↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/162

目的の為です

 空き家は全部で4棟。


 村外れの家が比較的新しいようで、そこに決めた。


 中はシンプルな2K。リビング、キッチン、寝室。

 木製のベッドはあるけれど、布団がないので何とかしなくては。

 キッチンも調理器具がないから、何も出来ないな。

 やはり村に店がないと不便だ。


 床がきしむので、少しリフォームが必要みたい。

 住むには色々準備が必要だ。


 それから、一番の目的の温泉も作らなくては。


「一度マルファンに行ってから、色々運んだ方がよさそう……」






 家を出ると、広場に人集りが出来ていた。

 その中心にアンヤとブランがいた。

 テオとイザークさんもいる。


「お嬢ちゃん!」


 イザークさんが私の姿を見つけると、厳つい顔に満面の笑みを浮かべている。

 なにそれ、恐い。恐いよイザークさん。

 逃げようか迷っているうちに、もう目の前に来ていた。

 ガシッと両肩を掴まれる。

 トキメキのシチュエーション……何て訳ない。鬼に捕まった、冷や汗ダラダラのシチュエーションだ。


「この馬はお嬢ちゃんの馬なんだろう? いい馬だな」


 興奮で顔が紅潮しているから、まさに赤鬼だ。

 ……イザークさんの名誉の為に言い直すと、イケメンな赤鬼だ。厳ついけど、よく見るとイケオジなんだよ。そのイケオジ度が全部消えるくらいの厳つさなんだ……もったいない。


「……黒い馬がアンヤ。栗色の馬がブランと言います」


「村長から聞いた。この馬達、村に貸してくれるとか。本当なのか?」


「はい。今夜、村長から正式に発表される予定です。馬の世話を村にお願いする事になりますが、よろしくお願いします」


「任せてくれ!」


 まだ肩は掴まれたまま。いいかげんに離してほしい。……どこかに桃太郎はいないかな。

 心の中で助けを求めていると、ブランが歩いて来た。

 いた、桃太郎が。いやブランが。


「ブラン~」


 呼ぶと、イザークさんは肩を離して、かわりにブランを撫でだした。

 ブラン、助けてくれてありがとう! いい男だ。いや、いい雄だ!


 アンヤを引いたテオがやって来て、こっそり耳もとにささやいた。


「イザークさんって、馬好きすぎだろ」


「あ~やっぱり。アンヤとブランは可愛がってもらえそうだね」


 村人の様子を見ても、馬達を受け入れてくれているようだ。


「あれ?  そういえば、カラメルは?」


 ロスメル村から連れてきた黄の5番の姿が見えない。どこにいるのかな。


「カラメル?」


「あ、しまった」


 つい、心の中で呼んでいた名前で呼んでしまった。

 じとっ~とした目でテオが見てくる。


「やだぁテオってば、そんなに見つめないでよ。照れる~」


「なっ! あ、あ、あ………」


「あ?」


「アホかーーーっ!!」


 真っ赤になりながら走り去って行くテオ少年の後ろ姿を、アンヤとブランと一緒に見送った。

 繊細だな。少しからかいすぎたか。

 テオを相手にしていると、つい弟を思い出して構いたくなってしまう。

 嫌われたくはないから、後で機嫌をとろう。










 テオに夕食のハムステーキを半分お裾分けしたら、やたらと感激して仲直り出来た。食べ盛りの男の子は単純でいいな。



 夕食後、村長宅に続々と村人達が集まって来た。


 知っている顔も何人かいる。


( あ、パン屋……じゃなくて、パン焼き名人のおばさんだ)


 村のパンを一手に担っているおばさんだ。

 もうパン屋でいいんじゃないかと思うけれど、店という感覚がないようで、パン焼き名人と呼ばれているらしい。

 ぺこりと軽くお辞儀すると、向こうも手を振ってくれた。


 フィーネさんが、小声で村人情報を教えてくれる。

 腕のいい狩人のおじさん三兄弟。ソーセージ名人のおばさん。釣り名人のおじいさん。


 狩人が肉を調達。その肉をソーセージ名人が加工。釣り名人が魚を調達。

 ……バート村の食事情はこの人達に支えられているらしい。

 森が豊かなおかげだ。



 村長さんが、ごほんと咳払いすると、ざわついていた村人は一斉に村長さんへと視線を向けた。

 どうやらみんな集まったらしい。


 バート村の集会の始まりだ。


「みんな、よく集まってくれた。

 まずは客人を紹介しよう。


 街に行く為にバート村に立ち寄っている、マイカさん。

 ロスメル村から来てくれた、テオフィル君だ」


 突然、村人達に紹介されて、テオと一緒にビクビクしながらお辞儀をした。


「今日は皆に報告がある。

 すでに聞いた者もいると思うが……マイカさんの馬を2頭、村で借り受ける事になった。

 対価は、村からは村外れの空き家を一軒。

 それから馬達の世話を村で受け持つことになった。


 ……意見のある者はいるかな」


 一人手を挙げたのは、狩人三兄弟の一人だ。


「馬は非常にありがたい。だが、借り受けるということは、期間限定ということか?」


 村人の視線がすべて私に向く。

 視線が痛いよ。


「……い、いえ。私は村の空き家が欲しいんです。

 馬と交換と最初は考えましたが、馬達に愛着がわいてしまって……。私の馬として愛でる権利は手放したくなく思っています。

 馬は村で自由にして構いません。大切に可愛がってくれるなら、期限もありません」


 また別の狩人三兄弟が手を挙げた。


「馬の餌はどうするつもりだ」


「私の馬なので私が餌代を払います。とりあえず一年間は、ロスメル村から先払いで購入済みです」


 村人がざわつき始めた。

 何か悪いことを言ったかな。

 不安に思っていると、また別の狩人三兄弟が手を挙げる。


「それは村にばかり利が有りすぎだろう」


「いえ、私は……」


「昔この村は一度、権力に負けた。また同じことにならない保証はないだろう」


 ざわつきが大きくなっていく。

 突然やってきた女が、村が欲しがる馬をチラつかせて、村の空き家を欲しがる……。普通に考えて、かなり怪しい状況だ。

 何か企んでいると思われて当たり前だ。


「村に害を持ち込むつもりなのか?」


「村長も騙されているのか?」


 私に向く視線が、どんどん鋭くなっていく。


 頭の奥まで人の声が響いて、頭が痛い。


 私の蒔いた種だ。何とかしなくては。


「わ、私は!」


 叫ぶように声をだす。こんなに声を張り上げたのは久しぶりだ。


「私はただ、温泉に1人静かに入りたいだけです!」


 ざわついていた村人達が一斉に黙り、私を見ている。


「皆さんにとって、空き家より馬の価値が大きい事は分かりました。


 でも!


 私にとって、この村の家の価値は、計り知れないくらい魅力ある物です!


 村長さんに家まで温泉を引く許可をいただきました。

 空き家を私の好きに改装して、温泉を作って、いつでも好きに1人で入りたい! そう思っています。


 私には馬よりずっと価値があります!」


 心臓が破裂しそうなくらい、どきどきしている。

 自分の思いを伝えるのは、こんなにも労力がいるのか。

 まずいな、気持ちが高ぶって泣きそうだけど。


 引きたくない! 温泉の為に!


「馬はあげられませんけどね!」


 これも大事な事だ。




 みんな静かだ。


 誰も何も言わないのは、どうしてだろう。

 欲張ると良いことないということか。





「俺は良いと思う」


 静寂の中。

 声を出したのは、最初に手を挙げた狩人だ。


「物の価値は人それぞれだ。

 お嬢さんにとって、この村の価値は馬より上だと言った。俺は嬉しいと思ったよ」


 次に「オレも賛成」と言ったのは、二番目の狩人だ。


「オレは、温泉は村の財産だと思っている。お嬢ちゃんもオレと同じ意見だってことだろ」


 二人の声をきっかけに、次々と「賛成」の声が挙がった。


 村長がパンパンと手を叩いて、村人達の注目を集める。


「それでは改めて聞こう。

マイカさんとの取引に反対の者は挙手を」


 手が挙がらなかった。


「では、賛成の者は挙手を」


 次々と手が挙がった。

 三番目の狩人も手を挙げている。

 私と目が合うと、にやりと笑って片目を瞑った。



 ……この人。……苦手なタイプだ。



「賛成多数で、この取引は賛成とする。

 馬の世話はイザークとローグに任せる。

  以上、解散!」


 村長の締めの言葉で、集会はお開きになった。


 良かった。

 温泉が手に入る!


 ホッと息を吐くと、テオに背中を叩かれた。

 今夜は眠れないかもしれない……。







 早朝、やけに目が冴えてしまった。

 テオがロスメル村に帰る時間なので、見送るにはちょうどいい。

 いつも早起きのフィーネさんも目を覚ました。

 村長は昨夜、集会終わりの酒盛りで盛り上がり、まだ泥のように、寝ているらしい。

 仕方なく、二人でテオを見送る為に厩舎に向かった。

 テオがカラメルを引いて歩いてくる。


「おはよう、テオ」


「おはよう、マイカ。フィーネさん」


「いろいろありがとうね。すごく助かった。またロスメルに行くね。マヌエルさんにもよろしく伝えてね」


「おう。またな」


「テオ君。これ朝食にどうぞ」


 フィーネさんがテオにサンドイッチの包みを渡した。

 いつの間に用意したんだろう。

 テオは真っ赤な顔でオロオロしながら受け取っている。

 純情だな。可愛い。


 テオは私達に手を振って、カラメルに飛び乗る。テオを乗せたカラメルは凄い速さで走って、あっという間に見えなくなった。

 テオとはお別れだけど、またすぐ会えそうな気がする。




 朝食の準備をするフィーネさんと分かれ、1人で散歩をすることにした。

 昨夜から高ぶって収まらない気持ちを、落ち着かせたい。

 アンヤとブランに癒されようかな。

 厩舎に行こうとして、森の先にぼんやり光る物を見つけた。

 その光る物を手に取ろうとして、突然、目の前が真っ黒に染まって意識を手離した。









「おい! 大丈夫か!」


 女が倒れていた。


 視界の先で倒れた女の姿を見つけて、慌てて駆け付けた。頬を軽く叩くが、意識は戻ってこない。


「おい! 誰か! ババ様を呼んで来い!」


 これはまずい。一刻を争う事態だ。

 ババ様を待ってはいられない。

 女を抱えると、ババ様の元へ向かった。


 少女のような容姿の、黒髪の女。




 彼女は、息をしていなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。