異端者・斎藤京介とこっくりさん②
本当に亀更新で申し訳ない……リアルも忙しかったもので……
五十、五十一、五十二……
窓の外に見える桜の花びらが小さな蝶のように舞っている。少しでも吐き気を抑えたくて、その枚数を数え始めて早三十分。
「……ということで、我が校は様々な紆余曲折を経て建てられた訳ですが……」
くどい。校長の話というのは何故くどくて長いのか。私は青い顔を歪めてため息をついた。それを聞いて慌てたように見えない手が私の背中をさする。ぞわぞわと冷気を感じて
「寒いから撫でなくて大丈夫だよ、お兄ちゃん」
と囁くと手はちょっと残念そうに離れていった。
紅玉第一高校。私が今日から通う地元の高校だ。もともと第二高校もあったけど、何年か前に少子化の影響で併合されたらしい。でもそんなことをわざわざ気にする新一年生はほとんどいない。周りを見渡せば欠伸をしたり目をしょぼつかせたりしている生徒ばかり目に付く。
私もさっきまでその内の一人だった。今はそれどころではない。あまりにも校長の話がつまらなすぎたのか、体が拒否反応を起こして吐き気が治まらないのだ。
「…では、我が校の先生方を紹介します。一年A組担当…………」
やっと話が終わったらしい。ここまでくれば式の終わりはすぐだろう。早く終わってほしい……
「えー、それでは職員方の紹介です。図書室司書の小坂稲荷さん…」
ふと聞き覚えのある名前にのろのろと顔を上げるとちょうど紹介されていた綺麗な女の人、稲荷さんと目が合う。後ろで「あ」と言う声が聞こえた気がしたけど、知り合いだろうか。
実は稲荷さんには入学前の説明会の時にお世話になっている。思わず頬を緩ませた私の表情が見えたのか、つり目がちの瞳がほんの少し細められた。気持ち悪さが薄まった気がする。美人効果スゴい。
なんて思っている内に案外式はあっさりと終わった。長いのは校長の話だけだったみたいだ。
椅子から立ち上がり、人混みの流れに逆らわずにクラスへと向かう。早く新鮮な空気が吸いたいとうんざり思った。
『……一年B組斎藤京介君、至急一階の第一会議室まで来てください。繰り返します……』
知らない名前だ。珍しい。この学校の新入生は私が通っていた地元の中学の同級生がほとんどだ。あまり新しい出会いは望めない。というかあまり望んでいなかった。もうこの学校にいる濃いキャラの二人でお腹いっぱいだからだ。説明会のときに会った二人。一人は司書の稲荷さん、そしてもう一人は―――――
「双葉! 顔色すごい悪いけど大丈夫…?」
ふっと思考が浮上する。いつの間にか一年B組と書かれた木札の下にいた事に気づいた。私の新しいクラスだ。
声を掛けてくれたのは中学の時のクラスメイトだった。
「大丈夫だよサヤ、校長の話が長すぎてちょっと気持ち悪くなっちゃっただけだし、もう落ち着いたから」
「そう? それならよか…」
「ねーねーハコッチ!テンコーセイの話聞いた!? 聞いたよねハコッチなら!!!」
突如話に割り込んできたのはミス・スクールカーストトップと言っても過言ではないほど有名な女の子。名前は申し訳ないが忘れてしまった。あまり好きなタイプではなかったんだけど、同じクラスだったようだ。
「いや、聞いてないけど。それってさっき呼ばれてた『斎藤京介君』のこと? というかはこっちって…?」
「箱山双葉だからハコッチ!そんなことはどーでもいいんだけど、その「サイトー君」すんっっっっごいイケメンなの! しかもハーフ! 純和風の名前なのに!」
私は彼女のふわんと揺れたくるりとカールされた薄い色の茶髪をぼんやり見つめて、スクールカーストトップ、では長いのでトップちゃんと呼ぼう。なんてくだらないことを考えた。
「真っ白な肌に、深い青い目! きらっきらの金髪が透き通るみたいで綺麗なのお!」
髪透き通ったら禿げるんじゃないのか。ともかく、トップちゃん(仮)は彼にお熱のようだ。
絡まれて困っている私を尻目にいつの間にかクラスメイトはいなくなっていた。そこは助けてよ!
ぶー、ぶー、ぶー…………
「! あ、トッ………じゃなかった。ごめんね、電話かかってきちゃった」
「うー、ハコッチがサイトー君の情報独り占めしてる!」
顔も知らない人の情報なんて分かるわけないでしょうが!
スマートフォンの液晶画面に表示されていたのは「兄」だった。
「もしもし」
向こうから返事は来ない。当たり前だ。彼は私と話すことができないのだから。きっとすぐ近くにいて、私がトップちゃんに絡まれているのを見て助けてくれたんだろう。
しばらく会話をするフリをしてから電話を切ると、メッセージアプリの通知でスマートフォンが震えた。
『すまない、仕事が入って離れなきゃならん』
『なんだか嫌な予感がする、気をつけろ』
兄は、良くも悪くも心配症だ。心配してくれるのは嬉しいけど思春期にはちょっと恥ずかしい。
『分かった、気をつけるね』
『ありがとう』
そう返信すると、ふっと背後の寒気が消えた。仕事に行ったんだろう。と、タイミング良く新しい担任の先生がドアに滑り込んだ。
「はーいみんな席について〜HRはじめま〜す」
「センセー! まだサイトー君が来てませんよ!」
「相変わらず手が早いな高海」
「うるさいチャラ男!」
ドっと湧く教室。せっせと先生に話しかけていたのはトップちゃんだ。高海という名前だったらしい。
やはり、大体全員の名前は分かる。数人わからない人はいるが、それでも顔見知りだ。
「斉藤君は引越しの手続きなどで忙しく、説明会に参加出来なかったので少し遅れます。一足先に出席取るね〜、磯谷サキさん…」
……なんだか、吐き気がする。
(いよいよクラスか。……上手く馴染めますように)
体感したことのある感覚だ。
(ちょっとネクタイが曲がっている気がする。窓ガラスは…天気が良すぎて鏡の代わりに出来ないかな)
ついさっき校長の長話を聞いていた時と同じ、嫌な気分。
(ただでさえ引越しがギリギリで変に目立ってるんだよね……頑張らなきゃ)
違う、これは、まさか、
がらがらっ!
「遅れてすみません!」
ああ、いや、ちかづかないで
「最近こっちに引っ越してきたばかりで。書類とか手続きとか終わってなくて……呼び出されちゃいました」
こわい、こわいよおねがいたすけておにいちゃん
「……あ、自己紹介? 忘れてた!」
柔らかく流れる涼しげな色素の薄い金髪に、今日の空のような明るいロイヤルブルーの瞳。しっかりしているがスラリとしたスタイル。イケメン、美青年と言ってもいい容姿。優しげな笑顔。そう他のクラスメイトの目には映ったのだろう。
でも、私の目には「それ」が見えていた。
「はじめまして! 斉藤京介です。」
細身の体の後ろにいる、黒く塗り潰された人影。
「母がイギリスの人で、まあこんな見かけだけど日本育ちだから国語の方が得意だよ」
影のどす黒い喉の辺りから音もなく流れ出る赤黒い液体。
きらめく金髪を見つめる、ぽっかりとあいた空虚な二つの穴。
「辛い物とか好きだから、そういうお店知ってる人いたら教えてほしいな」
それも、ひとりじゃない。膝くらいの背丈から見上げているもの、じろりと見下ろしているもの……
「これからよろしく!」
『クライ』『コワイ』『タスケテ』『イヤダ』『ドウシテ』『カナシイ』『クルシイ』『ウランデヤル』
『ウランデヤルウランデヤルウランデヤル……』
「っひ………」
こんなに、霊魂をはべらせて。普通に笑えている。
何者なんだ、こいつ。
それが私、箱山双葉と、齋藤京介の出会いだった。
ちゃんと続きも考えていますが、マイペースにやっていきますので不定期更新です……
やっと女の子キャラ出せた。嬉しい。