呪われた二人
少年と少女は床に寝転んだまま、ピクリとも動かない。
血の気のない顔色。薄茶色の髪はボサボサで、粗末で傷んだ服から見える手足はガリガリだった。
「正直、呪いも末期です。本当なら仕入れも拒否するつもりだったんですが……何故か仕入れてしまったんですよ。朝市に出しても売れそうにないですから、ウチで処理するしかないかと……」
「……処理」
思いの他、声が低くなっていたようで、店主は頭を掻く。
リリアは二人から目を背けて、青い顔でレオナルドと抱き合った。
無理もない。自分達も呪いを持っていたのだから。
「奴隷商館で亡くなる奴隷も中にはいますから、費用を払って業者に遺体を引き取って貰うんです」
奴隷は病気になってもそうそう医者に見て貰えないだろうし、そういうこともあるだろうね。
この二人もそうなるはずだったのだ。私に出会わなければ。
「買います」
「え?」
「二人とも買います」
すぐに解呪すれば、元気になるかもしれない。
神様が私のところに来させたなら、この子達も幸せになる権利がある。
「さあ、今すぐ役所に行きましょう。
リリアは先に教会に行って、神父様に解呪の準備をしてもらって。
レオナルドは病院から先生を教会まで連れて来て。すぐに診察をしてもらいたいから。
エドガーは二人を運んで」
リリアとレオナルドは青い顔をしながらも、すぐに指示通りにそれぞれの場所に向かった。
役所で手続きを終えたら、エドガーが二人を小脇に抱える。本当はもっと丁寧にと言いたいところだけど仕方ない。
いくら二人がガリガリだとはいえ、私じゃ途中で落とし兼ねないからね。
一刻も早く解呪してあげたい。その一心で、教会に向かった。
教会の前でシスターマーガレットが待っていた。
エドガーが抱える二人を見て一瞬息を飲む。それほどひどい状態なんだろう。
「準備は出来ています。こちらへ運んで下さい」
言われるがままに神父が待っている場所に向かうと、床にタオルが敷いてあった。
「エドガーさん、二人をここにうつ伏せに寝かせて下さい。それからマイカさん、少しお話があります」
「はい」
神父様の後について、部屋の外に出る。
神父様の深刻そうな顔から、何かマズいことがあるのかと理解した。
深く深呼吸をする。
「落ち着いて聞いて下さい」
このセリフ……まるで難しい手術の前に、不測の事態を家族に伝える医師みたいだ。
「彼らの呪いは末期の状態です。
呪いを受けている間の記憶はありますから、よほどひどい目にあった方は、解呪で正気に戻っても、精神が壊れる可能性があります」
前にシスターマーガレットに聞いた内容だ。
それを言うってことは、神父様から見てもかなりマズい状態だということだろう。
場合によっては、このまま呪われた状態で命を落とした方が優しい事もあるのは分かる。
末期の患者の延命治療をするか、治療をストップするか……非常に難しい選択肢だ。どちらを選んでも間違いではなく、正解でもない。
呪いで自分の意思が奪われていた間、もしかしたら、ひどい暴力を受けていたかもしれない。陵辱された可能性もある。
正気に戻っても、精神を壊してしまったら、生き地獄ではないか。
「それでも解呪を望みますか?」
神父様が固い声で言う。
「もちろん。今すぐ解呪して下さい」
迷いはなかった。
人の命をお金で買った以上、すべての責任を請け負う覚悟でいる。
精神が壊れて泣き叫ぶなら、落ち着くまで何度でも抱きしめよう。
怒りを叫ぶなら、聞き役に徹しよう。
殺してくれと泣くのなら、責任持って私が命を終わらせよう。
「分かりました」
強張った表情で神父様は頷き、部屋へと戻って行く。
神父様とシスターローゼリア以外、みんな外に出てきた。
解呪の場面は今回も見られないようだ。
「リリア。先に屋敷に戻って二人の部屋を用意しておいて。後、夕食は少し遅れるから、みんなに先に食べてて貰ってて」
もう外は日が傾いている。女の子の一人歩きは危険な時間だ。
乗り合い馬車のところまでエドガーに送って貰うことにした。
リリアとエドガーが出発しようとした時、バタバタと足音が聞こえて、みんなが一斉に振り向く。
レオナルドと水色の髪の医者が走って来る。
「マインラート先生を、お連れしまし……た」
息を切らせながら、レオナルドはドサッと座り込む。
奴隷商館を出てからずっと走り通しだったようだ。
「レオナルド、お疲れ様。今、解呪中だよ」
銀の髪を撫でてると、レオナルドは、間に合って良かったですと小さく笑う。
シスターマーガレットが持って来てくれた水を、二人ですごい勢いで飲み干した。
水色の髪の医者と目が合う。
「お久しぶりです、先生。その節はお世話になりました。今回もよろしくお願いします。マインラート先生」
さっきレオナルドはマインラート先生と呼んでいた。
源泉噴き出し事件の時にさんざんお世話になった先生だけど、実は今、名前を知ったよ。ずっと先生って呼んでたからね。そもそも自己紹介されたっけ? それすら覚えてない。
屋敷のみんなも先生呼びだったから仕方ない……よね。
「お久しぶりですね、マイカさん。顔色も良好で、お元気そうです」
「はい、おかげ様で。もう少ししたら神父様が出て来ると思うので、子供二人の診察をお願いします」
マインラート先生は柔和な笑顔で頷く。
私はまだ開かない扉を眺めながら、ため息をついた。待っていると、いろいろ考えちゃってダメだ。
あれ? 私、何を手に持ってる?
手に書類を握りしめていた事に今、気がついた。役所を出るときに書類を掴んで、ずっとそのままだった。
書かれているのは、あの二人の情報だ。
・クルト 15歳 男 孤児 経歴不明。
・ペトロネラ 15歳 女 孤児 経歴不明。
二人は双子だった。
15歳のわりに身体が小さく、リリアと変わらないくらいの身長しかない。呪いの影響で成長に害があったのかもしれない。
経歴不明について役所のクライブさんが簡単に説明してくれた。私が早く早くと急かすから、簡潔に。
孤児で身元が分からない場合に使われるらしい。
そして、身元が分からないと言うことの危うさも教えてくれた。何か事件に絡んでいることもあるらしい。
クルトとペトロネラは更に呪いを受けている。
クライブさんが言うには、とても危うい奴隷らしい。
例えば、背後に悪の組織がいる場合。
暗殺者として育った孤児が組織を抜けようとして捕まり、見せしめとして呪いを受ける……とかね。
似たような映画もあったな。物語にあるくらいだから、現実にはおこらないよね。たとえ異世界でも。
極端に言えば、そういうこともあり得るから、経歴不明の奴隷はリスクが高いんだって。
でも、買った以上は何だっていいんだ。私を裏切らなければ。
キィ。
軋む音がして、扉が開いた。
「お待たせしました」
神父様が出て来る。
「解呪が終わりました」
「どうですか?」
解呪前に神父様が話したことを含めて、二人の状態を聞いた。
ヴィム達の時は、殴るは蹴るわ投げるはの大騒ぎだったのに、あまりに静か過ぎる。
神父様は力なく首を横に振った。
「意識を失っている状態なので、分かりません」
「そうですか……ありがとうございます。
マインラート先生、診察をお願いします」
「はい」
先生を先頭にみんなぞろぞろ部屋に入ると、うつ伏せに寝かせたクルトとペトロネラに付き添って側にいたシスターローゼリアが、静かにお辞儀をする。
二人は最初に寝かせた状態のまま、ピクリとも動かない。思わず息をしているか疑ってしまった。
「それでは拝見します」
二人を仰向けに寝かせなおしてから、診察が始まった。
脈を測ったり、聴診器を当てたり、見知らぬ器具を使ったり、一通り確認していく様子をずっと見ていたけど、二人は全く動かない。
やがて先生が私を見る。
「終わりました。
呪いと極度の栄養失調で衰弱が激しいです。身体中に古い傷痕がありますが、治療が必要な新しい物は擦り傷くらいです。打撲もありますが、臓器や骨に損傷はないようですね。取り敢えず栄養剤を注射しました。目が覚めたら、自力で食事が出来るか様子を見ましょう」
身体中に古い傷痕……。やっぱり、相当ツラい目にあってきたんだろうな。
打撲も腹立たしいけど、ひとまず一番の問題は栄養失調か。それなら根気強く身体に栄養をおくるしかない。
「精神面については、目を覚まさなければ分かりません。身体の様子を見ると……厳しいかもしれません」
「…………ありがとうございます」
医者の目から見ても厳しいんだね。
しばらくはマインラート先生に往診をお願いして、すべては二人が必要が目を覚ましてからだ。
「じゃあ帰ろうか」
エドガーとマインラート先生にクルトとペトロネラを抱いて貰って、乗り合い馬車に向かった。
今夜はマインラート先生を夕食に招待した。
早くクルトとペトロネラも目を覚ますといいな。
明日は改めて奴隷商館に行って、人員追加しなくちゃ。




