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 経産省の調査員である田村が、何を調べているのか。

 何故、突然、今日、抜き打ちの調査をしているのか。

 何もわからないままだった。

 原子力発電所の警備を調べ、改修作業者の行動をしつこく聞いていた。

 防護服が必要なエリアも立ち入り、調べをつづけた。

 昼食も取らずに、午後に入った。

 今度は管理棟に戻り、調査を続けた。

 三人で、次の部屋に行くため廊下を移動している時、若月さんは突然、力が抜けたようにヨロヨロと倒れ込んでしまった。

「大丈夫ですか?」

 経産省の田村が振り返って言った。

「昼飯食わせろアピールか」

「なんてこと言うんです」

 若月さんが、苦しそうに言う。

「すみません。ちょっと、今日は寝不足だったもので」

「この周囲に何か隠したいことがあるんじゃないだろうな」

「さっきから酷いですよ」

 俺は若月さんの汗をみて、額に手を当てた。

「これは熱が出ている」

 俺は至急連絡して若月さんを運んだ。原子力発電所といえど、医師を常住させている訳ではない。突然の熱発に対応する為、救急車を呼んだ。

 若月さんが正門の待合室へ運ばれていくのを見て、田村が言った。

「昼飯にするか」

 俺は若月さんへの発言からの変わり身に腹が立った。自分も食事取りたかったから、そう言ったんじゃないか。他人を傷つけるような発言しかしない奴だ。

「場所を案内しろ」

 田村と俺は食堂に入った。

 もう時間を過ぎているせいで、昼食はなく、夕食の準備もまだなので、軽食だけが用意されていた。

 何も話さないまま食事が終わるころ、田村の持っていたスマフォが振動した。

「田村だが」

 スマフォを持って立ち上がると、窓際に一人で歩いて行った。

 俺は食事を終え、トレイを片付けた。田村のトレイはまだ残っているから、判断できず、そのままにしておいた。

「急用が出来た」

 そう言うと田村は食堂を飛び出していってしまった。

 俺はため息をつくと、田村の食器類をまとめ、トレイを片付けた。

 その後は、警備室に戻って田村に指摘され、若月さんにお願いされた警備に関する抜けと問題点をまとめ、資料にした。

 最終的にはこれを改善しなければならない。新しい仕組みが必要なところは、金額面も合わせて若月さんと相談しなければならない。

 今日もバスでは帰れそうになかった。

 俺はキリの良いところで、資料のファイルを保存し、パソコンを閉じた。

 タクシーを呼んで、正門の待合室で待っていると俺は椅子にもたれて、うとうととしていた。

「!」

 待合室のガラス越しに人影が見えた。

 肌の色が濃い、異国の男。

 頬にバツ印のような傷。

 歩くような上下動がなく、滑るように横に移動していく。

「待て!」

 俺は立ち上がって待合室を飛び出す。

 瞬間、男を見失う。

 俺はすぐに正門の警備室に入る。

「モニターを見せろ」

 今の原子力発電所内の様子。直前の時間の正門の映像。

 正門の映像には、待合室の前を含めた内と外との映像が記録されている。

 どちらにも頬に傷のある男は映っていなかった。

「どうしたんですか? 清水さん」

「誰か正門を抜けて入ってこなかったか?」

 立哨している者が首を振る。

「あいつも、俺も、しっかり見てますよ。今の時間、誰も通過していません」

 俺は見ていたモニタを元に戻し、ため息をついた。

「そうだよな。すまん」

 やっぱり幻覚を見ているのだろうか。待合室にいる時など、一人になって考える時に特に多い気がする。

「清水さん。呼んでいたタクシーが着きましたよ」

「あ、ああ」

 俺は正門を抜け、タクシードライバーに名前を告げた。

 タクシーの後部扉が開いて座ろうとした瞬間、後ろから男に突き飛ばされ、椅子の奥に倒された。

「なんだ!」

 突き飛ばした男はタクシーに乗り込んできて、言った。

「二人だ。施設まで行ってくれ」

 田村だった。

 急用が出来て帰ったのではなかったか。

 俺は、こいつのやり方すべてに怒りを覚えていて、何も話したくなかった。

 海沿いの道をタクシーが走った。

 途中、燃料保管庫の改修作業者の住む村を通過したが、何か灯りが点いているわけでも、怪しい儀式が行われている様子もなかった。

 海沿いの道を走っているだけだったが、時間が長く感じられた。

 施設につくと、田村は支払いもせず降りてしまった。ここは原発と市街地の真ん中ぐらいだ。

 タクシー代を浮かせたかったのだ、と俺は勝手に思い込んだ。

 俺が降りると、田村を乗せることなくタクシーが帰って行ってしまった。

「?」

 終日こいつと一緒に居なければならないのか、と思うと俺はまた腹が立ってきた。

 俺が施設をIDカードで解錠して中に入ると、田村が俺の開けた扉から入って来た。

「おい、部外者がここに入っちゃ」

 俺が追い返そうとすると、後ろから声が聞こえた。

「いいんだ。経産省の人のことは聞いているから」

 管理人の声だった。

 田村は無表情のまま奥に入っていくと、管理人が食堂を案内した。

「清水さんのもまだ作れるよ」

 昼食が遅かったとはいえ、もうだいぶ時間が経ってしまっている。

 田村と食うことになることを考えたが、どうせ何も話さないだろうと考え、俺は管理人に夕食をお願いした。

 食堂で食事をとっていると、管理人がテレビをつけた。

 今日のニュースのまとめが流れ始める。

『子牙沖で新たな事故です。商船の探索にあたっていた自衛隊の哨戒機が消息を絶ちました』

 俺は驚いて箸を止めた。

 田村が俺の方を見ているのに気づいた。

 政府に連絡が入ったと言われる時間は、ちょうど俺たちが遅い昼食をとっている時間だった。

 哨戒機のニュースが終わると、田村がトレイをもって近づいてきた。

「お前、昨日の怪我人の事は知らないと言ったが、お前が救急に連絡を入れているじゃないか」

「知らないとは言ってない」

「何も話さなければ同じことだ。なぜ黙っている」

「業務上の機密事項だ」

「金属探知機が動いていなかったことや、運用に抜けがあったことはもうバレているんだ」

「……」

「じゃあ、いい。大体さっしはついている。奴らは原発施設内で宗教儀式を行った。持ち込んではいけない刃物を使って、男を傷つけた」

 宗教儀式? まあ、そうとしか表現しようなないことだが、知っていることを何故聞く。

「監視カメラの死角で行われたことを、なぜあなたが知っている?」

「やはりそうか。儀式のことは、作業員が寝泊まりしているプレハブを知っているだろう。あそこでも以前行われたことがあるからだ」

「俺に聞く意味は?」

「証拠が欲しいからだ」

「バスできいた時は誰が言ったかは公にしないと……」

 その時、田村のスマフォが振動した。田村は即座にスマフォに出た。

 会話を遮られた俺は食事をつづけた。

 田村が大きな声でスマフォに言いながら、俺の方を見た。

「何、入院先から消えただと?」

 入院先から、誰が? なんで俺の方を見て言う。もしかして、その頬に傷をつけた男が抜け出したということか?

 田村はスマフォの会話を終えると、戻って来た。

「頬に傷をつけられた男は、病院から姿を消した。今警察が病院周辺などを調べているらしい」

 まさか、待合室で見たのは幻覚ではなく、本人だったのか。

「……なんでそんなことを俺に話す」

「お前が救急に通報して病院に入っていたんだぞ。気にならないのか」

「警備として必要なことをしたまでだ」

 田村は俺の顔をじっと見ながら、にやりと笑った。

「隠し事があると顔に出るタイプのようだな」

 待合室で、俺が見たかもしれないというだけだ。監視カメラ映像でも確認したし、『震度6』と同じ。俺の幻覚だったにちがいない。

 男のことを気にしてしまうのは、夢の中で出てきたからだ。それ以上でも、それ以下でもない。俺の夢の話などここでしても意味がない。

「……まあ、いい」

 田村と俺は食堂で別れた。

 どこの部屋を使うのかは知らないが、田村も今日施設に宿泊することらしいことだけは分かった。

 俺は部屋に戻ると、病院を抜け出した男のことを考えた。

 明日、監視カメラ映像を調査して、原発に入り込んでいないかもう一度確認するべきだ。何故わざわざ男が原発内に戻っていると思うのか、俺には理由が分からなかった。おそらくあの儀式が、原発内に何かあるように印象を与えているのだ。

 頬の血を手に取り、その手を地面に擦り付けるように祈る。

 その地で何かを鎮めようとしている。俺にはそう思えてならなかった。クスルーというものが実在したら、それが出てこないことを祈るのが当然ではないだろうか。異星の超生命体。知識も体も人間を超えている、つまり神のような存在に対し、人間に何が出来るのか。畏れること、祈ること。ただそれだけだ。

 そこまで考えて、一方で自分を冷静に見ている俺が言う。

『クスルーはしょせん小説の中の作りごと。男が原発に入ったのも、ガラスに映った自分の姿を誤認したもの。両親が死に、原発勤務を始めたことで気が狂い始めているのでは』

 すべての陰鬱な妄想は、原発勤務を引き受けてから始まっている。

 いや、もう両親の死から、自分のオイサキに言いようのない不安とずっとこの先つづくであろう鬱々たる気持ちが、溶けることのない土地に降る雪のように積もり、固まって氷河となり、今まさに海に流れ着き、落ち始めたのではないか。

 落ちて波紋を残し、氷山となって海を流れ、どこかで溶け去るまで、この奇妙な夢や幻覚・幻聴はなくならない。

 降る雪を止めなければ、ずっと氷河が続き、海に落ち続ける。落ちる度に心が波立ち、次の恐怖を怯えて待つことになる。

 雪の根源がこころの不安や恐怖であるなら、この負のスパイラルは終わることがないだろう。

 俺には癒しが必要だ。何もない人生に意味があったという救いが。

 考え疲れて、俺はそのまま眠りについた。




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