第八章 息子たちの船出
木星圏の開発が一つの区切りを迎えた事で、人類の宇宙開発は、次の段階へと進み始める。そこへ挑む息子たちと、見送る側に立つ迷い子たち。ただ、それだけでは収まらず、最後の最後でまだ、一つの波が押し寄せてくる様で…。
第一節 息子たちと人類播種計画
木星圏での、ヘリウム3採取プラントの本格的な稼働開始を持って、「木星太陽化計画」の完了が宇宙開発機構から宣言され、人類の宇宙開発は新たな段階へと、歩みを進める事となった。
その名も、「人類播種計画」。これもまた、厨二病を拗らせた様なネーミングだと言うのは、宇宙開発機構、八木太一元技術監理官の談。
ネーミングのセンスはさて置いて。直径6km、全長35km。建設中の密閉型コロニーに核融合エンジンを搭載。そのまま宇宙船に転用してしまおうという、バカバカしいほどのスケールを持った一大プロジェクトである。
目的地は太陽系外。人類は遂に、外宇宙を目指し始める。推進機の基礎は、太一の小型核融合炉理論。操船アルゴリズムの中核は、退助の軌道最適化理論が、それぞれ計画の中に、組み込まれている。
設計思想に刻まれた名は、もちろん明記されない。だが、四人の「息子たち」は知っている。これは……父達の船だ。
発表翌日、太地から大助に通信が入る。顔を見るのは久々だが、相変わらずの元気そうな様子に、大助は安心する。
「聞いたか?」
「当然。」
大助は短く答える、太地が言う。
「俺は行く。」
即答だった。大助も、同じ言葉を口にする。
「俺もだ。」
少し遅れて、別回線から通信が入る。
「俺たちも当然参加ですよね?」
画面の向こうには、こちらも元気そうな亮太の顔と声。
その話し声を聞いた陣が、大助の背後から肩越しに両手を回して、画面に映り込む。大助は、後ろから陣に抱きつかれた様な状態になっているが、その表情は、まんざらでも無さそうだ。
「行かない選択肢なんて、最初からないです。」
四人は久々に、画面越しにではあるが顔を合わせる。
誰も止めない、誰も驚かない。それが自然だからだ。
第二節 息子たちの既視感
地球軌道上では巨大な船体が建造の最中にある。すでに建設途中のコロニーから転用されるので、工期はかなり短くなるという事だ。
大助は、その建造の現場へと転属を願い出て、遂に念願の現場復帰を果たしていた。当然、陣もその隣に居て、同じ持ち場で大助を支えている。後からやって来た太地と亮太も、持ち場こそ違うが、同じ船を組み上げる仲間となっていた。
原則として、この現場に関わっている人員は、ほぼそのまま船団の乗組員として、共に外宇宙を目指す事になるのだが、そこへアカデミーの、特別加速課程を修了した、地球圏の俊英たちも加わり、最終的には数万人規模の、文字通りの「大船団」となる見込みとなっている。。
休日を利用して、久々に古巣のアカデミーを訪ねていた四人。亮太がコロニーの窓から船の建造現場を眺めながら、両手を広げて叫ぶ。
「銀河に種をばら撒こう!!」
太地は、即座に頭を抱える。
「頼むから、公式会見でそれ言うな。」
大助が額を押さえる。
「比喩にしても語彙が雑だ。」
陣が小さくため息。
「歴史は繰り返す、ですね。」
陣が呆れながら言うと、三人が同時に亮太を見る。
亮太は悪びれない。
「でも間違ってないだろ?」
沈黙、その後に太地がぼそり。
「……間違ってはいない。」
「俺は良い事しか言わないんだよ。」
大助が苦笑し、陣が肩をすくめる。
この光景。昔と何も変わらない。違うのは…背負っている未来の重さだけ。
その夜、四人は展望デッキに立つ。建造中の巨大船が、静かに輝いている。大助が言う。
「結局、戻れなかったな、木星。」
陣が隣に立つ。
「でも俺たちは、もっと遠くへ行くんだよ。」
太地が腕を組む。
「外宇宙だ。」
亮太が笑う。
「スケールアップだな!」
大助がふっと笑う。
「本当に、お前は。」
陣が小さく呟く。
「でも、こうじゃないと始まらない。」
太地が頷く。
「そうだな。」
この四人は、いつだってこんな感じだ。衝動と理性。無茶と現実。情と責任。その全部で、前に進む。
宇宙開発は、次のステージへと進み、人類は太陽系を越える。けれど。物語の中心は変わらない。選ぶこと。支えること。隣に立つこと。
巨大な船のシルエットが、星を背に浮かぶ。
新しい航海。新しい歴史。そしてきっと…また、亮太が叫ぶ。
「銀河に種をばら撒こう!!」
三人が頭を抱える未来が、もう見えている。
それでいい。それが、この四人だから。
第三節 息子たちの出航前夜
人類播種船団 は、その出航を翌日に控えていた。
二隻のコロニー船。
一番船 アウロラ・テラ ――“新しい大地の夜明け”
二番船 ルーメン・シード ――“光の種子”
そう名付けられた全長35kmの船体は、物理的にリンクして既に回転を始めている。その内壁に抱える人工の大地には既に、人が暮らせる環境が、整備されている。
周囲を取り囲む護衛艦隊は、補給、最終点検、乗員の最終確認と、船出の前の準備を終えようとしていた。明日、船団は太陽系を離れる旅に出る。人類史上、最大の航海。そして…四人も、その一員だ。
作業員の宿舎と建造の指揮の為、コロニー船と同一の軌道に設けられたトーラス型のコロニー、暁環・II。出航記念式典に出席する為、その宇宙港を訪れる二人の男。八木太一と中島退助。
この時期、既に現役を退いていた彼らだが、人類播種計画の人材育成部門を率い続けた。この船に乗る若者たちの多くは、彼らの教え子だ。
巨大船を遠景に見渡し、太一が小さく言う。
「本当に、ここまで来たな。」
退助が穏やかに笑う。
「次は、あいつらの番だ。」
その日の夕刻、出航前夜。暁環・Ⅱの展望ラウンジでは、久々に顔を合わせた息子たち四人と、二人の父達が、ささやかな宴を開いていた。
窓の向こうには、双子の巨大船。六人が、久しぶりに同じテーブルを囲み、和やかな空気に包まれている。
亮太が料理を頬張りながら、最初に口を開く。
「いやー、ついに銀河ですよ。」
飲み物のグラスをテーブルに置きつつ、太地が即座に突っ込む。
「まだ太陽系外縁だ。」
ナプキンで口を拭い、大助がため息をつく。
「表現が飛躍しすぎだ。」
皿に料理を取り分けながら、陣が小さく笑う。
「いつものことです。」
太一と退助が、それを見て微笑む。
太一が静かに言う。
「変わらんな。」
退助が頷く。
「それでいい。」
やがて、会話が落ち着く。
大助が口を開く。
「正直、木星に戻れなかったのは、少し心残りでした。」
太地が大助を見る。
「でもな…。」
大助は船を見上げる。
「もっと遠くに行けるなら、それでいい。」
陣が隣で頷く。
「どこへ行っても、隣にいる人が同じなら。」
亮太が腕を組む。
「俺はな、最初からこれを狙ってた気がする。」
「嘘つけ!」
太地が即答。そして笑いが起きる。そして少しだけ、父達の目が潤む。
退助が四人を見る。
「この船は、俺たちの夢じゃない。」
「お前たちの未来だ。」
太一が続ける。
「理論も技術も、もう手放した。」
「操るのは、お前たちだ。」
六人を包む、重くない 沈黙。託す側と、受け取る側。その線引きが、はっきりした瞬間。
亮太が、珍しく真面目な顔で言う。
「ちゃんと帰ってきます。」
太地が小さく付け加える。
「帰る場所を、守っていてください。」
太一は頷く。退助は、四人を順に見て言う。
「帰る場所は、いつだってある。」
宴は終わり、別れ際に太一が、大助の肩を軽く叩く。
「無理はするな。」
大助が笑う。
「もう若くないんで。」
陣がすぐ横から。
「俺が見張ってます。」
退助が満足そうに目を細める。
退助は太地と握手する。
「感情で動くな。」
「分かってる。」
「亮太を止めろ。」
「…それは難題だ。」
背後から亮太の声。
「聞こえてるぞ!」
全員が笑う。その光景は、何年経っても変わらない。
六人で最後に、巨大船を見上げる。太陽の光を静かに反射して、ゆっくりと回転する、密閉型のオニールシリンダー。
太一が呟く。
「歴史は繰り返す。」
退助が続ける。
「だが、少しずつ前に進む。」
四人は、何も言わない。ただ、並んで立つ。明日、彼らは太陽系を離れる、そして。
ここから先の歴史は、彼らの手の中にある。
第四節 息子たちの船出
人類播種船団の出航式典は、 あらゆるメディアを通じて、全世界に同時中継されている。
巨大スクリーンに映る二隻の巨大船、アウロラ・テラと、ルーメン・シード。
それを望む、暁環・Ⅱでは、カウントダウン前の最終セレモニーが行われ。各地の都市で、人々が空を見上げる。太陽系外への第一歩、人類播種計画。その象徴的瞬間が迫る。
壇上で簡潔な祝辞を終えた太一は一礼し、静かに拍手を受ける。退助は来賓席から、その姿を見つめていたが、ふとその視線を、コロニーの窓から見える船団に移す。
ステージから降り、自分の席へと戻る途中の太一の視線が、一瞬だけ揺れた。ふと感じる、微妙な違和感、スタッフ席の管制補助モニターの片隅、ごくわずかな出力変動。通常なら誤差の範囲として処理されてしまう程度、だが。
太一は、一瞬立ち止まる。
「……このノイズ…。」
退助が、席に戻った太一の怪訝な横顔を見る。
「どうした?」
「融合炉の補助系統、出力位相がずれている。」
「点検は済んでいるはずだ。」
「だからおかしい。」
太一の目が鋭くなる。かつて木星圏で見た、あのパターン。制御系に直接触れず、周辺から揺さぶる干渉。退助が小さく呟く。
「奴らの残党か?」
太一は頷く。
「あぁ…どうやら、まだ終わっていなかった様だ。」
式典の歓声の裏側、アウロラ・テラの補助動力ブロックでは、偽装保守クルーが、冷却同期を遅延させるコードを挿入していた。
このままでは、出航と同時に負荷が集中し、核融合エンジンは緊急停止、あるいは最悪の場合、暴走する。
“人類播種計画は危険だ”という世論を、再び作り出そうとする、木星のときと同じ構図だが、今回は規模が違う。
太一が、携帯端末を懐から出して操作する。
「ここからの制御は無理だ。式典用にアクセス権が制限されている。」
退助が即答する。
「現場へ行く。」
太一が一瞬だけ、退助を見る。二人とも、もう現役ではない、だが。
「息子たちの船だ。」
退助の声は、若い頃と変わらない。
太一が小さく笑う。
「最後まで、甘いな。」
「お前もだ。」
二人は式典を抜け出して、走る。
太一と退助は、暁環・Ⅱの宇宙港で、たまたまアイドリング状態にあった、コンテナバージを見つけ、そのコックピットへと滑り込む。本来、正規のIDが無ければ、操船システムは起動しないのだが、太一が携帯端末を船のコンソールに接続し、ハッキングを行う。次の瞬間にはシステムが起動し、エンジンが唸りをあげる。
「良し、いい子だ。退助、ユーハブ。」
太一は、どこか悪戯っ子めいた視線を、退助に向けた。
「アイハブ…って、まったくこの歳で、そんな事ばかり覚えおって…。」
退助は呆れ顔で操縦桿を握りつつ、船を操る。
「で、どっちだ?」
細工が行われたのが、どちらのコロニー船なのかを、太一に尋ねる。
「仕掛けるなら、アウロラ・テラだな。そちらがマスターだから、片方に細工をすれば、スレイブ側のルーメン・シードまで陥せるはずだ。」
退助は、その言葉に頷きつつも、またもやの呆れ顔だ
「了解…って、この船の設計者は、ペイルセーフって言葉を知らんのか?」
と、ボヤきつつも最大船速で、針路をアウロラ・テラへと取る。
アウロラ・テラの船内。メインコントロールブリッジでは大助、陣、太地、亮太の四人が、各自の持ち場についている。外部中継でカウントダウンが始まる。
「Tマイナス600秒。」
亮太が小声で太地に話しかける。
「ついにだな。」
太地が応じる。
「集中しろ。」
大助は表示を確認。
「補助系……?」
陣が首を傾げる。
「微妙に位相が。」
警報レベルには満たない程度の数値だが、二人は違和感を感じる。大助の胸がざわつく。
(嫌な予感がする)
その頃、太一と退助は、アウロラ・テラの外壁補修用エアロックから、補助動力ブロックへの潜入を果たす。
太一が警備システムへ手を回すより前に、二人に飛びかかって来た警備ドローンを、退助が最小限の動きでかわす。
太一が携帯端末で、系統図を展開。
「三系統への同時干渉の痕跡があるな。」
「タイミングは?」
「Tマイナス60秒で同期崩壊。」
退助が周囲を警戒し、太一は冷却制御パネルを開く。
「物理切り替えで行く。」
「自動復旧が働くぞ。」
「その前に上書きする。」
それは、未だ衰えを見せない、かつての現場感覚と、無駄のない連携だった。
式典会場では、祝賀の音楽が華やかに鳴り響く一方、アウロラ・テラの船内では、静かな攻防が繰り広げられる。
船内から去ろうとしていた、偽装クルーが二人の存在に気付く。
「誰だ!」
鋭い視線で、太一と退助を睨みつけると、二人に向かって走り寄ってくる。その手には、伸縮式の電磁警棒が握られている。
退助が太一を守る為に、外した腕時計をメリケンサック替わりに左拳に巻き付けながら、拳を握りつつ、一歩前に出る。
「年金取りだ。」
偽装クルーは殺気に満ちた形相を浮かべつつ、右手に握った電磁警棒で、退助の左拳を狙ってくる。
退助は左腕でその一撃を防御しながら、上体を右に捻りつつ、体をかわす。偽装クルーが、バランスを崩して前方へとつんのめった隙を突いて、本命の右拳を、無防備になった相手の鳩尾へと叩き込んだ。
これみよがしの左拳は、退助のブラフだったのだ。見え透いた手ではあったのだが、頭に血の昇っていた偽装クルーは、その事に気づく事も無く、胃液を吐きながら、その場に昏倒する。
その一連の動作は、まさに年齢を感じさせない動きであった。
太一がその隙に、干渉コードを逆探知。
「送信源確保。」
太一が最後のレバーを押し込み、冷却位相の再同期を確認する。
Tマイナス10秒、船内警告が消え、陣が息を呑む。
「位相、正常化。」
大助が小さく呟く。
「誰かが、直した。」
太地が低く言う。
「親父たちだ。」
亮太が笑う。
「やっぱり最後までカッコいいな。」
出航のカウントダウンは進む。
「3」
「2」
「1」
核融合エンジンが点火され、船体のスラスターからは、青白い光が放たれる。
ゆっくりと、地球軌道から離脱する二隻。護衛艦隊が陣形を組む。全世界が見守る中。何事もなかったかのように、船団は動き出す。
アウロラ・テラから離脱した、コンテナバージのコックピットで、太一が息を整える、退助が笑う。
「派手な冒険だったな。」
「最後にしては悪くない。」
暁環・Ⅱの宇宙港に帰投後、警備隊が駆けつけ、残党は拘束される。
太一が遠ざかるコロニー船を見送りながら呟く。
「これで本当に、手を離せる。」
退助が頷く。
「後は、あいつらの航海だ。」
同時刻、見送られる側のアウロラ・テラ船内では、大助が静かに言う。
「守られてるな、俺たち。」
陣が微笑む。
「あぁ、ずっと。」
太地が操船系を確認し、操船をオートに切り替える。
「軌道安定。」
亮太が前を見据える。
「じゃあ行こうか!」
太陽が、ゆっくりと遠ざかる。父たちは見送る側に。息子たちは、旅立つ側へ立つ。
歴史は、確かに前へ進んだ。
第五節 続・迷い子たちの始末記
式典から数時間後。シャトルは、静かに種子島の宇宙港へと降り立つ。華やかな祝賀ムードとは対照的な、落ち着いた夜。
タラップを降りる太一と退助。二人とも、疲労はあるが足取りは確かだ。だがその先で待っていたのは…宇宙開発機構保安部の職員たちだった。
先頭の主任監察官が一礼する。
「八木元技術監理官殿、および中島元航行主任殿。」
「本日のアウロラ・テラ補助動力ブロックへの不正侵入について、事情聴取を行います。」
退助が苦笑する。
「やっぱり来たか。」
太一は淡々と頷く。
「まぁ、当然だな。」
二人が通されたのは、保安部事情聴取室。無機質この上ない、としか表現できない部屋で、中央にホログラムテーブルが、設置されている。
今回の一件での出力ログ、監視映像、侵入経路。そのすべてが再生される。
「式典中、許可の無い区域へ侵入。」
「警備ドローンへの干渉。」
「補助系統の物理手動操作。」
監察官が言う。
「重大な規則違反です。」
退助が静かに返す。
「承知している。」
太一が続ける。
「だが、出航を優先した。」
「証拠はある。」
太一が、携帯端末をホログラムテーブルに接続すると、そこには改竄コードの波形と木星テロ残党の識別署名が表示される。
それを見た監察官の表情が変わる。
「……独断だったのですか?」
太一は即答。
「そうだ。」
「現場判断だ。」
退助が言う。
「現役なら、正式手続きを踏んだ。」
「だが時間がなかった。」
しばしの沈黙がながれ、監察官が視線を落とす。
「あなた方が動かなければ、エンジンは停止、あるいは暴走。」
「その可能性は高い。」
太一は余計な誇張をしない。
事実だけを置く。
最終的な結論が得られ、処分が下される。
「規則違反については、厳重注意。」
「だが本件は、公式には保安部の事前察知および制圧として処理する。」
退助が眉を上げる。
「功績はそちらに?」
監察官がわずかに微笑む。
「我々にも、面子があります。それに、この件が原因で貴方がたに今後、危害が加えられる様な事は、当方としては防ぎたい。」
太一が小さく息を吐く。
「合理的だ。」
監察官が続ける。
「残党組織に関しては、完全摘発に向けて捜査を継続する事になるでしょう。」
「お二人の協力に感謝します。」
退助が立ち上がる。
「礼は不要だ。」
「息子たちの為だ。」
聴取を終え、二人は外へ出る。見上げれば夜の空。はるか上空に、微かな光。太陽系を離れつつある船団。
空を見上げながら、退助が言う。
「あいつら、もう火星軌道を抜ける頃か…。」
太一が腕を組む。
「これで、本当に手を離したな。」
少しの沈黙の後、退助がぽつりと訊く。
「寂しいか?」
太一は答えない代わりに言う。
「誇らしい。」
退助が笑う。
「同感だ。」
流星のように、微かな光が動く。あの中に、四人がいる。
父たちの役目は終わった。だが、終わりは敗北ではない。継承だ。太一が最後に呟く。
「次は、孫の世代か?」
退助が吹き出す。
「気が早い。」
二人はゆっくり歩き出す。夜風は穏やか。空は広い。
そしてその向こうに…未来がある。
最終節 それぞれの空
船団が太陽系外縁を越えたという速報が、世界中を巡った。けれど、日常は変わらない。
地球では朝が来て、仕事に向かう人々がいて、宇宙港では次の船の整備が始まる。大きな歴史の転換点も、人々の生活の中へと、静かに溶けていく。
太一は、自宅の書斎で端末を閉じる。退助は、久しぶりにゆっくりとコーヒーを淹れている。
テレビでは、専門家が外宇宙航行の意義を語っている。二人はもう、解説も弁明も必要としない立場になった。
「行ったな。」
湯気を立てるマグカップを、太一に手渡しながら退助が言う。
「ああ。」
それだけで十分だった。
地球圏の医療記録には、
「長期宇宙滞在適性、再評価保留」
と、かつての大助のデータが残っている。その横に、新しい注記。
「第一世代播種船団、搭乗実績良好」
時代は更新されていく。
名前は、記録に残る。だが、誰かの胸の中に残る呼び名のほうが、きっと長く生きる。
「大助」
「陣」
「太地」
「亮太」
遠い宇宙のどこかで、また誰かが無茶を言い、誰かが頭を抱えているはずだ。
歴史は繰り返す。けれど、同じ場所には戻らない。少しずつ、遠くへ。少しずつ、広く。
ある夜、退助が窓を開ける。星が、ひとつ動く。実際に見えているわけではない。それでも。
「あそこだ。」
太一は左隣に立ち、右腕で退助の肩を抱く。
「見えなくても、分かる。」
退助は左手で、右肩に回された太一の右手に、自分の左手を優しく添える。
言葉は少ない。けれど、確かな確信がある。未来は、もう彼らの手の中にはない。だからこそ、安心して見送る事ができる。
物語はここで終わる。太陽系を越えたその先は、また別の物語で。
この物語は確かに完結した。受け継ぎ、託し、選び、進んだ。それで良い。それがこの六人の、航海の軌跡だった。
終わりました。いかがでしたでしょうか?最初は、太一と退助の、ちょっと切ない結末を少し、和らげたいなという思いから、書き始めたんですがなんか、いつの間にか息子たちは、太陽系を出て行ってしまいました(笑)。
こいつら、一体どこまで行くんでしょうねぇ。とりあえず、今の時点ではこれから先のエピソードを、作者は持ちあわせていないのですが、何か思いついたら、また続きを書く…かもしれません。
ここまで、駄文にお付き合いくださった方々に、本当に感謝いたします。
ありがとうございました。




