異端者・斎藤くんとこっくりさん①
都会過ぎず、田舎過ぎないところであること。
美味しい食べ物食べられるところであること。
そして、色々な性格の人と出会えるところであること。
それがわたしの望む新しい町なのよ、と母さんは言っていた。
僕はねっとりと湿っていた唇を舐めた。ぴりっと小さな唐辛子の辛さが伝わり、少し粘り気のある塩気と甘さがそれに続く。さっきまで食べていた焼き鳥のタレの味だ。うん、やっぱり美味しい。
僕は濃い味付けの食べ物が好きだ。母さんも同じで、遺伝だとしたらそこからだろう。彼女の望む町の条件の二つ目はどうやら果たされたようだ。
「おーーーい京介ぇ、なあにぼーっとしてんだこっち来いよぉ」
ぼんやりとしていた思考が現実に戻ってきた。ちなみにこの酔っ払いが僕、斎藤京介の父である。
「父さん酔っ払ってるね? もう……引越しでテンション上がりすぎ! 僕明日から学校始まるんだよ!」
現在、午後9時半。ここから新居が近いとはいえ、入学式から眠そうな顔を晒すのは気に食わない。
「くくっ、えーっとキョウスケ君? つったっけ。まあいいじゃねえか。よおし、門出のお祝いにおっちゃんがとっておきの花をあげよう! こう見てもこの商店街ご贔屓の花屋の店長なんだぜ!」
「えっ! 花屋さんだったんですか!? てっきり……」
ヤの付く人かと、と言いかけて言葉を飲み込む。この厳つい顔の人は、僕らが夕飯を済ませた焼き鳥屋で酔った父さんに絡んできた知らないおっさんである。花屋であることが判明した。
僕らがぶらぶら歩いているのは××県紅玉町のありふれた商店街。シャッター街という訳でもないが観光客の集まるような場所でもない。田舎と都会の狭間の、下町じみたところだ。僕ら斎藤家はこの春、ここに引っ越してきた。僕は斎藤家の一人っ子で、明日からこの町の学校に通う新高校一年生。ちょうど荷解きを済ませたから夕飯を食べに来たのだけれど、母さんは「部屋のアレンジが終わっていない! 」という理由で夕飯には来ていない。3食より新居の美を追い求める女心は僕にはよく分からない。
そんな調子でふらふらと歩いていると、ちょうど前からやってきた少し目付きの悪い青年が「あれっ」と声をあげた。
「店長! ……酒くさっ!」
「モトキィ? 世話になってる店長に『くさい』とは何事だ!」
「わぁっごめんなさいちょ、やめ、ふぎゃあああああ!!!!」
「店長」と呼ばれた花屋のおっさんは青年のけして低くない位置にある頭を犬にやるようにわしわしと乱暴にかき混ぜた。どうやら彼は花屋の店員らしい。店長と店員というよりは親子のようだ。
「しかし随分酔ってますね店長。シジミの味噌汁飲まないと二日酔いしますよ?」
「お前は若いくせにオカンみたいなこというなぁ……お、そうだ。モトキ、こちらは斎藤さんとその息子さんだ。この町に最近越してきたそうだ」
へえ、とモトキと呼ばれた青年は目を輝かせた。彼の目つきが悪いように見えたのは三白眼のせいのようだ。
「初めまして。フラワーショップ天野でバイトしているモトキです。大体この商店街にいるから、なにか困ったことがあったらいつでも言ってね」
「おうよろしくなあんちゃん! こっちは息子の京介だ!」
「初めまして。」
うんうんと相槌を打っていたモトキさんが突然「あ!」と声を上げて持っていたカバンをあさりはじめた。あさられたカバンからイヤホンや参考書や筆箱がちらりちらりと見える。どうやらモトキさんは大学生らしい。やがてお目当てのものが見つかったのか、嬉しそうに何かを取り出した。
「はい、お近づきの印に。ちょっと季節外れだけど…」
手渡されたのは押し花で作られた1枚の大きめな栞だった。上品な深いワイン色をした赤い花弁は葉っぱのようで、血管のように葉脈のようなものが浮き上がっている。確かこれは……
「ポインセチアだよ。クリスマスでよく見るヤツ。クリスマスキャンペーンで作っていたんだけど少し余ってたのを思い出したんだ。」
酔い潰れたのかいびきをたて始めた店長をあわわ、と慌てて支えつつモトキさんはニコニコ笑った。
「花言葉は、『幸運を祈る』、だよ。早くここに馴染めるといいね」
「あ、ありがとうございます!」
「それじゃあおれは店長送っていくから。じゃあね!」
モトキさんは随分なお人好しだったらしく、自らも危なっかしげにフラフラしながらも当たり前のように店長に肩を貸している。
「いい人に会えてよかったなぁ京介!」
「ああ、そうだね……」
もう二人も知り合いが出来てしまった。どうやらこの町の近所付き合いは親密なのが普通らしい。この町でも上手く馴染んでいけそうだ。安心しつつ、二人になった帰路を歩く。
と、その時。
右手にあったコンビニからふらりとスレンダーな女性が出てきた。彼女の目を見て、僕はおもわずひゅっと息をのんだ。
釣り目がちなその目は、普通人が持たないようなぞくっとするほどうつくしいオレンジ色だったのだ。
夕日のようなその色は、何故だか憂いがかっていて逢魔が時を彷彿とさせる。
何もかも見透かされているのではないかと思う程になぜだか恐ろしく、獰猛で、うつくしい瞳……。
「あ……」
女性は僕の掠れ声に反応したのか一瞬だけ僕を見て、でもそのままスルーしてコンビニの角を右に曲がっていってしまった。
彼女が曲がった角が近かったこともあり、好奇心に負けて僕は彼女を追いかけた。しかし、角を曲がっても女性の姿は見つからない。ただそこには、季節外れの椿の木がさわさわと風に揺れているだけだった。
「……僕、一口も呑んで無いんだけどな……?」
「きょうすけぇ?」
父さんが不思議そうに追いかけてきた。慌てて笑顔を向ける。
「なんでもないよ、…ただ、」
ふと頭に浮かんだ言葉が思いがけず今の状況にしっくりきて、僕は冗談ぽく笑みを浮かべてその言葉を口にした。
「狐に化かされたのかも、ね」
後々僕は、この言葉が本当の意味で事実だったことを知ることになる。
長くなってしまった_(:3」∠)_本編開始です!
のんびり付き合っていただけると嬉しいです。焼き鳥食べたい。