ユピティック・ペーパーズ《木星文書》①〈ナマコ・グォイド〉
久方ぶりの新文章の投稿となります。
ようするにこの文章はEP2・3に何があったのかについて、改めて説明しようという試みでして、別な言い方をすればEP2・3の総集編的なものを思っていただければ合っていると思います。
少なくとも最初の方は…………
読者の方々がお望みなのはEP5だとは思うのですが、今しばしこちらにお付き合いいただければ幸いです。
【木星事変】の概要と、そこから推測される太陽系創生とグォイドの関連性についての考察
キルスティ・オテルマ記
◇はじめに――
VS‐802〈じんりゅう〉と、新鋭艦VS‐806〈ウィーウィルメック〉の活躍によるメリクリウス作戦の成功から、はや二カ月弱が経過した。
そして人類を未曽有の窮地から救った〈じんりゅう〉は、休む間もなく〈サートゥルヌス計画〉に従事することになり、慣性航行により土星圏グォイド本拠地を偵察する為、土星圏へと向かった。
しかし、土星最接近を終え、内太陽系人類圏に向かって無事と偵察成果を伝えるべき時間になっても、この文章を執筆している現在、〈じんりゅう〉からの連絡は無い。
内太陽系から土星を観測する我々に分かったことは、〈じんりゅう〉が土星に最接近した際に、土星の背後にある宇宙空間に、わずかな歪みの発生を観測したことだけだ。
土星の後ろの星の海が歪んで見えた……それが一体何を意味するのか? 現段階で我々には推測もままならない状態である。
できることは、ただひたすら〈じんりゅう〉とそのクルーが全員無事に帰還するのを願うことだけだ。
だが、〈じんりゅう〉帰還までの時間を、ただ座して待つのは時間的資源の空費に過ぎない。
そこでこの機会に、〈サートゥルヌス計画〉……世間一般では、水星圏にある人類の人造UVDプラントが、突如襲来したグォイドスフィア弾から辛くも守られた……という部分のみが鮮烈に記憶されている一連の事件について、今一度、起こった事象を再検証してみたいと思う。
世間一般の理解とは異なり、実際のところは水星ではなく、主に木星を舞台とした人類存亡をかけた戦いがあったということを、SSDF関連の人間であれば知っていることであろう。
だが、一連の事件の全貌を、具体的に把握していると言える人間は、SSDF内にも稀だと思う。
そこでこの一連の事件を仮に【木星事変】と名付け、メリクリウス作戦を含め、いったい内太陽系人類圏で何がおきたのかを、当事者の端くれたる元〈じんりゅう〉機関長であった私――キルスティ・オテルマ少尉が、一部私見を交えつつ、今一度検証・考察してみようというのが、この文章の趣旨である。
あくまで客観的事実、あるいは観測された記録を元に語る所存ではあるが、所詮は個人が書き記したものであり、また一部想像で補う部分もあることはご了承いただきたい。
◇チャプター1・発端
さて、ことの起こりが一体“いつ”からだったとするのか、とても悩みどころではあるが、まずは人類が事態を把握した順に綴ろうと思う。
SSDFが最初に異常事態の兆候を察知し、危機感を抱いたのは、今から約2カ月半ほど前、第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦から半年が経った頃、メインベルト内を哨戒中であったVS‐805〈ナガラジャ〉を旗艦とする偵察艦隊が、木星圏へと向かう慣性ステルス航法中の新種のグォイドで構成された中規模艦隊と遭遇・交戦したことである。
ナマコ・グォイドと名付けられたこの新種のグォイド数隻が、〈ナガラジャ〉の迎撃をすり抜け、木星へと到達、赤道の雲海へと潜航していったのだ。
人類は【ケレス沖会戦】での経験から、グォイドが慣性ステルス航法なる手段により、察知されることなく内太陽系に潜入が可能であると知ったことから、新たな慣性ステルス航法によるグォイドの侵攻を警戒し、メインベルト周辺の哨戒を厳としてきたわけだが、その危惧が当たっていたのである。
しかも、目的地は木星であった。
この時点で、人類はグォイドがいかなる目的で木星の雲海へと潜航していったのかは、当然ながら皆目人類には分からなかった。
……ごく一部の人間を除いては。
グォイドの目的と関連のありそうな事象は観測していた。
木星の収縮と、大赤斑の赤道方向への移動である。
人類はおよそ五~六年前から、木星が僅かずつだが縮みだし、さらに大赤斑が木星北方向へと移動し始めたことを把握していた。が、その事象にどんな意味があるのか、答えを見出せないでいた。
単なる自然現象という可能性が高いと判断していた。
実際、木星の大赤斑というものは、天文学の発達に伴い、人類が木星表面にその存在を発見して以降、縮小拡大を繰り返しており、大赤斑の赤道方向への移動も、その一貫に思われたのだ。
だが、グォイドが関係しているとなれば、放置はできなかった。
SSDFはただちにグォイドの目的を知るべく情報収集を開始した。
が、それには限界があった。
人類には、木星のガス雲の底へと潜り、そこで何が起きているのかを調査する術が無かったからだ。
浅深度で圧壊するプローブでの調査が限界であった。
人類はUV技術を手に入れ、その気になればUVシールドを用いた木星深深度調査船を作り、惑星としての木星を調べ上げることができたはずであったが、グォイドとの戦いに集中するあまり、そのような目的の艦を作り、身近な星のことを調査するのを怠ってきてしまっていたのだ。
もちろん、既存の航宙艦では、いかにUV技術の産物たるUVシールドがあっても、新種のナマコ・グォイドがいると思しき深度まで木星の高重力高圧ガス大気下を降下し、その目的を調査するのは不可能であった。
だから、木星のガス雲の海の底で、新種のグォイドがいったい何をしているのかを調べるには、一からそれ専用の新しい艦を開発する必要があった……本来であれば……。
幸いにも人類には一隻だけ、たった一隻だけ、木星のガス雲深深度まで降下可能な航宙艦を保有していた。
それがVS‐802〈じんりゅう〉だ。
なぜ〈じんりゅう〉だけが木星ガス雲深深度に潜航し、調査が可能なのか、今さら説明すべきことでも無いかもしれない。
が、念のために説明しておくと、人類が保有する全航宙艦の中で、〈じんりゅう〉だけが、先の【ケレス沖会戦】で回収したオリジナルUVDを主機関に搭載しているからだ。
オリジナルUVDの無限のUV出力をもってすれば、それに準じた大出力UVシールドを張り、木星ガス雲深深度への潜航も可能かもしれない。
すくなくとも人類は、〈じんりゅう〉以上に木星ガス雲深深度潜航できる可能性のある艦は保有してはいなかった。
とはいえ、その大UVエネルギー出力をもってしても、木星ガス雲深深度への潜航は、危険極まりない行いに違いはない。
|当時、病院船〈ワンダービート〉での慰問イベントに赴いていた〈じんりゅう〉は、新種グォイド出現の報を受け、ただちに木星圏へと移動。
三日後、木星表層で新たなナマコ・グォイドを迎撃していたVS‐805〈ナガラジャ〉を援護した後に、SSDF第四艦隊・木星圏ガニメデ基地〈第一アヴァロン〉へと到着した。
そして木星ガス雲深深度への潜航用の追加装備、UVシールド・コンバーターの取り付け作業と調整に三日をかけ、〈じんりゅう〉を|耐木星ガス雲深深度使用へと換装。
状況説明を受けた〈じんりゅう〉の(筆者ふくむ)クルーは、木星の大赤斑直下へと向かったナマコ・グォイドを追跡し、その目的を暴き、可能ならそれを阻止する作戦――オペレーション【紅き潮流】を実行することとなった。
◇チャプター2・発見
▼作戦名【紅き潮流】
・作戦指揮
VS艦隊司令テューラ・ヒュウラ大佐
・技術支援責任者
ノォバ・ジュウシロー技術大佐
・作戦参加艦艇
VS‐802〈じんりゅう〉DS
耐ガス雲深深度使用艦載機・昇電DS×1 セーピアー3 搭載
無人駆逐艦〈ラパナス改〉×五隻
高速戦闘指揮巡洋航宙艦〈リグ=ヴェーダ〉
現地修理用・技術支援艦〈ヘファイストス〉
・作戦概要
〈じんりゅう〉はじめ、全艦が曳航式通信ブイを艦尾に装備することで、ガス雲深深度でのリレー通信を可能にし、無人艦〈ラパナス改〉五隻が加わった全六隻の小艦隊を編成、〈じんりゅう〉を先頭にした単縦陣形でガス雲深深度へと潜航。
〈ラパナス〉はガス雲表層から先頭の〈じんりゅう〉までの間を等間隔の深度にとどまり、木星大赤斑上空で待機する作戦指揮所との通信を中継する。
〈じんりゅう〉は、プローブによる事前調査で発見した、ナマコ・グォイドから発せられたと思しきUVエネルギーの航跡を追い、大赤斑の直下、ガス雲深度150キロから3000キロの間にいると推測される目標へと接近、敵の目的を探り、必要とあらば攻撃し撃破を試みる。
〈じんりゅう〉にはガス雲内での攻撃手段として、耐圧仕様のUV弾頭ミサイルが搭載されており、必要に応じてこれを用いて攻撃を行うが、射程と数に限りがあり使用には慎重さが求められている。
作戦指揮所《MC》として高速戦闘指揮巡洋航宙艦〈リグ=ヴェーダ〉が、さらに〈じんりゅう〉をガス雲深深度使用へと換装させた現地修理用・技術支援艦〈ヘファイストス〉が、大型耐圧特殊UV弾頭ミサイルの発射態勢を維持しつつ大赤斑上空で待機。
〈じんりゅう〉単独での攻撃では、目標撃破が達成不可能と判断された場合は、この大型耐圧特殊UV弾頭ミサイルを大赤斑上空から発射、〈じんりゅう〉の誘導で目標付近にて起爆、弾頭の破壊力と、高圧大気を利用した爆圧の効果で目標の殲滅を試みる。
作戦立案段階から分かっていたことではあるが、大赤斑直下へと潜ったナマコ・グォイドの、総数も目的も判明しないまま実行するには、あまりにも危険過ぎる作戦であった。
グォイドと交戦せずとも、作戦遂行環境が険しすぎる。
ナマコ・グォイドの存在とは関係無しに、この作戦は人類初の木星ガス雲深深度有人潜航であり、未知のことがあまりにも多すぎた。
が、【ケレス沖会戦】で危うくケレスがグォイド・スフィア化されるところであったように、木星の奥底で人知れずグォイドがなにか良からぬ企みを行っている可能性がある以上、作戦を実行しないわけにはいかなかった。
そう理解していても、当時〈じんりゅう〉機関長を務めていた筆者たる私は、大いに恐怖しながら、〈じんりゅう〉ブリッジにいたことを覚えている。
我々は、作戦開始前に【ANESYS】を用いて、木星ガス雲内用の位置情報視覚化プログラムを構築し、わずかながら〈じんりゅう〉航行を補助し、作戦に挑んだ。
そして潜航開始から約3時間後、木星大赤斑上空作戦指揮所との通信が、極めて不安定なまま潜航を続けた〈じんりゅう〉は、ついに遭遇した。
ナマコ・グォイドにだけではない。
人類が初めて遭遇する、己とグォイド以外の地球外知的生命と、UVエネルギーをまき散らしながら、大赤斑直下の奥床で回転し続けるオリジナルUVDにだ。
〈じんりゅう〉から、ナマコ・グォイドの発見と同時に、謎の蛇状巨大生物とオリジナルUVDを発見したという報が届く少し前、この時、ガス雲上空の作戦指揮所《MC》では、大赤斑直下にオリジナルUVDが存在するという情報を独自に掴んでいた。
技術支援艦〈ヘファイストス〉に突如訪れたSSDF後方支援部・情報調査室・別室の■■■■中佐なる人物から、情報供与があったからだ。
要約すれば、かつて大赤斑直真上に建造され、五年と半年前に倒壊した〈ユピテルOEVコーポ〉製軌道エレベーター〈ファウンテン〉の最下部にあるラボにて、同社がすでにオリジナルUVDを発見していたのだという。
あるいは、同社の建造した軌道エレベーターは、非五大国家間同盟地域の企業である〈ユピテルOEVコーポ〉が、秘密裏に発見した木星オリジナルUVDを密かに回収するための施設だったのではないか? と同社が撮影したと思われる木星オリジナルUVDの写真を携え、〈ヘファイストス〉を訪れた■■■■中佐は推理していた。
そして〈じんりゅう〉からの報告にあった、ナマコ・グォイドと交戦中の謎の蛇状巨大生物に関しても、一応の情報をもっていた。
誤解を恐れずに要約すれば、それは木星オリジナルUVDから採取された“起源グォイド細胞”を、〈ユピテルOEVコーポ〉の科学者が培養した結果生まれた、木星産グォイドなのだという。
それがなぜナマコ・グォイドと戦っているかは不明だった。
これらの新情報は、ただちに〈じんりゅう〉へと送られた。
と同時に、判明した事実は直ちにグォイド行動予測プログラムへとかけられた。
グォイド行動予測プログラムの的中率は決して高くは無いが、行動方針を決める参考にはなる。
その結果、大赤斑にオリジナルUVDが存在すること、ナマコ・グォイドの襲来、そして木星の収縮と大赤斑の移動という事実から、グォイドが木星を恒星化さようとしているのではないか? とプログラムは予測した。
もちろん、それはあくまでいくつかある予測の一つでしかなく、的中確率は20%にも満たなかった。
が、その予測はその時点でもっとも有力な仮説であり、また憂慮すべき事態であった。
万が一とはいえ、木星がオリジナルUVDの無限のUVエネルギーにより、爆縮、太陽のような恒星となれば、当然木星圏に住まう人類は全滅してしまう。
木星を失うことは、この先の人類とグォイドとの戦いの、趨勢を決する切っ掛けとなってしまうかもしれなかった。
木星に関する事態は、予想をはるかに超えて一気に深刻さを増していったのであった。
事態急変に伴うテューラ司令の決定を聞くまでもなく、それら新情報を受け取った、大赤斑直下2200キロに潜航中の〈じんりゅう〉が下した結論はシンプルであった。
〈じんりゅう〉の方でも、木星の恒星化の可能性に行きついていたからだ。
ナマコ・グォイドにとられる前に一刻も早く、そのオリジナルUVDを強制停止のうえ回収し、木星ガス雲深深度から脱出すべし! との具申が、ただちにユリノ艦長からガス雲上空の作戦指揮所《MC》へと届き、直ちに受理された。
木星の恒星化はもちろん回避すべきだし、オリジナルUVDをグォイドに渡すわけにはいかない。
オリジナルUVDが何故、木星ガス雲深深度で、むき出し状態でUVエネルギーをまき散らしながら稼働し続けているのかの謎は、観察によりある程度解けていた。
ただでさえ電磁気の凄まじい木星のガス雲の内部が、オリジナルUVDを起動させるための磁気的アプローチを、故意か偶然か、再現してしまったためだろうと推測されていた。
つまり、この天然の磁気的アプローチを遮断すれば、オリジナルUVDを停止させ、木星の恒星化も止められるはずであった。
さりとて、ナマコ・グォイドとの戦闘のみを想定した〈じんりゅう〉が、木星産グォイドとナマコ・グォイドとの戦いをすり抜けてオリジナルUVDを回収するのは、求める結果はシンプルでも、達成するのは至難の業であった。
が、不可能では無かった。
極めて無茶で無謀極まる方法ではあったが、唯一成功の可能性がある手段をもって、【木星オリジナルUVD停止・回収作戦】が実行となった。
作戦概略は以下となる。
〈じんりゅう〉は、オリジナルUVDの観測が可能なギリギリの距離まで一旦上昇し、【ANESYS】を起動したうえで、上空より発射された大型耐圧特殊UV弾道ミサイル二発を誘導しつつ垂直降下。
艦尾にミサイルを従えつつ、〈じんりゅう〉はオリジナルUVDの脇を高速で通過。
そのまま限界深度までガス雲を潜航しつつ、大型耐圧特殊UV弾道ミサイル二発をオリジナルUVDを上下から挟むようにして起爆。
限界まで潜航することで、艦尾方向で起きるミサイルの爆発から難を逃れつつ、オリジナルUVD周辺をミサイル爆発による真空空間にすることで停止させる。
停止状態となり、木星重力に従い落下してくるはずのオリジナルUVDを、〈じんりゅう〉はその直下で待ちかまえ、艦尾ノズルコーン先端に設けられた主機関外部キックスタート用ソケットを流用する形で回収する。
オリジナルUVDを回収次第。〈じんりゅう〉は直ちに木星ガス雲より浮上、上空待機中の僚艦と合流し、作戦終了とする。
※ この間、無人艦〈ラパナス改〉は作戦指揮所との中継と、木星産グォイドと交戦中のナマコ・グォイドを、オリジナルUVDの近くから追い出す為の攻撃に使う。
結果から言えば、この【木星オリジナルUVD停止・回収作戦】は前半分だけ成功した。
〈じんりゅう〉は無事に、オリジナルUVDの停止と回収には成功した。
だが、木星のガス雲から浮上してくることは無かった。
【木星オリジナルUVD停止・回収作戦】において、我々は二つの誤算があった。
一つは、大型耐圧特殊UV弾道ミサイル二発の爆発の耐えたナマコ・グォイド二隻が、オリジナルUVDを回収した〈じんりゅう〉を追跡してきたこと。
もう一つは、木星赤道部での【超ダウンバースト】の発生を予測できなかったことだ。
木星のオリジナルUVDを強制停止させ、〈じんりゅう〉が回収してしまったことにより、木星の南北の半球部表層のガス大気が、収縮の力から解放され、再び元のサイズに戻ると同時に、はみ出るように膨らんでいた赤道部の大気が、その分猛烈な速度で沈降を開始したのだ。
その下降気流の速度は、少なくとも時速1200キロを越え、速度に加えた大気密度の力に、抗える存在など無かった。
それはオリジナルUVDの回収に成功した〈じんりゅう〉の、真上から襲い掛かってきた。
〈じんりゅう〉は直前に行った【ANESYS】が残した指示に従い、マニュアル操艦によって、高圧ガス雲内部でUVキャノンを放つという荒業により、辛うじて追跡してきたナマコ・グォイド二隻の撃破に成功した。
だが超ダウンバーストの襲来に対しては、対応策など無いように思えた。
超ダウンバーストは速度だけでなく、深深度故のガス密度のパワーがあり、浮上しようと思ってどうにかなるものではない。
しかし、ただ一匹だけ生き延びた木星産グォイドが、何故か差し伸べてくれた救いの手により、〈じんりゅう〉は辛うじて生き延びることができた。
木星産グォイド(後にクラウディアンという正式名だと判明する)の案内により、〈じんりゅう〉がガス雲深深度まで垂れ下がっていた木星軌道エレベーター〈ファウンテン〉の残骸にまでたどり着き、そこにアンカーを打ち込むことで、下降気流に耐えることできたのだ。
しかも襲来した超ダウンバーストに対し、そこまで案内してくれた木星産グォイドが、その身を盾にして〈じんりゅう〉を守り、その結果、消滅してしまった。
〈じんりゅう〉は己の振舞いとは関係の無い事象により、辛うじて生き延びることができた。
しかし、ガス雲表層への再浮上は絶望的となった。
超ダウンバーストは周期的に幾度も発生する現象であり、二度目の襲来までに浮上することなど不可能だからだ。
〈じんりゅう〉艦長のユリノ中佐は、ノォバ技術大佐によって耐圧しように改修されていた〈じんりゅう〉艦載機“昇電DS”に、パイロットたるクィンティルラ大尉と、情報伝達要員として、筆者ことキルスティ・オテルマ少尉を脱出させ、作戦指揮所へと状況報告と救助の要請に向かわせることを決定した。
大いにギャンブルであったが、昇電DSであれば、軌道エレベーター〈ファウンテン〉の円筒状の残骸内部を通過し、次の超ダウンバーストが来る前に浮上が可能であった。
もちろん、ここに残る〈じんりゅう〉も、座して次の超ダウンバーストを待つつもりは無かった。
昇電の脱出以上のギャンブルであったが、一応この危機を乗り切る算段が無くは無かった。
先刻のナマコ・グォイドとの戦いで、プローブ替わりに使用した無人機セーピアーが、何故か圧壊深度を優に超えたガス雲深度2300キロから信号を送ってきたのだ。
常識では考えられないが、それは今〈じんりゅう〉のいる深度よりも100キロ近く下に、セーピアーでも耐えられる低気圧の空間があることを意味していた。
ユリノ艦長は昇電を発艦させた後、その低気圧空間に一縷の望みをかけて、潜航しようというのであった。
異議を唱えようにも、代案など無かった。
こうして筆者たる私は昇電DSに乗り、クィンティルラ大尉と共に木星ガス雲深深度から脱出した。
その後〈じんりゅう〉がどうなったかを知るのは、しばし先のことであった。
私ことキルスティ・オテルマが、仮に【木星事変】と呼称する今回の一連の事件の当事者足り得たのは、ここまでであったかもしれない。




