貴族の常識
何とも言えない空気が流れる。
豪華な馬車に私とヴィムと、そして金髪のご令嬢。
ニコニコと嬉しそうなご令嬢に対し、私の顔はどうしたって固くなるよ。だって豪華極まりない馬車なんだもの。庶民が突然ストレッチリムジンに放り込まれた状態だよ。キョドったってしかたないでしょ。
余裕ある表情のヴィムが恨めしい。
ご令嬢はだけはニコニコと楽しそうだ。
「昨日の今日でまたマイカさんにお会いできるなんて、嬉しいです」
「そうですか」
純粋そうな顔をして、よく言うよ。
クルトからこっそり聞かなかったら分からなかった。
名家として当然のように、情報を取り扱うスパイのような者を使うのだろう。昨夜後をつけていた中に、ご令嬢の息のかかった者がいる。クルトが気付いたということは、オークションでご令嬢が連れていた護衛や使用人の中の誰か。
そういう人物がいるということは、簡単に私達がどこに泊まっているか、どこに観光に行くか、分かっていたはず。
「まるで偶然会ったように言うんですね。私達の動向なんて全部知っていたでしょうに」
「…………すぐにお礼を言いたかったのですが、一番ご迷惑にならないタイミングを見計らっていました。お気を悪くされたのでしたら、申し訳ありません」
「行動を見張られていて、気を悪くしない人っていないでしょう」
こっちが何も知らないと思ってニコニコしている様子にイラッとして、警戒心全開ですよと伝えてやる。
知らないフリをして仲良しごっこをするつもりはない。
そういうヤツはすぐ手の平を返して敵にまわるんだ。
「私のことも調べているんでしょう? 何か気になる情報でも出ました?」
ご令嬢から笑顔が消えた。
笑顔が消えると、とたんに人懐こい雰囲気も消える。
どちらかというと今まで、か弱い可愛らしいイメージが強かっただけに、もともとの顔立ちはこんなにキリッとした美人顔だったのか。
ドキッとした。
美人顔、好みなんだよね。地球でも、清楚で可愛らしい系の女優より、頭良さそうな美人系の女優が好きだったし。
いや、私的にはロザリア推しだけど。
その雰囲気は一瞬で、すぐにフニャリと眉が下がった。
「……すみません。家名を、調べていました。私の知る国の貴族名簿と照らし合わせて……勝手なことをいたしました」
「言っておきますが、私は平民ですからね。身内はいないから調べたって埃は出ないです」
「ですが! 昨夜の財力、胆力、気迫、とても平民とは思えなくて! もしや、異国のやんごとなきお方ではないかとーーーー」
「ないないない」
あきらかに身分の高いご令嬢をぞんざいに扱ったから、そんな風に思ったのかもしれない。
「ただ、荒波を知っているってだけです」
ご令嬢はうつむいて、黙って何か考えていた。私もそれを邪魔するつもりはない。
静かになった馬車内には馬車の音だけ。
「ミレーラです」
ポツリとご令嬢が呟いた。
「はい?」
「ミレーラです。私の名前」
「ああ」
そういえば知らなかった。ご令嬢も言わなかったし、私も聞かなかったし。特に不自由はなかったけど。
「わざとなんです。今まで名乗らなかったのは」
ミレーラ嬢の顔色は青く強張り、まるで自白する罪人のようだ。
別に私としては、名乗ろうがどうだろうが気にしない。気になるなら、私から聞いてただろうし。あまり積極的に関わり合いたくなかったこともあるから。
「マイカさんは、私のことを知らないのに親切にしてくれました。叱ってもくれました。それが嬉しくて、マイカさんに身分を知られたくなくて………知られたら取ってつけたように、恭しい態度になってしまうでしょう?」
「そうですね。嫌みも心の中で言います」
「うっ………。ハッキリ言いますね。
でも、そんなマイカさんだから、家名の圧で畏まって欲しくなかったんです。
だから、家名は言わないでおきます。ただのミレーラとして接して下さい」
「分かりました」
とは言ったものの、ミレーラ嬢の言い方だと、かなり高位な爵位がありそうだし、時と場合によるよね。
そんな事がないように祈りたいけど。
ミレーラ嬢の行きつけのカフェは、貴族街の一等地にあった。
私の勝手な貴族街のイメージは、高級店が建ち並ぶ、地球の銀座みたいな洗練された街や、お洒落で大人な代官山みたいなイメージだった。
実際、私のイメージはそれほど間違ってはいなかった。
雑貨屋もお菓子屋もお洒落な店構えだし、道行く人は平民であっても、意識高い系のお洒落な人ばかりだ。
少し気後れしながらも、ミレーラ嬢の陰に隠れながら、お洒落なカフェに入る。
「いらっしゃいませ」
すぐにカフェのオーナーらしい男性が寄って来た。
「これはこれはミレーラ様、ご来店ありがとうございます」
「個室をお願いします」
カフェに個室があるなんて、貴族ってお茶をする姿を見られたくないのだろうか。
店内はそれなりに客がいるけれど、別にここでいいのに。
「申し訳ありません。個室は満室でございます」
「あらまぁ。せっかく来たのに、残念ですわ」
「ただ今確認を」
いやいやいや、何これ。貴族の圧力?
確認って、満室なのにどうするの。ミレーラ嬢の一言で、どうにかなるような物なの?
「ちょっと待って下さい!」
急いで個室を確保しようとするオーナーを、私は慌てて呼び止めた。
「テラス席にしましょう!
今日はこんなにいい天気なのに、個室だなんてもったいない」
「テラス……」
ミレーラ嬢はテラスをジッと見て首を傾げた。
「テラスだなんて、考えたこともありませんでした」
「個室だなんて、カフェに来た意味ないでしょう。個室でいいなら、自宅でお茶を飲めば済むことです。
せっかくこんなにお洒落なカフェですから、テラスが一等席でしょう」
「それもそう……ですね。
では、テラス席を」
オーナーは一瞬オロオロして、けれどすぐに持ち直した。
「ご案内いたします!」
そんなに貴族がテラス席に座るのが珍しいのか。貴族のお嬢様がテラス席に座っていたら、店としてもいい宣伝になりそうなのに。
ヴィムが私の耳元に顔を寄せた。
「マイカ。テラスは護衛がしにくい」
ヴィムが私の護衛をする事ではなくて、ミレーラ嬢の護衛騎士達の意見だろう。チラとマシューを見ると、マシューは大きく肩をすくめた。
他の護衛騎士も、ウンウンと頷く。
そんなだから貴族は個室派なのか。貴族って厄介だ。
「うん? 何を言ってるの、ヴィム。大丈夫だよ。だってミレーラさんの護衛なんだから、選りすぐりの騎士なんでしょう? ほら、よく言うじゃない。天才、場所を選ばずって」
笑顔で言ってやると護衛騎士達の顔が固まる。
マシューも同じく固まっているのが面白い。少なくともマシューはそういう思いで、お忍びの小冒険について行ったんでしょうに。
「個室にこだわるってことは、『俺達は主人を守る自信がありません』って言ってるようなものじゃない。
危険は最小限にって気持ちも分かるけど、主人に窮屈な思いをさせてまで個室に詰め込まれてもねぇ? ミレーラさん」
大きな目をパチパチさせて、チラと護衛騎士達を見る。それから花が綻んだように微笑んだ。
「どうなの? あなた達」
固まっていた護衛騎士達は、一斉に姿勢を正す。
「「「問題ございませんっ!!!」」」
その一言でテラス席に決定した。




