君の名前を呼びたい
私には、好きな人がいる。廊下で偶然見かけた人。分かっているのは、クラスと名前だけ。でも、その唯一の情報も確実ではない。その上、相手は自分のことは顔さえ知らないかもしれない、そんな最悪な状況下での片想い。
「諦めた方がよくない?」
「うるさいよ、そこ。だから協力してって相談してるのに」
「面倒。他の人に頼みなよ」
友人のやる気無い様子に、私は思わずため息をつく。折角勇気を出して相談したのに。このこと、誰かに話したのは初めてなのに。人選を間違えたのか。
「でも、私の友達で同じクラスなの、舞だけなんだもん」
「うん、そーだね。でも協力は出来ないかもね」
「むー。じゃあ、これだけでも! ……瀬野翔太くんっている?」
「あー、いるいる。話したこと無いけど。……え、あんなのがいいの?」
あんなのってどんなのよ。私はすかさず心の中で突っ込む。あんなの、とか言われても逆に困る。そこまで、彼のことを知らないんだから。
「悪い?」
「悪くはない。でも、地味な趣味だね」
「舞よりはマシだと思うけど」
「何言ってんの。恭平は全然地味じゃないわよ」
「私から見たら、地味な趣味だよ。みんなと同じタイプなんて、さ」
人気のある人は、あまり好きじゃなかった。恭平くんなんて同級生だけじゃなく先輩後輩からも人気がある。恭平くん自体は悪くないんだけど、やっぱり好きになれない。誰か多数の人と好きな人が被ってる、そう知っただけで気持ちは信じられない程萎んでいく。……自分でも変な性格だとは分かってる。分かってるけど、そう簡単に直せないのも事実だ
「出た、美恵の人気者嫌い」
「何とでもどーぞ。嫌いなモノは嫌いなんだもん、仕方ないでしょ」
「そーだけど。だからって瀬野はちょっと……ねぇ」
「……分かった。舞に頼んだのが悪かった。もういいよ、片想いでも何でも」
私は鞄を持って立ち上がると、舞を置いて教室を出た。このまま続けても、何も変わらない。舞はたぶん協力してくれないだろう。時間と労力の無駄だ。
舞は追いかけて来ない。それもそうだろう。恭平くんを待っているんだから。私は舞の時間潰し。だから、チャンスだと思って話したんだけど。
ふと、窓の下を覗く。そこから見えるグランドではまだ部活動が繰り広げられている。サッカー、野球、ソフトボール、陸上……。と、そこである人に目がいく。さっきまで話題にしてた人。
「……テニス、やってるんだ」
コートの外で談笑している姿が見えた。一緒に話しているのは同じクラスのテニス部員だった。同じユニフォームを着ているから、彼も同じなのだろう。
「翔太……くん」
私は誰も聞こえないように、彼の名前を小さく呟いて、彼から目を離した。あまり見ていると、変な人に思われる。名前を呟いた口元に手を当てて、私は小さく微笑んだ。
……名前を囁くだけで、こんなに幸せに感じるんだから。今はまだこのままでもいいか、と私は思った。