異端者・斎藤京介とこっくりさん③
からからから、と扉を開けて背の高い影を見つけ迷わず声をかけた。
「こんにちは!」
「……こんにちは」
この学校は本好きが多いらしい。賑わう図書室の机を避け、本棚の整理をしていたその人に近づきながら訝しげな表情に笑顔を返す。
「司書の小坂稲荷さんですよね?」
「ええ」
いっそ蔑まされているのではないか、と思うほど鋭い目付きだ。僕はめげずに話を続ける。
「昨日、紅玉商店街のコンビニにいらっしゃいましたよね?」
そう、僕が見かけたあのぞくぞくするような夕日色の瞳の持ち主の女性。暗い中では気づかなかったが、今見るとかなりの美人だ。
ゆるめのロングTシャツとスキニーパンツはスレンダーな体型によく似合っている。カチューシャのように黒いリボンを巻かれた、ミルクティのような明るめの色の髪はボブカット。先の方がぴょんと癖づいているのがちょっと可愛らしい。
健康的な黒過ぎず白過ぎない肌に自然な桃色をした唇。
そしてつり目がちなひと、み…………?
「んんんんんんんん?????」
「そうだけど……って何? 痛い。」
がっちり肩を掴んでやや斜め上の不服そうな瞳を見つめる。
………………薄茶色。
あの妖しげに光るオレンジの影はどこにもない、薄茶色。どういうことだろう、やっぱり僕は酔っていたのか、空気に? と首を傾げている間にぺいっと手を剥がされる。
「いきなり人の名前聞いたと思ったらボディタッチしてくるなんて……ワタシも舐められてるね」
「いやっ違います!」
僕だって普段はこんな奇行に走る不思議ちゃんタイプではない。ただどうしても小坂さんの目の色が気になったのだ。日本人離れした自分の容姿とシンパシーを感じたのかもしれない。
白けた目でじとっと見られている。きっと僕の好感度は最悪なんだろう。
どうも最近人に嫌われるらしい。入学初日も自己紹介した時に一人の女子生徒が今にも倒れそうになりそうなくらい血の気の引いた顔でこっちを見ていた。以来、話しかけようとしても逃げられている。
あの後何度考えても何をやらかしたのか分からない。他のクラスメイトは普通に笑顔だったし、1週間たった今も上手くやれている。少し変わっている子なんだろうか。
「失礼ですが、目の色がちょっと変わってるとか言われたりしませんか? オレンジ色とか。」
「……そりゃあ、人よりはちょっと薄いけど。自分の目の心配したら?節穴なんじゃない?」
「ふっ……!? 両目ともAです!」
「それは結構。自慢しに来たなら忙しいから後にしてくれる?」
それ以上声をかける暇もなく彼女はすたすた図書室を出ていってしまった。司書が図書室に居なくてもいいのか? と思ったが、図書委員が居ればここは成り立つらしい。
「……せっかく会えたんだから、もう一回見たかったんだけどな」
うつくしいだけじゃなくて。ぞくりと肌の産毛がたつようなあの恐ろしい瞳を。
そんなことを思っていた時、さっくりと誰かの視線が背中に突き刺さっているのを感じた。隠す気も無いような、臆することない真っ直ぐな気配。
ゆっくり振り返ると、机の一つに座っている男子生徒と目が合った。
あ、デジャヴだ。
蛍光灯の光を反射して輝くさらさらの黒髪。顔は少し幼げで、派手では無いが整っている方だと言っていいだろう。白い包帯が首筋に巻かれているが、怪我をしているのだろうか、それとも厨二病か。座っているので分かりにくいけど、多分かなり僕より背は小さい。
その目は、簡潔に言って、死んでいた。
元々大きめの黒目なのだろうが、これまで見たどんな闇よりも暗い。
どんな絶望を映したらそうなるのか。かなしみを焼き焦がしたらきっとこんな色になるのだろう、と思えるほど真っ黒に塗り潰された瞳……。
人の目を見て惹き付けられるような恐怖を覚えるのは、二度目だった。しかし、小坂さんとは違う恐怖だ。僕は凍りついたように動けなかった。
と、そんな僕を見て彼は楽しそうににやにやと笑いかけた。大人しそうな見かけと真っ黒な瞳に似合わない、いたずらっ子じみた軽い笑み。そのギャップが酷く恐ろしげに感じて、僕はそのまま逃げる様に目を逸らして図書室から出た。
「なーなー! あいつやべえよ!」
『うるさい。耳元で騒がないで。』
「あぁごめんごめん! でもさあ、あの年齢であーーんなにくっ憑けてるやつ初めてみたかもしんねえや。俺の一個下だろ?」
『……そんなに居たの? あの少年のそばに』
「おう! でもま、本当にそのさいとうくん? を恨んでるやつは少ないと思うぞ。よっぽどつよーい恨みを持ってる奴がひとりいるんだろな。そいつが元凶だ。」
『ふーん…』
「でもでも、やっぱりあんたに近づいたら何人か浄化してた! やっぱすげえなぁ稲荷は」
『年上にはさん付けしなさい。…でも、そうね……今日はなんだか、嫌な予感がする。この前の依頼は後回しにするよ。糸、今日の放課後残りなさい。』
「稲荷サマのおーせのとーりにいたしまする」
『仕事中はふざけないでよ、バイトくん』
死んだような瞳の少年は通話の切れたスマホの電源を消し、ウーンと伸びをした。「よっし!」と気合を入れる様に白い頬を叩く。
「バイトなんかじゃなくて敏腕助手だってことを見せたる!」
図書室前の静まりかえった廊下にエコーのかかった楽しそうな声が響いた。
1回どのくらいの文字数で投稿すればいいのかまだよく分かっていまへん。
かるーく登場人物まとめ
斎藤京介
高一。パツキン青目。いろいろ憑いてる零感。チャラくないパリピ。
箱山双葉
高一。見える子。京介にビビっている。大人しい女子グループにいる。
小坂稲荷
司書。クールビューティ。
???
死んだ目の少年。性格は明るい。