終的には納得したようだ。
料理が運ばれてくる。
ピザ。
パスタ。
サラダ。
ドリンクバー。
仕事終わりのお腹にはちょうどいい。
「しかし本当に何事もなく終わって良かったですよ」
豊島さんがそう言うと、百花ちゃんが真面目な顔になる。
「はい、本当に」
細く息を吐く百花ちゃん。
「どうしたら良いのか分からなくなっていたのを、紗奈さんが気づいて対応してくれたんです」
八代さんも頷く。
「そう考えると、あの日偶々会えて良かったよ」
「はい」
「どう考えても距離感おかしかったもんね。近過ぎたし怪しいし、うん」
百花ちゃんが苦笑する。
ようやく笑い話にできるようになったらしい。
紗奈も少しほっとした。
料理を食べながら雑談が続く。
仕事の話。通勤の話。
好きな本の話。
思った以上に会話は弾んだ。
その途中。
百花ちゃんが何気なく言った。
「でも連絡先交換できて良かったですね」
紗奈がピタッと止まる。
「ん?」
八代さんが反応した。
「連絡先?」
「はい」
百花ちゃんは悪気なく答える。
「今回のお礼会の日程合わせるために、紗奈と豊島さんが」
八代さんが豊島さんを見る。
次に紗奈を見る。
そして。
「え」
数秒固まった。
「二人、連絡先交換してなかったの?」
「してなかったです」
紗奈が答える。
「そう」
豊島さんも答える。
八代さんはさらに固まり叫んだ。
「嘘でしょ、そのレベルだったの!?」
百花ちゃんもそうだろそうだろみたいな顔で頷いている。
「おかしいか?」
豊島さんが首を傾げる。
「おかしいだろ!」
八代さんは断言した。
「俺だったら三日目で聞く」
百花ちゃんも大きく頷いた。
「そうですよね!」
「百花ちゃんもそう思う!?」
「思います!」
意気投合している。
紗奈は少し肩を縮めた。
「別に必要なかったので……」
「必要なくても交換するんですよ普通は」
力説する八代の勢いに少し引く。
「そうなんですか」
「そうなんです」
八代さんが即答する。
百花ちゃんも隣でうんうん頷いていた。
豊島さんが小さく笑った。
「じゃあ、橘さんのおかげですね」
「え?」
「良い切っ掛けを作ってくれました」
紗奈は思わず顔を上げた。
豊島さんと目が合う。穏やかな笑顔。
百花ちゃんは一瞬ぽかんとして。
次の瞬間。
「ヨッシャ!」
なぜかガッツポーズした。
「私、役に立ちました!」
「役に立ったねぇ」
八代さんもにんまりと笑った。




