馬は高価です3
黄の7番は、艶のある黒毛。
寡黙で、何となく目つきに鋭さがある。実は優しい、イケメン。
黒い色と寡黙な性格から連想して……。
夜、闇、……闇夜。
「アンヤ。
黄の7番は、今日からアンヤだよ」
緑の3番は、栗の鬼皮色の毛。
甘え上手で、コミュ力高め。つぶらな瞳で可愛い系イケメン。
栗と甘い性格から連想して……。
栗きんとん、マロングラッセ、モンブラン……。
モンブラン食べたい……。
「ブラン。
緑の3番は、今日からブランだよ」
「アンヤにブラン。よろしくね」
馬の名前が無事に決まりました。
マヌエルさんが良い名前だと言ってくれたのに、 テオは「マイカのくせに…」と、どこぞのガキ大将のような事を呟いたので、モスグリーンの髪の毛をグッシャグシャにしてやった。
アンヤにたっぷりの牧草を積んだ荷馬車を着けて、早朝にロスメル村を出発した。
テオにアンヤを任せて、馬に乗れない私は牧草の上に乗せられて、必死に揺れと戦っていた。
アンヤとブランの他に、もう1頭並走して連れて来ている。このままテオにバート村まで送ってもらい、テオがまたロスメル村に乗って帰る為の馬だ。
黄の5番とテオが呼ぶので、私は勝手に心の中でカラメルと呼ぶことにした。
……毛色が濃茶だからね。
テオが何かしたのか分からないけれど、ブランもカラメルもきちんとアンヤの後を着いて来ている。
賢いな。後でたくさん撫でてあげよう。
バート村に着いたのは昼をだいぶ過ぎた頃だった。
本来なら半日程の距離だったけれど、私が馬に慣れないせいで時間がかかった。
こうなることは想定の範囲内。マヌエルさんから、テオのお泊まりの許可を貰って来たので大丈夫。
まずは村長にテオのお泊まり許可を貰って、いよいよ私の要望を伝える番だ。
「村長さん。……バート村に空き家が数軒ありますよね」
15棟あるログハウスのうちの4棟が、空き家だとフィーネさんから聞いている。
「空き家1棟を、私の馬と交換してください!」
「「「え!」」」
村長、フィーネさん、テオの声が重なった。
「あ、いや間違えました。
馬達を村に貸し出すので、変わりに空き家を1棟ください……かな?」
アンヤもブランも気に入っている。
所有権を譲るには惜しくなって、慌てて言い直した。
名前を付けると愛着がわいてしまうな。
だからロスメル村の馬達は、番号で呼ばれるのかもしれない。
可愛くて売りに出せません、だと生活出来ないからね。
「馬を貸し出す…とは、どういうことかな」
村長が戸惑った顔で聞いて来る。
フィーネさんもオロオロしている。
「馬がいれば、街まで素材を売りに行ったり、他の村と行き来しやすかったり、何かと便利でしょう?
そんな時に、何時でも何度でも、アンヤとブランをお貸しします。
かわりに空き家を1棟、私にください」
村長さんは低い唸り声を出した。
「マイカさんはマルファンに住む予定なんだろう。こんな小さな村に家を持って、どうするつもりかな」
もっともな疑問だ。
私もこのままバート村に永住する気はない。けれど温泉の素晴しさを考えると、離れがたい。
マルファンから徒歩3日。馬車なら1日あれば着くだろう。
それくらいの距離なら、セカンドハウスとして所持しておきたい。……のだけど、『別荘』なんて言葉を使ったら、確実に引かれるだろうな。
「……温泉がとても気に入ったので。街からバート村まで、馬車ならそれほど離れていないし、時々遊びに来ようと思って……」
「…………」
それを人は『別荘』と呼ぶ。
別荘だなんて、地位とお金のある人の代名詞じゃないか。私には不相応だ。
「…………」
村長さんは目を閉じて、何も言わない。
反応がよろしくないな。
私に都合よすぎる条件だったか。
馬を貸し出すでは駄目かな。……けれど、アンヤとブランを手離すのは嫌だ。
1度宿泊代を断られた事で、物々交換なら交渉しやすいかと思ったけれど。やはりここは素直にお金で交渉した方がいいだろうか。
駄目なら、きっぱり諦めよう。
「……すみません。私に好条件過ぎましたね。この話は1度白紙に戻しましょう」
1度出した案を引っ込めようとすると、村長さんは慌ててソファから立ち上がった。
「いや!そうじゃない!」
フィーネさんも必死に頷いている。
「……マイカさんは馬の価値を低く見すぎだ。馬があれば村はどんなに助かるか。
こんな辺鄙な村の古い空き家ごときで、立派な馬を借りられるなんて……村に都合がよすぎるんだよ」
(ん? 家よりも馬の方が価値が高いってこと?)
それは……。
もっと欲張ってもいいのかな。
「ええと、じゃあ……。
馬の世話を全面的にお願いしちゃう……ってのも追加してもいいですか?
それから、餌の牧草をロスメル村で先払いしてるので、1月に1度ロスメル村まで取りに行くのもお願いしちゃっても……」
でもそれだと、私の馬なのに私は何も世話しない事になってしまうな。
アンヤとブランに愛想つかされたら悲しい。
村にいる間はせめてブラッシングでスキンシップをしよう。
「厩舎は10年前に使っていたものがある。直せばまだまだ使えるだろう。
昔、馬の世話をしていた者が喜んで世話をするだろうし、イザークなどは馬が欲しいと随分前から言っていたからね。喜んでロスメル村に行くだろう。
……まだまだ足りないくらいなんだよ。本当にいいのかい?」
「はい、私も嬉しいです。
……あ、あと1つ。家にお風呂を作って、温泉を引いてもいいですか? 一人でゆっくり入るお風呂が欲しくて」
「もちろん許可するよ。
昼食がまだだろう。食べてから空き家に案内しようか」
今まで空気と化していたテオのお腹が、ぐぐぅぅ~っと盛大に鳴った。
テオは真っ赤になっていたけれど、私のお腹が先に鳴らなくて良かった。
フィーネさんが手早く昼食の準備をしてくれた。いいお嫁さんになるな。
遅めの昼食は軽めに、極太のソーセージを挟んだホットドッグ。バジルの効いたトマトのソースが爽やかで、テオは3つも食べた。
成長期、スゴい。
この村は、半分は自給自足で成り立っているのに、ずいぶん食生活豊かだ。
お腹いっぱい食べられるって、幸せだ!