目的の為です
空き家は全部で4棟。
村外れの家が比較的新しいようで、そこに決めた。
中はシンプルな2K。リビング、キッチン、寝室。
木製のベッドはあるけれど、布団がないので何とかしなくては。
キッチンも調理器具がないから、何も出来ないな。
やはり村に店がないと不便だ。
床がきしむので、少しリフォームが必要みたい。
住むには色々準備が必要だ。
それから、一番の目的の温泉も作らなくては。
「一度マルファンに行ってから、色々運んだ方がよさそう……」
家を出ると、広場に人集りが出来ていた。
その中心にアンヤとブランがいた。
テオとイザークさんもいる。
「お嬢ちゃん!」
イザークさんが私の姿を見つけると、厳つい顔に満面の笑みを浮かべている。
なにそれ、恐い。恐いよイザークさん。
逃げようか迷っているうちに、もう目の前に来ていた。
ガシッと両肩を掴まれる。
トキメキのシチュエーション……何て訳ない。鬼に捕まった、冷や汗ダラダラのシチュエーションだ。
「この馬はお嬢ちゃんの馬なんだろう? いい馬だな」
興奮で顔が紅潮しているから、まさに赤鬼だ。
……イザークさんの名誉の為に言い直すと、イケメンな赤鬼だ。厳ついけど、よく見るとイケオジなんだよ。そのイケオジ度が全部消えるくらいの厳つさなんだ……もったいない。
「……黒い馬がアンヤ。栗色の馬がブランと言います」
「村長から聞いた。この馬達、村に貸してくれるとか。本当なのか?」
「はい。今夜、村長から正式に発表される予定です。馬の世話を村にお願いする事になりますが、よろしくお願いします」
「任せてくれ!」
まだ肩は掴まれたまま。いいかげんに離してほしい。……どこかに桃太郎はいないかな。
心の中で助けを求めていると、ブランが歩いて来た。
いた、桃太郎が。いやブランが。
「ブラン~」
呼ぶと、イザークさんは肩を離して、かわりにブランを撫でだした。
ブラン、助けてくれてありがとう! いい男だ。いや、いい雄だ!
アンヤを引いたテオがやって来て、こっそり耳もとにささやいた。
「イザークさんって、馬好きすぎだろ」
「あ~やっぱり。アンヤとブランは可愛がってもらえそうだね」
村人の様子を見ても、馬達を受け入れてくれているようだ。
「あれ? そういえば、カラメルは?」
ロスメル村から連れてきた黄の5番の姿が見えない。どこにいるのかな。
「カラメル?」
「あ、しまった」
つい、心の中で呼んでいた名前で呼んでしまった。
じとっ~とした目でテオが見てくる。
「やだぁテオってば、そんなに見つめないでよ。照れる~」
「なっ! あ、あ、あ………」
「あ?」
「アホかーーーっ!!」
真っ赤になりながら走り去って行くテオ少年の後ろ姿を、アンヤとブランと一緒に見送った。
繊細だな。少しからかいすぎたか。
テオを相手にしていると、つい弟を思い出して構いたくなってしまう。
嫌われたくはないから、後で機嫌をとろう。
テオに夕食のハムステーキを半分お裾分けしたら、やたらと感激して仲直り出来た。食べ盛りの男の子は単純でいいな。
夕食後、村長宅に続々と村人達が集まって来た。
知っている顔も何人かいる。
( あ、パン屋……じゃなくて、パン焼き名人のおばさんだ)
村のパンを一手に担っているおばさんだ。
もうパン屋でいいんじゃないかと思うけれど、店という感覚がないようで、パン焼き名人と呼ばれているらしい。
ぺこりと軽くお辞儀すると、向こうも手を振ってくれた。
フィーネさんが、小声で村人情報を教えてくれる。
腕のいい狩人のおじさん三兄弟。ソーセージ名人のおばさん。釣り名人のおじいさん。
狩人が肉を調達。その肉をソーセージ名人が加工。釣り名人が魚を調達。
……バート村の食事情はこの人達に支えられているらしい。
森が豊かなおかげだ。
村長さんが、ごほんと咳払いすると、ざわついていた村人は一斉に村長さんへと視線を向けた。
どうやらみんな集まったらしい。
バート村の集会の始まりだ。
「みんな、よく集まってくれた。
まずは客人を紹介しよう。
街に行く為にバート村に立ち寄っている、マイカさん。
ロスメル村から来てくれた、テオフィル君だ」
突然、村人達に紹介されて、テオと一緒にビクビクしながらお辞儀をした。
「今日は皆に報告がある。
すでに聞いた者もいると思うが……マイカさんの馬を2頭、村で借り受ける事になった。
対価は、村からは村外れの空き家を一軒。
それから馬達の世話を村で受け持つことになった。
……意見のある者はいるかな」
一人手を挙げたのは、狩人三兄弟の一人だ。
「馬は非常にありがたい。だが、借り受けるということは、期間限定ということか?」
村人の視線がすべて私に向く。
視線が痛いよ。
「……い、いえ。私は村の空き家が欲しいんです。
馬と交換と最初は考えましたが、馬達に愛着がわいてしまって……。私の馬として愛でる権利は手放したくなく思っています。
馬は村で自由にして構いません。大切に可愛がってくれるなら、期限もありません」
また別の狩人三兄弟が手を挙げた。
「馬の餌はどうするつもりだ」
「私の馬なので私が餌代を払います。とりあえず一年間は、ロスメル村から先払いで購入済みです」
村人がざわつき始めた。
何か悪いことを言ったかな。
不安に思っていると、また別の狩人三兄弟が手を挙げる。
「それは村にばかり利が有りすぎだろう」
「いえ、私は……」
「昔この村は一度、権力に負けた。また同じことにならない保証はないだろう」
ざわつきが大きくなっていく。
突然やってきた女が、村が欲しがる馬をチラつかせて、村の空き家を欲しがる……。普通に考えて、かなり怪しい状況だ。
何か企んでいると思われて当たり前だ。
「村に害を持ち込むつもりなのか?」
「村長も騙されているのか?」
私に向く視線が、どんどん鋭くなっていく。
頭の奥まで人の声が響いて、頭が痛い。
私の蒔いた種だ。何とかしなくては。
「わ、私は!」
叫ぶように声をだす。こんなに声を張り上げたのは久しぶりだ。
「私はただ、温泉に1人静かに入りたいだけです!」
ざわついていた村人達が一斉に黙り、私を見ている。
「皆さんにとって、空き家より馬の価値が大きい事は分かりました。
でも!
私にとって、この村の家の価値は、計り知れないくらい魅力ある物です!
村長さんに家まで温泉を引く許可をいただきました。
空き家を私の好きに改装して、温泉を作って、いつでも好きに1人で入りたい! そう思っています。
私には馬よりずっと価値があります!」
心臓が破裂しそうなくらい、どきどきしている。
自分の思いを伝えるのは、こんなにも労力がいるのか。
まずいな、気持ちが高ぶって泣きそうだけど。
引きたくない! 温泉の為に!
「馬はあげられませんけどね!」
これも大事な事だ。
みんな静かだ。
誰も何も言わないのは、どうしてだろう。
欲張ると良いことないということか。
「俺は良いと思う」
静寂の中。
声を出したのは、最初に手を挙げた狩人だ。
「物の価値は人それぞれだ。
お嬢さんにとって、この村の価値は馬より上だと言った。俺は嬉しいと思ったよ」
次に「オレも賛成」と言ったのは、二番目の狩人だ。
「オレは、温泉は村の財産だと思っている。お嬢ちゃんもオレと同じ意見だってことだろ」
二人の声をきっかけに、次々と「賛成」の声が挙がった。
村長がパンパンと手を叩いて、村人達の注目を集める。
「それでは改めて聞こう。
マイカさんとの取引に反対の者は挙手を」
手が挙がらなかった。
「では、賛成の者は挙手を」
次々と手が挙がった。
三番目の狩人も手を挙げている。
私と目が合うと、にやりと笑って片目を瞑った。
……この人。……苦手なタイプだ。
「賛成多数で、この取引は賛成とする。
馬の世話はイザークとローグに任せる。
以上、解散!」
村長の締めの言葉で、集会はお開きになった。
良かった。
温泉が手に入る!
ホッと息を吐くと、テオに背中を叩かれた。
今夜は眠れないかもしれない……。
早朝、やけに目が冴えてしまった。
テオがロスメル村に帰る時間なので、見送るにはちょうどいい。
いつも早起きのフィーネさんも目を覚ました。
村長は昨夜、集会終わりの酒盛りで盛り上がり、まだ泥のように、寝ているらしい。
仕方なく、二人でテオを見送る為に厩舎に向かった。
テオがカラメルを引いて歩いてくる。
「おはよう、テオ」
「おはよう、マイカ。フィーネさん」
「いろいろありがとうね。すごく助かった。またロスメルに行くね。マヌエルさんにもよろしく伝えてね」
「おう。またな」
「テオ君。これ朝食にどうぞ」
フィーネさんがテオにサンドイッチの包みを渡した。
いつの間に用意したんだろう。
テオは真っ赤な顔でオロオロしながら受け取っている。
純情だな。可愛い。
テオは私達に手を振って、カラメルに飛び乗る。テオを乗せたカラメルは凄い速さで走って、あっという間に見えなくなった。
テオとはお別れだけど、またすぐ会えそうな気がする。
朝食の準備をするフィーネさんと分かれ、1人で散歩をすることにした。
昨夜から高ぶって収まらない気持ちを、落ち着かせたい。
アンヤとブランに癒されようかな。
厩舎に行こうとして、森の先にぼんやり光る物を見つけた。
その光る物を手に取ろうとして、突然、目の前が真っ黒に染まって意識を手離した。
「おい! 大丈夫か!」
女が倒れていた。
視界の先で倒れた女の姿を見つけて、慌てて駆け付けた。頬を軽く叩くが、意識は戻ってこない。
「おい! 誰か! ババ様を呼んで来い!」
これはまずい。一刻を争う事態だ。
ババ様を待ってはいられない。
女を抱えると、ババ様の元へ向かった。
少女のような容姿の、黒髪の女。
彼女は、息をしていなかった。




