第1章《灰に宿る声 ― Voice in the Ash ―》1-1
焦げた匂いが、鼻をつく。
黒い空の下、紅く燃える炎。手のひらには確かな温もりがあった筈なのに。温もりが、優しい両親が炎に包まれている。
炎の中から小さな手がこちらに伸ばされる。そしてあどけない少女――しかしとても無感情な声が響く。
「……ねぇ、どうして……?」
――どうして燃やしたの
その言葉が響いた瞬間、視界が白く焼き切れた。
◇
――視界に入ったのは見慣れた薄汚れた天井。
亀裂から差し込む光の粒が、埃を金色に染めている。
寝床代わりの毛布をどかし、少女はゆっくりと上体を起こした。黒い髪、猫のような耳と尻尾が見える。
焦げ臭い風が、冷や汗で濡れた肌を撫でていく。身体の熱が奪われていく感触が酷く気持ち悪い。
薄汚れた尻尾が床を叩き、パサリと灰が舞った。
「……また、あの夢…か」
ぼそりと呟く。
寝起きの喉は乾いていて、声が少し掠れていた。
◇
〈灰域回廊〉――かつて東京と呼ばれた場所の外縁。隕石落下による異能汚染と戦火で今や地図から消えた地域。
古びた工場跡の片隅。そこが少女、クロの今の住処だ。崩れて錆びた鉄骨、焼け焦げた床、外では未だ残っている灰を風が砂と共に巻き上げている。
酷く気怠い身体を起こし、食料を詰めた箱に手を伸ばし、中を覗く。クロは顔を露骨に顰めた。
「……最悪」
項垂れながら深くため息を突く。残り少ない食料。そこには牛肉を使った缶詰しかなかった。
牛肉を使ったそれは、本来なら貴重で贅沢な食料。しかしクロにとっては苦痛でしかない。
特に“あの日”の夢を見た時は特に避けたい食料だった
しかし贅沢は言えない。食べなければ生きていけない。
意を決して缶詰を手に取り、蓋を開けると、牛肉の脂の甘い臭気が火で焼け焦げた匂いがクロの喉を塞いだ
「……ぅ!…ぇ…!」
込み上げた胃液を抑えつけ、胃に流し込むように食べる。少しでも味合わないように。
“あの日”、異能が目覚め、制御出来ず暴走したあの日から、肉が食べられなくなった。
焼ける匂い、炎の温度、両親の悲鳴…目覚めてもその残滓が変わらず残る鮮明で生々しい夢。何度見たのか、数えるのをやめてどれくらいたったのだろう。
(……なのに)
──なのに、とても大切な「何か」を忘れている。いつもそれが何かなのを考えるが霞が掛かったかのように思い出せない。
(……考えても仕方ない、か…)
クロは思考を切り替えた。わからない事を考え続ける暇はない。数少ない他の衣服に着替え始める。
食料はもう残り少ない。気分は最悪だが身体は動く。今のうちに食料を確保しに行かなくては。
隣に置いてあった刀を拾い上げ、廃工場を後にする。
黒鉄の鞘には焼け焦げた痕が深く刻まれていた。
火を操る異能─それが彼女の力であり、同時に自身が最も忌み嫌うものでもあった。
小説を書くのは初めてなので、至らないところは多々ありますが楽しんでいただければ幸いです




