【三十六話】 現在地
薄暗い洞窟の中、ドラグたちはそのずっと奥へとつながっている一本道を、ただ歩いていた。
洞窟の中は、歩く地面は思ったほどあれてなく、多少の凸凹はあるものの、比較的に歩きやすかった。また、日の光がないのにもかかわらず、洞窟内はほんの少しだけ明るかった。どうやらこの洞窟は特殊な岩で構成されているようだ。
『魔素岩』というものが存在する。それは濃密な魔素にさらされることによって魔素が岩に浸透し、微弱に発光し始めたもの。魔素岩は通常の岩の何倍もの高度を持ち、上位の貴族たちの城の建築に使われることがある。
ただ、その魔素岩のかすかな光では頼りないため、ヨルトに照明魔法を使って道を照らしてもらいながら、ドラグたちは足を進めていた。ヨルトの照明魔法は、光球を作り出し、周りを照らす光球式照明魔法。見たいところに随時その光球を移動させられるため、杖を光らせる旧照明魔法よりも使い勝手がいいのだ。
大体高さ5メドルの洞窟をただ歩いていく。
そんな中ドラグは、目の前を歩くヨルトの姿を眺めながら、のんきなことを考えていた。
(ほんとに綺麗だよな~。エルフ族は基本的に美形だけど、ヨルトはその中でもずば抜けているというか群を抜いているというか・・・こんな人とデートできるなんて、依頼受けてよかった~!)
一切デートなんかではないのだが、ドラグにとってはそこら辺のことはどうでもいいようだ。
確かに、ヨルトはほかのエルフに比べて美しかった。
薄緑色に輝くその御髪は頭の高い位置で一つにまとめられ、肩の下の部分にまで降りていた。その髪をまとめているのは、何やら神々しい雰囲気を放つ装飾品。何かしらの魔具だろう。エルフ独特の真珠のような透き通る白色をした肌。その肌によく映える翡翠色の双眸。美しいのは容姿のみではない。そのスレンダーボディから漂う気品は、どれほど屈強な男でも「お姉さま」と呼びたくなるような感覚に陥らせるだろう。
「ん?どうした、私の顔に何かついているのか?」
ドラグの熱い視線に気づいたヨルトが、振り返り、ドラグにそう問いかける。
「いや、特には?」
「そうか」
ただそれだけ言葉を交わし、再び前を向くヨルト。
その瞬間、
「少し止まって!」
突然一番後ろを歩いていたルディウスが声をあげた。
一体どうしたのかとルディウスに目を向けるドラグとヨルト。
ルディウスは神妙な面持ちで二人を順番に見ながらこういう。
「先ほど偵察に向かわせた私の召喚獣とのリンクが、今切れたんだ。この先、何かいる」
ルディウスは召喚士である。
召喚士は、この世には存在しない『魔界』というところに住む魔獣と血の契約を結び、従わせ、戦ったり、ルディウスのように偵察を行ったりする。
ルディウスが言うには、ドラグたちが進む道の先を召喚した魔獣、召喚獣に偵察させていたのだが、何かしらの外的要因、つまり攻撃を受け、リンクが切れてしまったらしい。
「まぁ確かに、さっきから道の向こうからすごい魔物の気配を感じるよ」
ドラグはそう言う。
何気なくそういったドラグであったが、その言葉になぜか口をあんぐりとさせるルディウスとヨルト。
「魔物の気配を感じ取れるのか?」
「あぁ、なんか、いつの間にかどこに魔物がいるのかとかわかるようになってたんだよね」
「いつの間にか、だと?」
ドラグの返事に口をあんぐりとさせるヨルト。
「まぁいいじゃん、そういうの。何かいるならぶっ倒していこう」
気楽にそういい、ドラグは再び歩き出す。
(ドラグ・・・まさか、あのスキルを持っているのか?)
ドラグの後ろ姿をじろじろと見ながら頭の中である可能性を考えるヨルト。
そうしてしばらく行くと、今度はドラグが歩みを止めた。
「ヨルト、光球、俺の前の方に送ってくれない?」
「・・・ん?あぁ、わかった」
ヨルトが光球をドラグの先へと送る。
徐々にドラグの前に広がる道が明らかに見えてくる。
どうやらドラグの先は、先ほどドラグたちが転移魔法で飛ばされてきたときにいた高さ10メドルほどもある巨大なドーム状の空間と同じ形をしているようだった。
が、問題は、その空間にいる者たちであった。
ヨルトの送った光球が照らし出したのは、黒光りする外皮、強靭そうな顎、ぴくぴくと動く触覚。
「キラーアント!?」
ヨルトはそのモンスターの風貌を確認し、その種名を叫ぶ。
キラーアント
それは殺戮集団とも呼ばれるモンスターであった。
実際は、一個体の力は中位モンスターほどである。
しかし、このキラーアントの脅威は、その個体数の多さであった。
「キラーアントを一匹見たら、近くに百匹いると思え」という教訓まで言い伝えられるほどに数が多い。このキラーアント、例えば20匹ほど集まれば上位モンスターに引けを取らないほど厄介である。
その強靭な顎で冒険者の身を引きちぎり、その固い外皮で攻撃を防ぐ。それらが集団でやってこられてらたまったもんじゃない。
しかし、今回のキラーアントの数は異常だった。
「ギルドで、キラーアント50匹を倒して、すごい!とたたえられていた冒険者がいたな。だが、」
「この数はさすがに・・・驚きを通り越して笑えてくる」
ヨルトがギルドでのことを思い出しながら冷や汗を流し、ルディウスは頬を引きつらせながら笑った。
キラーアントの強さは、その個体の強さではなく、個体数の多さ。
ドラグたちの目の前に現れたのは、ドーム空間の壁という壁を埋め尽くすキラーアントたち。
その数、およそ1万匹。
このキラーアント、体長は人間とほぼ同じの大きさがある。それが1万匹、びっしりといるのだ。その黒い物体がうごめく様子は、はっきり言って気持ち悪いものであった。
そしてドラグがあることに気づく。
「ここ、もしかして、キラーアントの巣じゃね?」
アリは巣を作る。それはキラーアントにおいても同じことであった。
そしてアリは、1つの巣に1匹の女王アリを有し、そして数多くの働きアリがその女王アリに従事する。
その数は、巣1つあたり数百~数百万と言われている。
「なるほど・・・・そう考えると、確かにこの数はうなずけるかもしれない」
ルディウスは、その額に冷や汗を浮かべながら戦闘体勢に入る。
「倒せるかわからないが、やらないことには前に進めない。やるしかないな」
そう言ってヨルトは、腰につけてあるマジックバッグから戦闘用の杖を取り出す。
一万匹のキラーアントを目の前にして心を折られずに戦闘の意思を持ち続けられるものなど数少ないだろう。ギルドの中で最も魔術に長けていると言われているヨルトと、王国の暗部にあたる隊の隊長を務めるルディウスの実力あってこそ、2人はなんとか、戦意喪失せずに立ち向かっていた。
「やはりこれは、何か裏で動いているということでいいのだろう?隊長殿」
「間違いない。わざわざキラーアントの巣に僕たちを転移させ、大量のキラーアントと戦わせるということができるのは、かなりの知性を持っているモンスターが裏でモンスターたちを束ねているとしか考えられない」
「ということはこの危機を乗り越えることができれば」
「うん、その裏で手引きしているモンスターの手がかりがつかめるかもしれない」
「ますますやるしかないな」
杖を強く握りしめるヨルト。そして、
「くらえ!『ドラゴンブレス』!」
ヨルトは高く飛びあがり、目の前にいるキラーアントたちに向けて杖を振る。すると、その振るった杖の先から巨大な炎がキラーアントたちに向けて放たれた。
『ドラゴンブレス』
燃焼系上位魔法。純粋な火属性魔法ではなく、火属性魔法と風属性魔法をかけ合わせることによって炎の威力を倍増させた強力な魔法である。その威力は、古代、この地に存在した古のドラゴンの息吹に匹敵するといわれるほどである。
容赦なく放たれた巨大な炎の塊は、その先にいたキラーアントたちに飛来し、容赦なくその身を焼き尽くしていく。
その後に残ったのは、外皮が黒く焦げたキラーアント、約100匹。
さすがはギルド1の魔術使いである。一級冒険者が何とか倒せるほどの数のキラーアントを一瞬にして炭に、そして灰に変えてしまった。
その攻撃を受け、キラーアントたちはヨルトの存在に気づき、一斉にその頭をこちらに向ける。
キラーアント1万匹とドラグたちの戦いが始まった。
「隊長殿、ここは何とか私とドラグで持ちそうですので、隊長殿は力の温存を」
「本当?助かる」
次々と魔法を打ち出しながら、ヨルトはルディウスにそう伝える。
その言葉を聞いて、ルディウスは戦闘態勢のまま、一歩その身を引いた。
「ドラグ、早くしろ!」
「ん?あぁ、うん。俺手出ししていいのね?」
「何を言っている!?私一人だけではさすがにキツイ」
「オーケー、じゃあ5000と5000で分けよう」
「はぁ!?」
「だってそのほうが面白そうじゃん」
ヨルトが必死にキラーアントを蹴散らしている最中、ドラグはのんきにそんなことを言う。
何をふざけたことを言っているのかと、思わずヨルトは後ろにいるドラグを振り返る。そして、息をのんだ。
ドラグは笑っていた。まるで子供が遊ぶときに見せるように。
ゆっくりと我力を鞘から抜きながら、一歩、また一歩キラーアントに向かっていく。
すると、ドラグの存在に気付いたのか、三匹のキラーアントがドラグに飛びついてきた。
するとドラグは、我力を一閃してキラーアント三匹を沈黙させる。その外骨格は、名刀我力の前には防御の意味をなさず、腹の部分をきれいに切断されて、キラーアントはその姿を灰に変える。
「まず3。ヨルトは魔法だから、俺は剣で5000にしよう」
そういうとドラグは、我力を右手に構えて、キラーアントたちに宣言する。
「一瞬で終わらせる。『乱切り』」
そういい、その身をキラーアントの群れに投じる。
と、次の瞬間、キラーアントたちが次々に空中に打ち上げられ、そして打ち上げられると同時に、その身を灰に変えた。
「・・・速いっ!」
ヨルトとドラグを、いつでもサポートできる状態で見守っていたルディウスは、ドラグのその攻撃を見て、思わずそうつぶやく。
『乱切り』
それは魔法でも何でもない。ただの剣術、剣技である。
走りながら、一瞬で敵を切り捨てていく。ただそれを繰り返すだけの技。
ただそれだけと言っても、高速移動中にしっかりと敵の隙を見極め、そこにまっすぐ刃を入れるのはとても難しい。これは、ドラグが今まで多くの魔物を切り捨ててきたことによって習得された高難度の剣技であった。
そしてドラグのそれは、もはや一方的に敵を切り刻んでいるようにしか見えなかった。
魔法を使わない冒険者は、対多数に基本向いていない。しかしドラグはそんなこと関係ないとでも言うように、100、200、次々にキラーアントを切り捨てていく。
その様子は、まさに蹂躙。
「335、338、345・・・」
余裕なのか、切り捨てたアリの数を口で数えるドラグ。その驚異的な足運びの速さに、アリは反撃する時間も与えられず、ただ切り捨てられていく。
「なぜあれほどのものがギルドにで有名になっていないのだ・・・」
ため息交じりにそうつぶやくヨルト。
ヨルトも、別にドラグと張り合っているわけではないが、アリたちを多種多様な魔法で翻弄していく。
「『ヴァーティス・トゥルード』!」
ヨルトは杖を両手で横に持ちそう唱えると、巨大な渦巻く風を発生させた。
その風の勢いに負け、渦に巻き込まれてしまったキラーアントの末路は、その風によって高さ8メドル地点からものすごい速さで吹き飛ばされ、地面に落下するのだ。もちろんキラーアントはその身を破裂させ、灰へと姿を変える。
「これは、本当に僕の手はいらないみたいだ」
二人のことを心強く思いながら、ルディウスは少しだけ笑った。
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