移動扉フィーバー
翌朝の朝食は、フーゴが腕をふるってくれた。
カリッと香ばしいバゲットにハム、チーズ、ベシャメルソースをサンドして、チーズを乗せて焼く。
クロックムッシュと呼ばれるお洒落メニューだ。
上に目玉焼きを乗せるとクロックマダムになる。
宿ではクロックマダムにサラダを添えて。
デザートはピーチメルバ。バニラアイスに桃のコンポートを乗せて、ラズベリーソースをかけたデザートだ。お好みでアーモンドスライスをパラリと。
別荘では、同じクロックマダムの他に、大量のパンとボリュームのあるポテトサラダ、ボイルソーセージがフリースタイルで盛り付けられている。
護衛組の胃袋は宇宙だから。ピーチメルバだって、護衛組の分は丼ぶりサイズだ。
本当は宿の朝食は、サンドイッチと具だくさんなスープとデザートで良いって言ったんだけどね。フーゴが初めて使用する宿の厨房に興奮して、お洒落メニューになった。
今回だけは特別だよ。毎回これじゃ、宿として自立出来ないからね。
全て綺麗に平らげて、そろそろ活動しようかという頃、役所の女性達が訪ねて来た。
「設置する場所はこちらですね」
別荘の二階には、男部屋と女部屋、それから私の部屋が並ぶ。
二階の廊下の奥に、白い扉を置いた。
役所の女性達が、黒い箱を何やら操作している。
二人とも肌も髪も艶々だ。
「では、マルファンのイシカワ邸と、バート村の別邸を登録させていただきます。
本来、登録料金がかかりますが、すでにマクナール様がお支払済みですので、ご安心ください」
ピロリンと、黒い箱から音が鳴った。
「鍵をお渡しください」
「鍵?」
そんなものないと言う前に、ロザリアが女性に鍵を渡す。
なるほどあったんだね。さすがアルバンの弟子。私より信用されてるな。
鍵を黒い箱に乗せる。
「マイカ・イシカワ様。こちらに血をお願いします」
「へ……」
奴隷の登録と同じように、血がいるのか。
私はこれが苦手なんだよね。注射だって大嫌いだし。
針を渡されたって、嫌なものは嫌なんだ。
躊躇っていると、カリンが針を受け取って、ニコリと私を見た。
「大丈夫です。ちょっとチクッとするだけですよ」
まるで小児科の看護婦みたいだ。
ってことは私は注射を嫌がる子供か。反省。
おとなしく指を差し出して、カリンにチクッとしてもらって、登録もすぐに終わった。
「鍵の登録も完了しました。
これでこの移動扉はマイカ・イシカワ様以外、開けることは出来ません」
「もう終わりですか? 開けてみてもいいですか?」
「その前に注意事項を。
移動扉は一日の使用回数が決まっていて、一日一往復です。それ以上は罰金となり、罰金が重なると、移動扉の没収となります」
一日一往復。それは知っている。
宍戸先輩の手帳に書いてあった。
最もらしい理由をつけて、各国に了承させた、移動扉ルールだ。
実のところは、宍戸先輩の多数の彼女を、上手くやり取りする為のルールだったりする。
ほら、「最近、私に会いに来てくれないじゃない」「ごめんよ。仕事で移動扉を使ってしまってね」みたいな言い訳をする為の。
宍戸先輩の長距離型移動扉は、実在する全てが未登録品で、実質使い放題なのだけれど。
「移動扉は使用した回数に応じて、税金が加算されます」
「はい?」
何それ、初耳だ。
なんで個人所有の物で、税金が加算されるわけ。
「これは移動扉を守る為でもあります」
「むやみやたらに使用して扉が破損しては、世界にとって大きな損害ですから」
ガンガン使って壊れたら、個人の責任でしょ。私の扉だもの。
なんでそこに国が絡むのか。
誰が決めたの、そんなひどいルール。
まぁ、私の財産は人のお金だから、別に国に噛みつく気はないけどね。
税金がちゃんと国民に還元されているなら、いいよ。人のお金だし。
「これより一月に一度、騎士が巡回に来ることになります」
「では鍵穴に差し込んでみて下さい」
「はい」
鍵穴に登録したばかりの扉を差し込む。
カチリ。
音と共に、手に歯車が噛み合うような振動がつたわる。
「まだ開けないで下さい。私達は移動扉でマルファンに戻りますので」
ドアノブを手に「あ」と一度手を止めた。
「お二人とも、荷物を持って来ますか?」
「「!!」」
とたんに二人揃って慌て出した。
「あ、そ、そうですね」
「あああの、最後にもう一度だけ!」
「「温泉に!」」
気持ちは分かるけど、役所の仕事として来たわけで、観光じゃない。
それを分かっていても、もう一度と望むということは、温泉に満足してくれたということだろう。
けれど、仕事だから無料で宿に泊めた。おもてなしもした。
これ以上は、自分達でお金を払って来てもらいたいものだ。
何より、もう遅い。
「私はそれでも構いませんけど……。
もう開けちゃいました。
役所では明日のお帰りでも大丈夫ですか?」
「うっ……いえ……」
「すぐに荷物を持って来ます……」
「行ってらっしゃい」
しょんぼりしながらも、急いで荷物を取りに戻ったということは、扉をずっと開けっ放しにすることは出来ないのだろう。
開けた私が悪いのか、説明が遅かったのが悪いのか。
あまりしょんぼりされちゃうと、ちょっと可哀想になって来るな。
でも。
「またのご利用、お待ちしています」
にこやかに送り出すしかなかった。
無事に、マルファンのイシカワ邸とバート村の別荘が、移動扉で繋がった。
扉を開けると、なぜかアルバンとレオナルドががにこやかに立っていた。
レオナルドが役所の女性達を送って行って、アルバンが「何か必要な物はありますか」と聞いているうちに、次々と使用人が集まって来る。
移動扉なんて、平民の間では伝説級のアイテムだからね。みんな気になるよね。
パウルとクルトがいつの間にかやって来た。
「お嬢さま。バート村の別荘に、薔薇の苗木を植えに行って来まぁす」
「別にいいけど、すぐ閉めるよ」
「なぁに、二人で植えたら10分もかからん」
そう言って、扉を通った。
次女マリンとリリアがやって来る。
「お嬢様、別荘にも新しいティーセットを運びますね」
「仕入れたばかりのお茶も必要ですよね」
そう言って、扉を通った。
ベルタとユーリがやって来る。
「アンヤちゃんとブランちゃん用の角砂糖を、別荘に置いて来ますね」
「僕は馬担当ですからね。お嬢様の馬なら僕も行かないと」
そう言って、扉を通った。
ヨハンとローラがやって来た。
「お嬢様、別荘に菓子を届けて来ますよ。キンツバを大量に作り過ぎたんで」
「私はフーゴさんが忘れた、特製スパイスを届けに」
「はいはい。行ってらっしゃい」
ヨハンとローラを見送って、私は覚悟を決めた。
「次は誰? 15分以内に帰って来てよね」
ぞろぞろと次々に集まって来る。
ルッツとマリッカは鍋を持って来た。
「師匠にスープの味見を」
「新作ドレッシングの味見を」
四女メリンは。
「エリンお姉ちゃんに会いたくて」
エドガーとカサンドラは、いい言い訳が思いつかなかったのだろう。
「扉を通ってみたくて」
正直にそう言って、扉を通った。
こんなことが10日ほど続き………。
ひとまず移動扉フィーバーは終了した。
バート村に移動扉を置いたことは、村長以外には内緒です。




