孤児狩り
高い窓から外の日差しがかろうじて入って来る。けれど、あたりを見渡せるほどの力はなく薄暗い。
大きな木箱がたくさん積んでいるのが見えるから、だいたいの想像はついた。
「町外れの倉庫」
今日、パウルと一緒に来るはずだった倉庫だろうか。それとも別の倉庫か。
分からないけれど、私が今、ここにいるってことはーーーー。
「拉致されたかな」
思いのほか冷静でいられるのは、窓からの光が日中だと教えてくれているからだ。これが真っ暗なら耐えられないかもしれない。
「うーん、公園に行っただけなんだけどな」
次女マリンと一緒に宿近くの公園に行って、私が喉が乾いたって言ったから、マリンがレモネードを買って来るって……ベンチに座って待ってたんだよね。
そこから記憶がない。
「もしかして、孤児狩り?」
三女カリンが言っていた、「子供が一人でウロウロしていると、孤児狩りに連れて行かれる」という言葉を思い出した。
いやいや……いくら若く見られるって言っても、それはないか。と、思いたい……。
カタン。
何かの物音がした。
光が届かない場所はなかなか暗くて、よく見えない。
じっと耳を澄ますと、木箱で囲うようにされた端の方に、何人かの息づかいを感じた。
「誰かいる?」
恐怖はない。
むしろ感じる呼吸の荒らさが、相手の恐怖を伝えて来る。
「怖い? 何もしないよ? そっちに行ってもいい?」
返事がないけれど、ジリジリと近づいて行く。
二人分の人影が見えて来た。ずいぶん小さいのは、予想通り奴隷に売られた子供なんだろう。
「こんにちは。ここ、どこか分かる?」
問いかけに、首を振るシルエットが見えた。
「外、まだ明るいみたいだね」
「怪我はない?」
「お腹空かない?」
「喉乾いたね」
「座ってるとお尻痛くない?」
恐怖を取り除いてあげたくて、何でもないことを口に出す。当然、返事は何も返って来ないので、独り言のようになっても気にしない。
何度も繰り返すうちに、もぞもぞと小さなシルエットが動いた。
「あの」
小さな声は掠れていて、普通なら聞き取れなかったかもしれない。この静寂の中でもかろうじて聞こえた程度の声だった。
「ん?」
「お姉さんも、売られたのでしょうか?」
今度は少しハッキリとした声に、話しかけてくれたことが嬉しくて、こんな状況なのに声が弾んでしまうのは仕方ないよね。
「私は……拐われたのかなぁ。よく分からないんだよね。
君たちは私より先にここにいたの?」
コクンと頷いたのを感じる。
顔が見えるまで距離を詰めたら、逃げられるかな。
「お姉さんは男の人が抱えて来ましたよ」
「どんな人か見た?」
「はい。大人の人でした」
「そっか……」
確かに、見知らぬ人物の説明は難しいよね。特に印象に残らないなら、髪色は茶系だろうか。
オークションで金持ちアピールしたのが原因か。それともロザリアの関係者か。
少し距離を詰めると、姿が見えて来た。
女の子が二人だ。
一人はピンクがかった茶色の髪の女の子。柔らかそうな髪はボサボサにからまって、広がって、羊みたいだ。
もう一人は黄土色の髪色の女の子。癖のない真っ直ぐな髪はゴワゴワと固まったようになっている。
「君たちはどこの子? 売られたの?」
「はい。7歳になったので」
「わたしも7歳です。だから売られました。
売れたお金は娼館のお姉さま達のお金になるんです」
「お姉さま達がエライねって誉めてくれました」
「でも、異国に行くのはちょっぴり不安です」
娼館という言葉に、カリンから聞いたことを思い出した。
娼婦が生んだ子供は、娼館で7歳まで育てられる。売られる為に。
アメリとリサはそういう子供の世話もしていたらしい。
売られることを前提に育てられたからか、言葉遣いも丁寧だし、売られて悲しいという感情よりも、娼館の役にたったという感情のほうが大きいようだ。
二人とも奴隷の首輪を付けていて、すでに奴隷手続きは終えている。
奴隷として生きて行くことを受け入れている子供を目の当たりにすると、なかなかショックだ。
「君たちの首輪はここで付けられたの?」
「はい。お姉さんはないですね。これからですか?」
「大丈夫です。怖くないですよ。騒がなければ叩いたりしないって言っていました」
「わたし、騒がなかったから、痛くなかったです」
「首がちょっぴり冷たいくらい」
気分が下がった私を見て、怖がっているように見えたようだ。優しい子達だな。
このままここにいると私も奴隷の首輪を付けられるのかな。
ギィギィ
軋んだ音がして、唯一の大扉から明かりが漏れる。私は二人の子供と一緒に、とっさに木箱の陰に身を隠した。
「全く、出荷日に孤児を連れて来られてもねぇ。あんまり高値は付けられないよ」
「値段は問題ない。さっさと奴隷にしてくれ」
「ふん。訳有りかい」
二人分の声に聞き覚えがある。
一人は奴隷商館のオーナーの声。もう一人はーーーー。
木箱のから様子を伺うと、見覚えのある顔が見えた。
赤い唇が特徴的な年配の女性が奴隷商館のオーナー。
その隣にいたのが、オークションでミレーラ嬢の後ろにいた、いけ好かない護衛だった。
(コイツかぁ)
確かにこの男、初対面の時から私のこと嫌いそうだったしね。
カフェの時は私がコイツを連れて来るなって言ったから、護衛外されたみたいだし。
だけど、いくら私のことが嫌いでも、拉致して奴隷商に売り渡すとか……ヤバすぎないか。
オーナーがこっちを見た。あわてて隠れると、その行動が気に入らなかったようで、大きな舌打ちが聞こえる。
「騒ぐんじゃないよ。わたしゃ騒がしいガキが大嫌いなんだ」
二人の子供がビクリと震えた。
威圧的なオーナーの態度は子供には怖いよね。私は全然平気だけどね。
異世界に来て変わったことといえば、他人の顔色を伺うことがなくなった事だと思う。お金がある余裕なのかもしれないけど。
だから、子供達を傷付けるなら、奴隷商館のオーナーにだって噛みついてやるよ。
ここは大人の私がこの子達を守らないとね。
「お前達、そいつを連れてきな」
オーナーの言葉に、二人の子供がたちあがって、私の腕を掴んだ。
「え、ちょっと待って。何するの? 引っ張らないでよ」
子供といえども二人分の力に引っ張られて、私は木箱の陰から飛び出た。
奴隷の首輪を付けているから、逆らえないんだ。
ミレーラ嬢の護衛と目が合って、思いきり顔をしかめられたけど、私だって嫌なんだからね。
「なんだって、お嬢さんがここにいるんだい? 孤児の買い取りって、このお嬢さんかい?」
「あ、ああ」
「何てことだい! このお嬢さんは孤児じゃあない! 誘拐犯か!」
「い、いや」
「もうすぐこのお嬢さんの父親がやって来るんだ!
あんた何てことをしてくれたんだい!」
「だが! 黒髪は珍しいだろう。
奴隷にして高値で他国に売り付ければいい。出国してしまえば、もう連れ戻すのも容易には出来ないだろう」
なんてことを言うんだと反論しなかったのは、オーナーの口振りから面倒事を嫌うタイプだと判断したからだ。
しかも、午後からパウルと一緒に子供の奴隷を買いに行く予定だったから、きっとみんなが何とかしてくれると安易に考えていたのもある。
あ、ということは、この子供達が今日見に来るはずだった子達か。
オーナーの命令で、私が逃げないようにガッチリ腕を掴んでいる子供達を複雑な気持ちで見ていると、オーナーが「ふん」と声を出した。
「悪くないね」
腕を組ながらチラと私をみた。
「黒髪は昔、一度だけ見たねぇ。ケンゴ・シシドを知ってるかい?」
「名前を聞いたことあるくらいだよ」
嘘じゃない。
だけど、ついついギクリとしてしまうのは仕方ないよね。街中で警察官と会った時と同じ。悪いことをしていないのに、なぜかドキリとしてしまうやつだね。
オーナーは真っ赤な唇をニッと吊り上げた。
「あの男と同じ黒髪、黒目……。血縁者か、そうじゃなくても同郷とか言って売り出せそうだね。
くくくっ、高値がつきそうだねぇ」
「私、ケンゴ・シシドと何の血縁もないんですけど」
一応否定してみたけれど、鼻で笑われた。真意の程はどうでもいいらしい。
「すぐに川船に乗せて港に送るとするか」
オーナーはツカツカと私に近づいて、髪の毛をグイと引っ張った。
痛くないけれど、扱いひどすぎでしょう。
私の首に指をまわして、まるで首を絞めるようにする。身体がゾワリと震えた。
「すぐにでも奴隷の首輪を付けてやりたいところだけど……、お嬢さんは奴隷を所有しているから、お嬢さんが奴隷になった瞬間、すぐにバレてしまうねぇ」
主人と奴隷の間には、不思議な繋がりがあるらしい。私に何かしらあって主人として成り立たなくなった場合、奴隷には奴隷の輪を通じて伝わる。そして奴隷は奴隷商館に戻される。
主人が死んだ時の、奴隷への対処だと思っていたけれど……。
(ふぅん、奴隷になった時にも適応されるんだ……)
ひとまず、無理やり奴隷にされることは免れたようだ。
首から指が離れていくと、自分の喉がゴクリと鳴った。
ホッと身体の力が抜けた。
カチリ。
(え……?)
首がヒヤリと冷たい。
「大型の猛獣に付ける首輪だよ。サーカスの熊がつけているのと同じさね。
ちょいと人間には威力が大きいが……まぁ、死にはしないだろう」
ニッと笑う。
「国外に出たら、奴隷の首輪に変えてやるよ」
オーナーの言葉に、ミレーラ嬢の護衛が満足そうに笑った。




