病み上がりの食欲
うっすら目を開ける。まだほんの薄目程度だったのに。
すぐ目に入ったのは、ルーナのドアップ。
ルーナの目から瞬時に涙が滝のように噴き出す。
涙を拭きもせずに、すぐに部屋の入り口に走って行った。
「お嬢様が目を覚ましましたぁ!!」
ルーナが屋敷中に響き渡る声で叫んだ。
ルーナの声に屋敷中からバタバタと足音が聞こえて来る。
「お嬢様!」
「お嬢様が目を覚ましただって!?」
みんなの気持ちは分かるし嬉しいけど、ちょっと集まりすぎだから。
全員が私の部屋に押し掛けられてもねぇ。
無理もないか。主人である私が死んだら、みんなは奴隷商館に逆戻りだし。そう考えると、私は責任重大だ。迂闊に死ねない。
パンパンと手を叩いたアルバンが、集まったみんなを持ち場に戻してくれたおかげで、私の部屋にはアルバンとベルタしかいない。
ちょっと騒々しかったからありがたい。
「お加減はいかがですか」
「うん。平気だよ。頭もすっきりしてる」
喉がカラカラで、ベルタについでもらった水を一気に飲み干した。
喉に爽やかな風味とわずかな甘味が広がる。
(あ、これレモン水だ)
美味しくてついおかわりを要求した。
最近、料理やお菓子にレモンを使うことが増えた。
私はレモン好きだから嬉しい。
肉にも魚にもレモンはさっぱりしてよく合うし、揚げ物はもちろんレモンをたっぷりかけたい派。
生ハムとルッコラのレモンパスタはシンプルなのに絶品で、何度か昼食にリクエストしたこともある。
こんなにレモンをよく料理に使うようになったのは、レモンが手に入りやすいからだ。
何でも、パウルが裏庭の悪魔の蔓を毎日マメに刈り取っていたら、裏庭の木にレモンがなるようになったとか。収穫済みのところしか私は見ていないけど、一度見てみたい。
「私、どれくらい寝てた?」
「あれから二日たちました」
ケーキとお茶の時間で二日か。
私が意識を失ってから、この屋敷では何があったんだろう。自由に使えるお金はアルバンに渡してあるから、医者でも呼んでくれたのだろうか。
「医者を呼びましたので、しばらくお休みください」
二日も寝て、もう眠れないと思ったのに、いつの間にか眠ってしまった。
次に目が覚めた時、首を知らない男に触られていた。
事前に医者を呼ぶと聞いていたから、この人が医者なんだろう。柔和な顔立ちで、若いのかそこそこの年齢なのか、よく分からない。
ただ、髪がとても印象的だった。
(み、水色だ……)
今までも緑系、紫系、赤系……いろいろな髪色を見て来たけど、みんなダークカラーで地球出身の私でも、さほど目に困らない色ばかりだった。唯一ヴェロニカは鮮やかだけど、赤というよりは赤みの強い茶色だし。
水色だなんて、目に痛い。ウィッグに見えてしまって、頭が浮いているみたいに見えてしまう。
ほとんどの人が茶系だから目立つんだろうな。
家の使用人でもヴィムが紺、リリアとレオナルドが銀、ヴェロニカが赤茶、くらいて、後はみんな茶色だし。
「水色の髪って初めて見ました」
初対面にも関わらず、つい髪色を弄ってしまった。
医者は少し目を見開いて、再び柔和な笑顔を浮かべる。
「マルファンではあまり見かけませんが、王都辺りに行くと珍しくもないですよ。王都は様々な場所から人が集まるので、髪色も肌の色も賑やかですよ」
「他にどんな髪色があるんですか?」
「マルファンで珍しいのは……金、銀、橙、桃……という感じでしょうか。この家で紺色の髪の方がいましたが、かなり珍しいかと思います」
おお……ヴィムの髪ってレア色なのか。パッと見は黒っぽいから、私的には茶色の次に違和感がなかったんだけど。
「どこか痛むところや、具合が悪いなどの症状はありませんか」
「全くどこも異変ないです。お腹が減ったくらいでしょうか」
「今食べたい物は?」
「酸味の効いたスープですね。ハーブ香る極太のソーセージが入ってたら最高です。噛んだ時のブリンとした食感が恋しい……」
思い浮かべたらヨダレが出てきた。お腹も鳴りそうだけど、女子としては何とか抑え込みたい。
いつの間にか腕からも脈をはかられ、口を開けて喉の奥を見て、下目蓋をベロンと下げられ、柔和な笑顔で頷いた。
「脈もしっかりしていますし、受け答えもしっかりしていますから問題ないでしょう」
アルバンとベルタが医者にお礼を言っている。
私もお礼を言ったけど、料金はアルバンが支払ったのかな。後でアルバンに聞いて見よう。
アルバンが医者を見送りに部屋を出た。
私がオペラを食べていた時の事をベルタに聞いた。
「噴き出したお湯の勢いが激しくて、なかなかお嬢様を救出することが出来ませんでした……。何とかお嬢様を救出出来た時にはお嬢様の息が……」
ベルタの目に涙が浮かぶ。
心配させちゃったな。
「慌てて医者を呼びにエドガーに走ってもらいました。そのあいだヴィムが……その……お嬢様の呼吸を取り戻す為の人工呼吸を……」
ベルタが言いにくそうに言う。
まぁ、箱入り娘なら人工呼吸とはいえ、男性にマウス トゥ マウスは刺激が強いでしょうから。私は大人だし、地球でもごく普通に男性とお付き合いしたこともあるから大丈夫だけど。
ちなみにファーストキスは高校一年の夏、先輩と……。てへ。
「ヴィムは海辺で育ったそうで、溺れた人の対処を知っていたんです。
人工呼吸のおかげでお嬢様の呼吸は戻りましたし、医者も適切な処置だったと言っていました。ですから、ヴィムを罰するのは……」
「ち、ちょっと待って! なんで命の恩人を罰する必要があるの?」
「人工呼吸が初めての口付けなら、ショックも大きいかと……」
ベルタには私がそれほど初心に見えていたのか。
もしかしてこの世界は結婚するまでキスもしませんっていう風習でもあるのかな。もしそうなら、ヴィムこそ気にして落ち込んでるんじゃないかな。
「ベルタ。私は22才です。
私の出身国は、それほど性に厳粛ではなかったから、私も男性と大人のお付き合いをしたこともあるよ。人工呼吸くらいで騒ぐようなことはしないから、大丈夫。
ヴィムにもお礼を言いたいから、後で連れて来て」
「はい」
ヴィムに罰はないと知って、ベルタは明らかにホッとしている。人助けをして罰があるなんて、この世界では普通なのかな。
コンコンと扉をノックする音がした。ベルタが確認に行く。
「お嬢様、お食事をお持ちしましたが、お召し上がりになりますか?」
「食べます!」
さっきからお腹が鳴りそうで困ってたんだ。
ベルタはニッコリ笑って食事を持って来てくれた。
「あ、ソーセージのスープ!」
さっき医者に話した通りのスープが出てきた。いつの間にか厨房に伝えられていたらしい。出来る使用人達だな。
トマトとレモンの酸味が爽やかで、ソーセージはリクエスト通り極太。
私、二日も意識がなかったのに、目覚めたとたんにこの食欲って……。
病み上がりには厳しそうなスープを本当にガツガツ食べるとは思っていなかったようで、ベルタは驚いた顔をしている。
パン粥を隣に置いたのを見ると、私がリクエストしたスープを食べられなかったとき用に用意してくれたようだ。
全部美味しくいただきます。




