異端者・斎藤京介とこっくりさん⑦
ちっ、ちっ、ちっ…………
どれくらい、時間が経ったんだろう。
ちっ、ちっ、ちっ…………
時計の秒針の音が小さく弾けている。
ちっ、ちっ、ちっ…………
ゆっくりと、目を開けた。
(閻^ω^)
「…………は?」
目の前には、真っ黒なゴムボール。それだけならいい。まだそれだけならいい。しかしそのゴムボールには、「 (閻^ω^) 」という変な顔文字がプリントされていた。しかも、どぎつい蛍光ピンクで。
……なんとなく、うざい。
そう思った時。
(゜Д゜閻)「あ、今キミ、うざいって思ったでしょ! ボクのことうざいって思ったでしょ!」
ゴムボールが、喋った。
ニュースでよく見る目に黒いモザイクをかけられた人のような、ボイスチェンジャーを使った様な声。しかも表示されている顔文字まで変わっている。
(^ω^閻三閻^ω^)「ねぇねぇねぇねぇそうでしょ! も〜こういう初対面の人に思われるなんてまったくどないしまアイタッ!?」
「閻魔、うざい」
呆れ返ったような声と共にゴムボールがぽよんと弾む。ようやく視界が開けた。
僕は深みのある赤いソファの上で寝ていた。さらさらの手触りが心地いい。きっと高価なシロモノだろう。しかし僕の胸の上であのうざったらしいゴムボールが喋っていたと思うと…………いや、もう考えるのはやめておこう。
ソファの前には木目のテレビ台に置かれた大きめの液晶テレビがあり、ここが学校ではないことは確かだろう。
窓は無いが照明は温かみのある色で、安心感を醸し出していた。
「頭は痛くない?」
呆れた声の持ち主は司書の小坂さんだった。今は目を細めてじっと僕を見ている。……心配、しているのだろうか。
「ええ、大丈夫です。ところでここは……?」
「斉藤君大丈夫?」
もう一つの部屋の中から出て来たのは箱山さんだった。真っ青な顔をしてこちらに駆け寄ってくる。
「箱山さん! どうしてここに?」
「やっぱり胸騒ぎがして稲荷さんに知らせに来たの。ああ、本当にごめんなさい……私がもっと強く止めていれば……」
「箱山さんのせいじゃないよ。それにほら、僕無事だったんだから……あっ」
すっかり頭の中から飛んでいた。僕を助けてくれたあの少年こそ無事なのかどうか。
「さいとーくん起きたって!?」
噂をすればなんとやら、だろうか。どたばたと階段を駆け下りる音がして、転がるように黒髪の少年が姿を現した。……なるほど、窓が無いのは地下だかららしい。
「おおお良かった! どっかのアホ狐のせいで死なせるとこだったぜ、マジで」
「君一人で充分だと思って……。でも迂闊だったね。まさかワタシが支給した御札全部使い切るとは思わなくて」
「うっ」
「それにいきなり神降でワタシを呼び出すなんて。引きずられた摩擦で発火するかと思ったよ」
「俺だって神降があんな強力磁石みたいな方法だとは思わんかったもん!」
「ちょっと、お二人とも落ち着いて!」
「……やっぱり、あなただったんですね。あの時呼び出されたのは」
小坂さんの瞳の色は相変わらず薄茶色。だが……やはりあの橙色の瞳の持ち主は、小坂さんだったんだ。
そして恐らく、彼女は人じゃない。
「あなたは、いったい何者なんです?」
「それよりも先に、君には話しておかなければならない事がある」
するりと話を逸らされた。大人はずるい。
取り敢えず座ろうぜ、と黒髪の少年がもう一つの部屋のイスへ僕らを座らせた。
この場所は二つの部屋が扉の無い状態で繋がっていた。移った方の部屋にはテーブルやイス、また校長室にあるような机や書類の入った棚が四つ鎮座している。シンプルだが、どれも安っぽいものでなく木目だったり落ち着いた色の布が掛けられている。おそらく箱山さんはここにあるイスに座っていたんだろう。
テーブルを囲むような形で座ると、どこからかふよふよとパステルカラーの光った火のようなモノが飛んできた。思わず「えっ」と声を出す。箱山さんも顔を引きつらせている。
「安心しろよ。こいつらはアンタらに危害は加えねぇから」
「あっちのゴムボールとは違って、ね。」
(閻^ω^)「なぁに言ってんのさ糸くんも稲荷も!ボクはだぁれにも危害を加えたことは無いよーん」
ウソつけ、と糸と呼ばれた黒髪の少年はいつの間にか復活していたひとりでに弾むゴムボールに舌を出す。
「あ、そういえば名前を言い忘れてたな。」
そう言って彼はにや、と僕に笑いかけた。怪しい黒で潰された瞳は瞳孔すら見えない。だが、助けられたからだろうか。不思議と恐ろしさは消えていた。
「俺は宮澤糸。紅玉第一高校二年生であり、この“あかだま相談所“の敏腕バイトだ!」
ドヤ顔をする少年、もとい糸先輩。
「先輩だったんですか」
「うん? 誰がチビだって??」
「言ってないです。というか被害妄想です」
思ったんだろと言わんばかりの拗ねた顔の糸先輩をよそに、ふよふよとした人魂? は僕らにお茶を注いでくれた。ありがとう、と箱山さんが恐る恐る声をかけると嬉しそうにくるくると回る。思いの外可愛らしい反応に箱山さんの緊張が少し解けたようだ。
「さて、斎藤君。まず、君には話さなければいけない事があると言ったね」
「ええ。……あなたの正体とか、この場所、“あかだま相談所“? とか。色々気になることはありますけど、あなたは命の恩人ですもんね。先にお話を伺いますよ。いったいなんです?」
僕を冷静な眼差しで見つめた小坂さんは、僕を動揺させないためか落ち着いた声で、動揺せざるを得ない言葉を続けた。
――――――君は、幽霊に取り憑いてかれている。強い恨みをもたれているよ、と。
ここで全部を書くにはキリが悪いので、もう少しだけ一章続けます! どうかお付き合い下さい。
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ついったは@akadama_kogyokuであります!(露骨なマーケティング)