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壊すしかできない出来損ないの聖女として捨てられた私、不滅の鬼神将軍に拾われて世界で唯一の"討滅の聖女"として溺愛される  作者: 蒼城レイ


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第15話 治す聖女では、止まらない

砦の門を出ると、辺境の境界に、それはいた。


これまでの眷属とは、桁が違った。牛ほどもある、巨大な灰の獣。輪郭が陽炎のように激しく揺らぎ、一歩進むごとに、足元の大地が音もなく崩れて灰になる。そのまわりを、犬ほどの眷属が、何十と取り巻いていた。大型の一体と、その従属の群れ。


辺境の兵たちが、槍を構えて防御陣を敷いていた。けれど、誰の顔にも、絶望が滲んでいる。あの大きさを、人の力で止められるはずがない。


「皆さん、下がって!」


私の隣で、アンネリーゼが前へ出た。純白の聖女衣を翻し、両手を高く掲げる。彼女の声は、自信に満ちていた。


「ご覧なさい、姉さま。本物の聖女の力を!」


淡い金の光が、彼女の手から放たれた。光の膜が、兵たちと砦を包むように広がる。守りの結界。確かに、美しかった。眷属の一匹が膜に触れ、弾かれる。兵たちから、おお、と声が上がった。


「どうですの! わたくしの守りが、皆を……!」


けれど。


私は、見ていた。膜は、眷属を「弾く」。けれど、滅ぼさない。弾かれた獣は、少し離れて、また膜に体当たりする。そして大型の一体が、ゆっくりと、膜へ向かって進み始めた。


巨大な前足が、光の膜に触れた。


膜が、軋んだ。アンネリーゼの顔が、引き攣る。


「な……っ、こんな、わたくしの結界が……!」


大型の獣は、膜を押した。ただ、押した。彼女の守りは、その圧倒的な「量」の前で、みしり、みしりと、たわんでいく。彼女の額に脂汗が浮かび、腕が震え、光が、細っていく。


「止まりなさい! 止まって——っ!」


懇願は、獣には通じない。


膜の一角が、ぱりん、と砕けた。


砕けた隙間から、眷属が雪崩れ込んだ。最前列の若い兵が、咄嗟に庇った仲間ごと——その腕が、肩が、灰に変わりかけた。


「下がって!」


私は、走り出した。


倒れかけた兵の前に滑り込み、両手を、雪崩れ込む眷属へ向ける。手のひらから白い火が走り、眷属の塊を、芯から灰に還した。さらさらと風に散る。兵が、灰になりかけた腕を抱えて、それでも生きて、後ろへ転がった。


アンネリーゼが、崩れた結界の残骸の中で、呆然と立ち尽くしていた。


「アンネリーゼ」私は、彼女を振り返った。「あなたの守りは、立派でしたわ。傷を塞ぎ、攻撃を弾く。けれど——湧き続けるものを、あなたは涸らせない。井戸の水を桶で掻き出しているだけ。底から湧く泉そのものを、あなたの祈りは、決して止められませんの」


「うる……うるさいですわ! まだ、わたくしは……!」


彼女は、再び両手を掲げた。けれど、光は灯らなかった。先ほどの結界で、力を使い果たしている。震える手のひらからは、もう、淡い残光しか零れない。


その間にも、大型の獣が、迫っていた。


「ジーク!」


「言われずとも」


ジークが、すでに動いていた。大剣を振りかぶり、大型の獣の正面へ躍り込む。獣の前足が、彼の肩を抉った。腕が、半ば灰になる。けれど彼は、構わず前へ出た。崩れた肩が、見る間に再生する。彼は自らの身を壁にして、獣の足を、私の前で堰き止めた。


「ヴィオレッタ! 今だ!」


私は、大型の獣の、その芯へ、両手を向けた。


深く、息を吸う。


「アンネリーゼ。よく、御覧なさい」私は静かに言った。「これが——治す聖女では、決してできないこと。あなた方が『破滅』と呼んで捨てた力ですわ」


祈った。女神にではなく、ただ「終われ。二度と、芽吹くな」と。これまでの、どんなときよりも、強く。


手のひらから、白い火が、奔流のように放たれた。火は大型の獣を呑み込み、芯まで貫いた。獣が、声もなく、内側から崩れていく。輪郭が、揺らぎを失い——さらさらと、巨体が、まるごと灰になった。


風が、灰を運び去った。


あとには、不思議なほど澄んだ、深い静けさだけが残った。湧き続けるはずの泉が、根こそぎ、涸れた。封じたのではない。滅ぼした。二度と、芽吹かない。


辺境の兵たちが、しん、と静まり返り——それから、地鳴りのような歓声を上げた。


「討滅聖女さま——っ!」「灰に還した! あの大物を、まるごと!」


私は、まだ膝をついたままのアンネリーゼに、歩み寄った。


「アンネリーゼ」私は、彼女を見下ろした。罵倒するつもりは、なかった。その必要が、なかったから。「あなたを、責めはしませんわ。あなたの治癒は、本物です。傷ついた者を癒やすあなたの力は、確かに尊い。——けれど」


私は、灰になった獣の跡を指した。


「災厄は、傷ではありません。塞いでも、また湧くもの。それを終わらせられるのは、討滅だけ。守りの聖女では、止まらないのです。これは、優劣ではありませんわ。役目が、違うだけ。——ただ、あなた方は、その違いを認めず、片方を『破滅』と呼んで捨てた。それが、間違いでしたの」


アンネリーゼは、何も言い返せなかった。


罵倒されたなら、彼女は逆上できただろう。けれど私は、ただ事実を並べただけだ。彼女の守りが砕け、私の討滅が滅ぼした——その前で、「正統な聖女はわたくし」という拠り所が、灰のように崩れていった。


「……っ、こんな、こんなはずでは……!」


彼女は、ふらりと立ち上がり、後ずさった。その顔は、もう聖女の微笑みではない。誇りも、仮面も剥がれ落ちた、ただ追い詰められた者の顔だった。


「お、覚えていらっしゃい! わたくしは……わたくしは、聖女ですわ! こんな……こんな辺境の評価など……!」


言葉を結べないまま、彼女は身を翻し、馬車へと逃げ込んだ。御者が慌てて馬を打つ。聖女の紋章を掲げた立派な馬車が、辺境の街道を、転がるように去っていく。


   * * *


敗走する妹の馬車を、私は見送った。痛快さも、確かにあった。けれど、それ以上に——胸の奥に、わずかな引っかかりが残った。


「ヴィオレッタ」隣に立ったジークが、再生したばかりの肩を回しながら、低く言った。「あの女、ただ逆上して逃げたのではないな」


「ええ」私も頷いた。「最後の顔……追い詰められていながら、どこか、誰かを頼るような目をしていましたわ」


遠ざかる馬車。その後ろ、街道のさらに先——辺境を見下ろす丘の上に。


一頭の馬が、止まっていた。


黒い祭服。深く被ったフードの奥は、ここからは見えない。けれど、その人影は、敗走する妹の馬車を、ただ静かに見つめていた。慌てるでも、迎えに出るでもなく。まるで、駒の動きを盤上で確かめる者のように。


「あれは……」私は目を凝らした。


風が吹いて、フードの裾が、わずかに翻った。胸元に、教会の最高位を示す——枢機卿の、紅い徽章が、ちらりと光った。


次の瞬間、人影は、馬首を返し、丘の向こうへ消えた。


妹は、独りで縋りに来たのではなかった。その背後で、糸を引く者がいる。


「……枢機卿」私は、その紅い影の残像を、目に焼きつけた。


妹との対決は、終わった。けれど、それは終わりではなく——もっと深い闇の、入口でしかなかったのだと、私はこのとき、確かに悟った。


お読みくださりありがとうございます。第15話、第一部の対決第一幕・決着でした。

「治す聖女では、止まらない」——声を荒げず、ただ事実だけを突きつける。罵倒よりも静かで、けれど何より深く相手の拠り所を崩していくヴィオレッタのざまぁを、どうか味わっていただけていたら嬉しいです。捨てられた手が、唯一の解だった。その逆転を、一緒に見届けてくださった皆さまに感謝を。

そして、敗走する妹の背後に現れた、紅い徽章の影。次章からは、いよいよ本命の黒幕・枢機卿バルトロメの物語が始まります。

ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。続きが気になっていただけたら、ブックマーク・☆評価で応援いただけると、とても励みになります。次章で、またお会いしましょう。

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