パウルお父様
無視すべきか一瞬悩んで、結局振り返った。
可愛いけれど妙にイラつくオフェリア嬢の顔があって、分かってはいてもため息が出てしまう。
「あなた、私に恥をかかせてただで済むと思っているのかしら」
「恥?」
「そうよ! 平民はあんな下品な舞踊が好きらしいけれど、私には理解出来ないわ!」
ムーソン舞踊は国王の前でも披露されるのに、平民だから好むとか無理があるよね。
少しフテ腐れたようなオフェリア嬢の表情を見ると、自分でも分かっているんだと思う。あとに引けない……ってヤツだな、これは。
ここは私が大人になろう。
オフェリア嬢にニッコリ微笑むと、彼女が一瞬ビクリと震えた。
警戒してるな。
「そうですね。人それぞれ感覚は違いますから、貴方がムーソン舞踊を理解出来ないのは仕方ありません。
私達平民も『あの子、感受性に乏しいんじゃないんじゃない?』とか思ってないですから、大丈夫です!」
「ななななっ!?」
「7?」
唇をグッと噛んだオフェリア嬢は、身体をブルブル小刻みに震わせながら、顔を真っ赤にしている。
ちょっと意地悪しすぎたかな。
「年下のくせに生意気だわ!」
「はい?」
年下って、私がオフェリア嬢より年下ってことか。
そう言えば、マルファンではもう言われなくなったから忘れてたけど、私ってこの世界の人から見たら、幼く見えるんだっけ。
「あの~~、私は貴方より年上だと思いますよ?」
「そんなわけないじゃない」
「いや、22歳だよ? もう少しで23歳になるけど」
「そんなわけないじゃない!」
「あるんです」
私の顔をじっと見つめ、「そんな……」とか「まさか……」とか小さく呟いている。失礼だからね、思いっきり。
やがて彼女の中で答えが出たのか、唇を尖らせてプイと顔を反らした。あのコテンと首を傾げる仕草よりもずっと可愛らしい。
何か言い返すかと身構えていると、ツンと澄ました表情になった。
彼女、意外と表情がコロコロ変わって面白いな。
「失礼するわ!」
言い捨てて、お付きの者達を引き連れて、私達の前から離れて行った。
彼女の護衛が去り際に、申し訳なさそうにペコリと頭を下げていく。それに私は『気にするな』の意味を込めて、片手を少し上げた。
護衛も大変だな。
「何だったのかな……」
呟くと、ヴェロニカがククッと笑う。
「なかなか面白いお嬢さんだったね」
「うん」
「悪い子じゃないんだろうけど、面倒そうな子だね」
「うんうん」
以前、ミレーラ嬢とやり合った時と違って、今回は無駄にわめき散らしたりしなかった。
ミレーラ嬢もそうだったけど、貴族間で見せる顔とはまた違った一面を持っているのかもしれない。
ちゃんと引き際を分かってる辺り、要領のいい子なんだろうな。私の好みではないけど。
食事をした帰り道。
それぞれが行きたい場所に観光に向かった。
ヴェロニカ、次女マリン、三女カリン、ルーナの女子チームはショッピングに。
ヴィムはフーゴに泣き付かれて、どこかに出かけて行った。
残されたパウルとレオナルドは、私と一緒に行動することになった。
大通りから一本外れた道には、以前落とし物を持って来た役所がある。
「王都って言っても大通りから外れたら、マルファンとあまり変わりませんね」
レオナルドがキョロキョロしながら言う。
華やかなのは大通りくらいで、一歩路地に踏み込むと普通に住宅街だし、庶民的なお店もある。
私がめざすお店も、この場所にひっそりとあった。
マルファンでは見慣れた奴隷商館も、王都では初めてだ。
外観はシンプルながらもお洒落だった。深い緑の扉に金色の装飾がされていて、ブティックじゃないかと思うほど。入り口に花が植えられていて、とても奴隷商館とは思えない。
マルファンとは違ってお洒落な雰囲気があるのは、貴族も内密にやって来るからだろうか。
パウルもレオナルドも、マルファンの奴隷商館に来る途中、王都を経由していないらしいから、ここの店員は二人が奴隷だと分からないだろう。
パウルが入り口を開けると、ドアベルがカランと鳴る。音を聞いて、すぐに店員がやってきた。
「いらっしゃいませ」
男の店員が揉み手をしながら、ニコニコ愛想を振り撒いてパウルに近づいた。私とレオナルドのことなんて目に入っていないようだ。
ああ、お父さんと子供達って思われたか。勘違いしてくれるならちょうどいい。
「今日はどういった人材をお探しで?」
パウルがチラと私に目配せする。
「今日のお客さんは私なんですけど。ね? お父様」
パチリとウインクしながら言う。パウルには父親になってもらおう。
パウルが心得たとばかりに、ニッと笑った。
「娘の気に入る人材がいるか見せてくれ」
「はい! ではお嬢様。どういった人材をお探しでしょうか?」
私が客だと知ると、とたんにゴマをする相手を私に鞍替えしたようだ。あまり好きなタイプではないけど、商売人としては間違いじゃないな。
「私と弟の遊び相手が欲しいの。たくさんね」
ポカンと口を開いたままだったレオナルドは、私と目が合うとハッとして、ぎこちない笑みを浮かべた。
「い、いい人がいるといいデスネ……お、お姉さま」
「……そ、そうねぇ。うふふ」
レオナルドに演技はダメだな。ボロが出ないようにしないと。
「では何人か年の若い者を見繕いましょう」
そう言って連れて来られたのは12~15歳の男女二人づつ。たぶん私とレオナルドに合うように選んだんだろうけど……私はともかく、レオナルドの歳を考えたら年上すぎじゃないかな。
「いかがでしょうか? 人気の色付きですよ」
色付き……4人の髪の色は、水色、橙、ボルドー、暗い黄緑。異国では当たり前の髪色かもしれないけど、茶系中心のマルファンでは、確かに見ない髪色だ。
そういった髪色の奴隷が、貴族や富裕層に人気だと以前聞いたから、自信満々で連れて来たんだろう。
「う~~ん、もう少し弟と歳の近い子はいないの? 私、小さい子と遊びたいのにぃ」
「申し訳ありません。今はいませんが、10日程すれば入荷される予定です」
「え~~っ、私達10日も王都にいないよ。観光に来てるんだもの。
せっかく、お小遣い貯めて来たのにな」
ポケットから大金貨を出す。
店員の目がポカンと口を開けたまま、大金貨をじっと見つめた。ゴクリと喉が鳴る音が聞こえる。
金貨を手の中で見せ付けるようにクルクル回して、親指でピンと弾くと、店員の目は金貨を追っているのが良く分かった。
店員と目が合うと、彼は気まずそうに目を反らす。
「お父様、どうしましょうか」
私の父親になったパウルは、険しい顔で眉を寄せる。
一瞬でピリリとした空気になって、店員の喉がゴクリと鳴った。
「ふむ。王都ならば品揃えもいいだろうと思っていたが、こんなものか。
別を当たろう。失礼する」
パウルが店のドアに向かったのを追って、私は店員に「じゃあね」と手を振った。
「ま、待って下さい!」
ドアに手をかけようとした時、店員が慌てて叫んだ。
こっそりニッと笑ったパウルと私を見て、レオナルドは小さく息を吐く。
ごめんよ、レオナルド。もう少し付き合ってね。
「少々お待ち下さい! ただいまオーナーを呼んでまいります!」
すごい勢いで走り去った店員は、一分も待たずに戻って来た。
真っ赤な唇をした年配の女性を連れて。
彼女がこの奴隷商館のオーナーだと紹介された。
「まぁまぁ、利発そうなお嬢様と可愛らしいお坊っちゃまだこと」
私とレオナルドを値踏みするかのような目が気持ち悪い。
言葉では調子のいいことを言っているけど、オーナーの目は嫌な物でも見るかのようだ。
だけど客は私。大金貨を持っているのも私。渋々視界に入れているという感じがする。
「お嬢様が子供をご所望だとか」
笑った様子はニタリという表現がぴったりで、昔話の山姥のようだ。
「だが、いないのだろう。それならば用はないな」
「いえ、ご紹介出来るやもしれません。
お客様は王都にお住まいではないと聞きましたが、確かでしょうか」
「回りくどいのは好きではない」
個人情報は極力出したくないから、パウルがキッパリと拒否してくれて良かった。
「し、失礼しました。二日後に町外れの飼料倉庫に………」
「お父様! 私達、大人の話は退屈だわ。
あの4人とお話して待っててもいい?」
オーナーの話はパウルに任せよう。このオーナー、何だか嫌な感じがする。離れるべきだと判断した。
パウルがオーナーから一時も目を離さないのも気になる。
「ああ、行っておいで」
やっぱりパウルは目を離さないし、ニコリともしない。
私はレオナルドを連れて、最初の店員に連れて来られたままになっていた4人の男女に近付いた。
「こんにちは」




