ユピティック・ペーパーズ《木星文書》④〈ユピティ・ダイバー〉
苦闘の末に〈リバイアサン・グォイド〉の撃破に成功したその約二十分前、『一つの指輪』作戦の開始と同時に、【ザ・トーラス】から脱出不可能となった〈じんりゅう〉を救うべく、急造木星深深度雲海潜航艦〈ユピティ・ダイバー〉は発進した。
※(〈ユピティ・ダイバー〉の正確な仕様については、別データを参照されたし)
パイロットは〈じんりゅう〉から昇電DSで脱出したクィンティルラ大尉が務め、それに〈じんりゅう〉に届ける新造UVシールド・コンバーター、およびガス雲内航行用シュラウドリング付き大型ノズルコーンの調整担当エンジニア一名を連れての降下であった。
※(この時、私は〈リグ・ヴェーダ〉に残り、『一つの指輪』作戦で忙殺されそうなテューラ作戦指令の代わりに、〈じんりゅう〉救出作戦の監視役を務めることとなっていた。
故に〈ユピティ・ダイバー〉の活動の全ては、後になって送られてきたデータから書き起こしたものである)
〈ユピティ・ダイバー〉は、巨大な穴となった大赤斑の周囲のガス雲を、螺旋状に巻き付くようにして降下していった。
その道程は『一つの指輪』作戦の難航と同等に、ハードなものであったという。
超ダウンバーストは依然続いており、そこに木星UVキャノン
の発射にともなう衝撃波が、〈ユピティ・ダイバー〉を激しく揺さぶったからだ。
だが予期せぬ幸運も訪れた。
〈じんりゅう〉クルーと友好関係を築き、曳航式センサーブイのケーブルを持って【ザ・トーラス】の外の軌道エレベーター〈ファウンテン〉の残骸まで行くことで、同艦と木星上空作戦指揮所との通信を手助けしてくれたクラウディアンのサティと、【ザ・トーラス】に達する手前で出会ったのだ。
彼女は〈じんりゅう〉と木星上空作戦指揮所との通信を実現させた直後に、超ダウンバーストに流され、〈じんりゅう〉に戻れなくなっていたのだとういう。
〈ユピティ・ダイバー〉は、危うく意識朦朧としていた彼女に捕食されそうになったものの、間一髪それを免れ、彼女と〈じんりゅう〉救出へ同行することとなった。
【ザ・トーラス】への侵入は、激しいガス潮流にもまれながらの危険極まりないものであったが、サティのサポートにより無事達成された。
そうしてついに【ザ・トーラス】内へと入った彼女達を待っていたのは、円環状空間を通過する幾筋ものUVキャノンの光の束であった。
〈ユピティ・ダイバー〉は直ちに【ザ・トーラス】内を周回加速し、グォイド・スフィア弾を監視しているはずの〈じんりゅう〉とのランデブーを急いだ。
その間にも幾筋ものUVキャノンの光の束が【ザ・トーラス】内を弧を描いて通過していった。
木星UVキャノンのそれとは違い、遥かに小規模ではあったが、それでも戦艦クラスの主砲並みのUVエネルギーの束であった。
それらは〈ユピティ・ダイバー〉を狙ったものではなかった。
内径4000キロある【ザ・トーラス】内で〈ユピティ・ダイバー〉を狙ったにしては、そのUVキャノンの光は、あまりにも方向と距離がデタラメだったからだ。
そして最長でも射程400キロしかないUVキャノンのエネルギーの束が、弧を描いて、【ザ・トーラス】内を霧散することなく周回しているのは、【ザ・トーラス】を形成している磁気的環境が、UVエネルギー消滅までの時間を延長させた結果と思われた。
一体UVキャノンを放っているのは何者なのかは、間もなく知ることができた。
〈ユピティ・ダイバー〉の向かった先で、〈じんりゅう〉がグォイド・スフィア弾、およびそれが生産したレギオン・グォイドと、UVキャノンを放ちながら激しく交戦中だったのだ。
その約20分前、加速するグォイド・スフィア弾を、【ザ・トーラス】の外周側内壁に溜まったガス雲内から監視していた〈じんりゅう〉は、【ザ・トーラス】突入からの30時間弱を、【ANESYS】を用いて組み上げた【ザ・トーラス】内専用操舵補助プログラムを使うことで、主操舵士以外のクルーでも、ある程度この環境下でも操舵が出来るようにし、クルーをローテーションさせることで、手の空いたクルーの疲労回復時間を確保しつつ、救助艦が来るのを待っていた。
だが、約20分前から始まったグォイド・スフィア弾正面からの木星UVキャノンの連続発射により、事態は急変した。
木星UVキャノンの連続発射は、木星上空でSSDFとの戦闘が始まったことの証左に違いなかった。
木星大赤斑上空でいかなる戦闘が行われたのか、〈じんりゅう〉のクルーには知りようなど無く、ただ人類側の勝利を信じる他なかった。
最後に行われた通信から、〈じんりゅう〉はグォイド・スフィア弾を監視しつつ、救助艦の到着を待つよう厳命されていたし、その瞬間に【ANESYS】が使える状態でいるように指定されていた。
つまり、グォイド・スフィア弾の動向が気になるからといって、攻撃行動に出ることは許されず、仮に攻撃に出るとしても【ANESYS】を使うわけにはいかない。
だが事態は、だからといって〈じんりゅう〉にただ監視任務だけをさせておくことを許さなかった。
太陽系の各惑星の配置と、木星の公転自転の位置から、グォイド・スフィア弾の目標が地球であり、間もなく発射するのに最適なタイミングとなることが分かっていた。
そして大量のレギオン・グォイド(〈じんりゅう〉では雑兵グォイドと呼んでいた)がグォイド・スフィア弾内部で生産され、大赤斑から木星表層のSSDFに送り込まれようしている。
木星表層大赤斑周囲でのSSDFと〈リバイアサン・グォイド〉の戦いがどうなったかなど知りようもなかったが、すでに投入された数の倍のレギオン・グォイドが、大赤斑から外へと送り込まれたならば、テューラ司令率いる木星圏SSDFに勝ち目は無い……〈じんりゅう〉艦長ユリノ中佐はそう判断したのだった。
だから単艦でグォイド・スフィア弾の前に躍り出ることを選んだのだ。
この〈じんりゅう〉の行いは、命令違反に該当するとても無茶で無謀な振舞いである。
私自身は〈じんりゅう〉に乗艦していなかった為にどうすることもできなかったが、後でこのことを知り大変に憤ったものである。
確かに〈じんりゅう〉はオリジナルUVDを搭載し、【ケレス沖会戦】で勝利した、人類の持つ艦の中でも屈指の戦闘力を有する艦ではあるが…………大概にしろ! ……と思ったことを、ここに書き記しておく。
もちろん〈じんりゅう〉とて、事態が急を要するからといって、ただ闇雲に攻撃を仕掛けても、返り討ちにあうだけなことは明白であると理解していた。
だからユリノ艦長は、この環境だからこそ可能な極めてユニークな戦法で、グォイド・スフィア弾とその前後に漂うレギオン・グォイド群に対し攻撃を仕掛けた。
【ザ・トーラス】のグォイド・スフィア弾の前……といっても【ザ・トーラス】の外周側内壁に溜まったガス雲から僅かに姿を出すと、グォイド・スフィア弾とは反対方向へと、主砲UVキャノンを放ったのである。
もちろんそれでは〈じんりゅう〉の後ろにいるグォイド・スフィア弾に対し、放たれたUVキャノンが命中するはずがなかった。
だがここ【ザ・トーラス】内では違った。
【ザ・トーラス】は惑星間レールガンとして、木星UVキャノン
がそうであるように、UVエネルギーの自然減衰を生じさせずに円環内を周回加速させる機構がある。
つまり、グォイド・スフィア弾がいるのとは反対方向に放たれた〈じんりゅう〉の主砲UVキャノンの一斉射撃は、【ザ・トーラス】をぐるりと一周して、グォイド・スフィア弾の背面に着弾するはずであった……理屈では。
つまり、【ザ・トーラス】へ突入を果たした〈ユピティ・ダイバー〉が目撃したUVキャノンの光の束は、これから救助に向かう〈じんりゅう〉が放ったものだったのである。
そしてその攻撃の効果は、〈じんりゅう〉が望んだ程には無かった。
【ザ・トーラス】内を周回加速し、ようやくグォイド・スフィア弾に後方から追いついた〈ユピティ・ダイバー〉が見たものは、グォイド・スフィア弾の斜め前方、【ザ・トーラス】外周側内壁に溜まったガス雲から、イルカのように飛び出ては主砲UVキャノンを放ってはまたガス雲に飛び込むのを繰り返す〈じんりゅう〉であった。
〈ユピティ・ダイバー〉のパイロット達はすぐに〈じんりゅう〉の試みを理解した。
〈じんりゅう〉が主砲UVキャノンを放つ度に、数十秒の後に【ザ・トーラス】を一周してきたUVキャノンの光が、グォイド・スフィア弾のそばの【ザ・トーラス】内壁に擦れ、消滅していくのが確認できたからだ。
同時にそれは〈じんりゅう〉の試みが、望む程には成功していないことの証でもあった。
おそらく〈じんりゅう〉は、主砲UVキャノンを【ザ・トーラス】内で周回させることで、グォイド・スフィア弾とその前後にいるレギオン・グォイド群を破壊したかったのだろうが、〈じんりゅう〉の位置からでは、【ザ・トーラス】内を正確に周回させることが困難であったのだ。
〈じんりゅう〉の放ったUVキャノンは【ザ・トーラス】内壁に接触し、跳弾となって円環をジグザグに一周してしまい、とても狙った位置に当てることなど不可能だったのだ。
それでも、グォイド・スフィア弾前方のレギオン・グォイドを多数沈めることには成功していたが、それは同時に、レギオン・グォイド群からの攻撃目標にもなることを意味していた。
有り体に言って、〈じんりゅう〉は絶体絶命の窮地に陥っているといってよかった。
幸いであると同時に不幸なことに、〈じんりゅう〉の機動は【ANESYS】を使ったものでは無かった。
ランデブー時に【ANESYS】が使えるようにしておくべし、との厳命を守ったまま戦いに挑んだ結果、とんだ窮地に陥ってしまったのだ。
それは〈ユピティ・ダイバー〉にとって、ようやく発見したランデブー相手に、近づくことが危険極まりないということでもあった。
だが、〈ユピティ・ダイバー〉にも〈じんりゅう〉にも残された時間は無い。
約10分後に、グォイド・スフィア弾が大赤斑を通過し、惑星間レールガンの弾体となって、地球に向け発射されるであろう最適なタイミングが訪れる。
それまでに事態を打開せねば、人類に未来はない。
〈ユピティ・ダイバー〉は前方で戦闘を続ける〈じんりゅう〉へ急行する道を選んだ。
〈じんりゅう〉のクルーは、突如響いてきた〈ユピティ・ダイバー〉からの通信に、とても驚いたという。
大ピンチの最中、まったく気づかない間に〈ユピティ・ダイバー〉が〈じんりゅう〉のすぐそばまで接近していたからだ。
いかにして、レギオン・グォイド群が〈じんりゅう〉に襲い掛かる中を、〈ユピティ・ダイバー〉が〈じんりゅう〉まで気づかれることなく接近したのかについては、すぐにその目で確認することができた。
救助に来てくれたという〈ユピティ・ダイバー〉なる艦は、行方不明になっていたサティといつの間にか合流し、彼女に船体を代用ステルス膜として覆ってもらい、【ザ・トーラス】内の景色に擬態することで、レギオン・グォイド群に気づかれずに接近することに成功したのであった。
予想外の激戦の最中、当初は想定のしようもなかった円環状真空空間【ザ・トーラス】の片隅にて、ついに〈じんりゅう〉と〈ユピティ・ダイバー〉はランデブーをはたしたのであった。




