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夢に現れるもの 〜原子力警備員が見た夢と現実〜  作者: ゆずさくら


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 看護師が病室のドアを叩く。

 同時に名前を言って、その返事がないことは分かっているかのように間をおかずに扉を開ける。

 病室の中央にはベッドが置かれていて、人工呼吸器が動いていた。

 さまざまな計測装置が体に付けられ、モニター類が体の状態を表示している。

 医師が一人、ベッドの横に立っていて、そのモニターの数値を見ていた。

「どうですか、清水さんの具合は……」

 医師は看護師が持ってきたものを受け取った。

「相変わらずだ。状態からすれば、いつ目が覚めてもおかしくないんだけど…… いや、変な言い方だな。目は開いてるんだから」

「閉じ込め症候群ではないのですか」

「ずっと何か話し続けてるからね。神経が麻痺している訳ではないんだよ」

「まさか、ずっと話してるって、あの『ルルイエ』とか『クトゥルフ』とかいう、あれですか」

 看護師は、何度かこの患者が話している言葉を聞いて、知っていた。

「ああ、そうだ。そうだ、君はその『ルルイエ』とか『クトゥルフ』って知っているかい?」

 看護師は顔の前で手を横に振って、知らないような仕草をする。

「コミケとか行く友達が話しているのを聞いたことがあるくらいで、どんなものかは知らないです」

「そうか、そうか。そういう(・・・・)友達がいるんだね」

 医師はニヤニヤ笑いながら、そう言った。

「変な笑い方やめてくださいよ。一種のハラスメントですよ」

「コズミック・ホラーと呼ぶのかな。小説の中に出てくる場所とか生物の名前だよ」

「先生もオクワシイですね」

 看護師も笑い返した。

「いやいや。クイズ番組に出ていた誰かみたいに、ルルイエの緯度経度を覚えているほどではないよ」

「誰ですかそれ?」

「いや何でもない」

 医師は言った。

「多分、この患者は夢を見てるんだ」

「寝言ってことですか」

「寝ている時に話す言葉を『寝言』と言うなら、その通りだ。ながい夢だがな」

 看護師は言った。

「恐ろしい夢をみているんですね」

「おそらくな」

 その時、病室のドアが叩かれた。

 看護師はドアの方へ近づいてたずねる。「どちらさまですか?」

 扉越しに、声が聞こえてきた。

井川(いがわ)大の香月(こうづき)と申します」

 看護師は首をひねって医師を振り返る。

 医師はうなずいて、扉を開ける。

「お待ちしておりました」

 香月と医師は握手をする。

「ずっと夢を見ていて、寝言を言い続けている、という患者だね」

「そうです」

 香月が病室に入って、患者の顔を見ると自らの顎に指を当て、首をひねる。

「どこかで見たような」

「どこかで見た?」

「患者の資料を……」

 看護師がさっと資料を手渡す。

 香月は左から右下になめるように目を通す。

「清水というこの患者、うちの研究室で一度診たことがある」

「そうだったんですか」

「この患者さん、子牙(しが)原発から運ばれて来たんです」

 医師の声を聞いたのか聞いていないのか、香月は慌ただしく準備を始めた。

「自衛隊の方の証言だと、同じ原発の屋上にいた方は後二人いたそうですが、どちらも心肺停止で、この方だけが生きていたそうです」

 香月が持ってきたアタッシュケースの中から機械を取り出しては、患者の頭の周りに設置していく。

「私もテレビニュースの映像を見ました。遠くからの映像でしたが、原子炉の屋根が吹き飛んでましたね」

「今回も政府は原子炉に燃料は残っていないとか、事実を曖昧にしていますが、やっぱりメルトダウンがあったんでしょうね」

 医師がそう言うが、そのことには返事をしなかった。

「……」

 装置に次々電源を入れていく。

 大量のケーブルが患者の頭から計測器に繋がっていた。

 看護師が小声できく。

「何が始まるんですか?」

「明晰夢を見せて、夢を見た状態で患者と対話するらしい」

「……」

 看護師はわかったような、わからないような曖昧な感じに、すこしだけ首を傾げた。

「まあ、我々は見てることしかできない」

「はい」

 セッティングが終わると、最後に小さなボイスレコーダーで録音を始めた。

 そして香月は患者に話しかける。

「君はどこにいる?」

 看護師は小声で言う。

「夢の中でしょう?」

「患者は、目は開けているからな、夢の中とは限らんぞ」

 患者が意味のある言葉で返す。

「ここにいます」

 医師は目を見開いた。看護師は、驚きの声を飲み込む為に手で口を押えた。

「清水さんだね。じゃあ『ここ』がどこだか分かってる?」

「病室ですか」

「じゃあ、君は何故目を覚まさないのかね?」

「……」

 香月は患者の目をにらんだ。

「何故目を覚まさないのかね?」

「わかりません。それをそこに居らっしゃる医師の方に診てもらっていると思います」

 看護師は医師に言った。

「何ですか今の返し。めちゃめちゃ覚醒しているじゃないですか」

「しかし、見てごらん。こっちの波形は寝ている時のような値を示している」

 医師は香月に言った。

「夢を見ている状態ではあるんですよね」

 香月は頷く。

「こちらのデータも、起きている状態とは違うことを示しているよ」

 言ってから、さらに患者に質問を続ける。

「震災の時、君は何故屋上にいた」

「……」

 香月は患者の目を睨みつける。

「何故答えない」

「……」

「苦しいとか、痛みがあるのかね」

「いえ」

「ではなぜ、答えてくれないのかな」

「信じられないようなものを見たからです。ここで、言葉で、あなた方に言っても信じてもらえないでしょう。しかし、私の見たことが真実だと知ったら、今の私とおなじような状態になるかもしれません。精神が体に閉じ込められ、体は何も動かない。ただ何度も同じ夢を見て追い込まれていく。その内、この夢のループの中にいるより、死んだ方がましだと思い始める」

「何を言っている」

 香月は頭を抱えた。

 看護師は言う。

「患者の病は『厨二病』なのかもしれませんね」

 医師は笑いかけたが、香月の怒ったような表情を見て、無理やり表情を殺した。

「話を変えよう。屋上にいた二人のことは覚えているか?」

「はい」

「名前はわかるかね」

「経産省の田村と総務部の若月さん」

 香月はスマフォを使って映像を患者に見せる。

「田村とはこの人のこと?」

「ええ」

「二人はどうした」

「殺されました」

「殺された? 誰に? 誰にだ!」

「……」

「クソッ!」

 香月は患者のベッドに拳を打ちつけた。

「どうなさったんです?」

 医師は香月の様子に焦りのようなものを感じた。

 患者が寝ているのは計測器で分かっているのだが、目を開けているし、起きているかのように普通に会話するせいで、香月は自らの気持ちを整理できなかったのかも知れない。

「何故だ。何故話さない。なんで寝ているのにこんな強い意志が働くんだ」

 患者が何度か瞬きした。

「そろそろ俺は死ぬ。そこの二人が知っている通り、被曝量が多すぎたからだ。田村も若月さんも死んでいるから、俺が死ねばもう何も証拠はない。しらなくていいことは知らずに済む方が幸せですよ」

 患者は言い終わると、目を閉じた。

 医師と看護師はモニターの数値を見て慌てる。

「香月教授、そこを退いてください」

 医師が患者の服を開いて、看護師から渡された電極(パッド)を装着する。

「心肺停止。電気的除細動を実施」

「先生、準備できました」

「よし」

「除細動します」

「回復確認できません!」

 医師と看護師が救命を続ける中、香月は自分で置いた設備を片付けもせずに病室を出て行った。

 廊下に出ても、中からずっと声が聞こえる。

 香月は患者の死などどうでもいいように、歩き続けた。

 知った顔の女子高生が、すれ違う時に軽く会釈をした。

 腕に軽い鳥肌がたったが、香月は思い出せなかった。

 通路を進むと病院内にある、眺めの良い食堂に出た。

 香月はコーヒーを口にして、そこから海を眺めた。

「……」

 冬が終わるこの時期、晴れていれば遠く子牙沖まで見渡せる。

 海を見ながら、諦めたようにため息をついた。

 最近見始めた『丸い窪地に漂う黒い霧の夢』が、香月の脳内に再び蘇ってくる……




 終わり



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