嘘の考察
ゲーム開始のチャイムが鳴り、全員の表情がぐっと引き締まる。
まず部長がルール通りに例の紙を開き、文を読み上げる。
「俺の順位は一番低い。大友は嘘つきでない人」
僕は部長の台詞をそっくりそのままメモする。ゲーム開始前のルールでメモは禁止されていない。
ちらっと他の部員の様子を見ると、大友先輩も後藤先輩も僕と同じくメモを取っていた。流石に論理パズルで重要な要素を文字で残さないという失態は誰も起こさない。むしろ他の部員の様子の確認に時間を使っている僕が一番出遅れていると言っていい。まだ一人分の条件しか分かっていない現状では大きなロスではないが、油断しすぎだ。
「あ、そうだ。言い忘れてた」
ここで部長が僕らの思考を遮る。何だろう。ルールの補足だろうか。
ルールの補足ならメモを取る必要がある。僕は部長の発言を聞き漏らすまいと集中する。暫しの空白の時間を以て、部長が口を開いた。
「嘘つきは嘘を言い、嘘つきでない人は本当のことを言う。それと嘘つきは一人だけだからな」
……ん?部長は何を言っているのだろう。
そりゃあ嘘つきは嘘をつくから嘘つきなわけで。そんな当たり前なことをわざわざ補足する必要があるのだろうか。それに嘘つきは一人だけって、さっき後藤先輩が嘘つきの人数を訊いたときには答えなかったのに、どうして今になって言ったんだ?
――そうか。論理パズルの問題では『嘘つきでない人が本当のことを言うとは限らない』といった条件を持つものも少なからず存在する。つまり、嘘つきでない人が嘘をつくことは有り得ないというルール補足か。
しかし、後者の謎は一向に分からない。部長は言い忘れてたと言っていたが、後藤先輩が質問したときに答えなかった理由にはなり得ない。質問に答えるまでにタイムラグがあったのは何故だろう。
「俺の順位は2位だ。小泉は嘘つきでない人」
僕が違和感について考えている内に、大友先輩が紙を開いて条件を読み上げていた。まずいまずい。今はメモを取る時間だ。僕は急いで筆を走らせる。
テーブルには時計回りに部長、大友先輩、僕、後藤先輩の順に座っているので、流れから言って次は僕だ。僕は紙を開いて読み上げる。
「僕は後藤先輩より順位が高い」
ここで先に後藤先輩に読ませれば最後に残った僕が先に全条件を知ることができるのだが、それは卑怯な気がしたのでやめておく。勝利は正々堂々勝ち取るのが一番だ。
「私の順位が一番高い」
最後に後藤先輩が読み上げて全条件が揃った。
部長「俺の順位は一番低い。大友は嘘つきでない人」
大友「俺の順位は2位だ。小泉は嘘つきでない人」
小泉「僕は後藤先輩より順位が高い」
後藤「私の順位が一番高い」
時間が惜しかったので敬称略になっているのには目を瞑ってほしい。さて、部長の考えた論理パズルはどれだけ難しいのか……あれ?
これ、超簡単じゃないか?
後藤先輩と僕の発言が完全に矛盾している。つまり、一人しかいない嘘つきはこの二人のどちらかで確定。そうなると部長と大友先輩は本当のことを言っているのでそれぞれ4位と2位で確定。大友先輩の「小泉は嘘つきでない」という発言から僕も嘘つきではない。したがって、嘘つきは後藤先輩。順位は上から僕、大友先輩、後藤先輩、部長で確定。
しかし、ここで大きな違和感に気づいた。
何故、僕が1位なんだ?
実は今回のテストのとき、僕は解答欄を1つずらして解答してしまったため、点数が取れているはずがないのだ。つまり0点である。0点が1位というのは物理的に考えて有り得ない。いや、もう身も蓋もない言い方をしてしまうが、ビリ間違いなしだ。
そうなると僕が嘘つきということになるが、僕が嘘つきだとすると大友先輩も嘘をついていることになり、嘘つきが二人になってしまう。これは一体どういうことだ?
答えは1つ。嘘つきは一人だけじゃないんだ。
部長の「嘘つきは一人だけ」という言葉が嘘だったんだ。後藤先輩の質問の回答にタイムラグがあったのは、この嘘をついたときにゲームが破綻するかどうかを考えていたのだろう。そして、問題がないと判断して嘘をついた。嘘つきの論理パズルにおけるルールの補足が矛盾するなら、その補足が嘘だと導き出すことは容易だ。つまり、嘘つきは二人以上いるということになる。
そうと分かれば早速考察だ。僕が嘘つきである前提で条件を見直してみよう。
部長「俺の順位は一番低い。大友は嘘つきでない人」
大友「俺の順位は2位だ。小泉は嘘つきでない人」
小泉「僕は後藤先輩より順位が高い」
後藤「私の順位が一番高い」
僕が嘘つきなら発言から大友先輩と部長も嘘つきということになる。ここで嘘つきの発言の意味を反転させると――
部長「俺の順位は一番低くはない。大友は嘘つき」
大友「俺の順位は2位ではない。小泉は嘘つき」
小泉「僕は後藤先輩より順位が高くない」
後藤「私の順位が一番高い」
――こうなる。後藤先輩が嘘つきかどうかは考察を続けていけばはっきりするだろう。僕はそう思ったが、またも違和感に阻まれた。
これらの条件でまずはっきりしているのは、部長が4位でないことと大友先輩が2位ではないこと、そして僕が後藤先輩より順位が低いこと。僕は0点で4位が確定するから、後藤先輩が嘘つきでなければ順位は後藤先輩、部長、大友先輩、僕で決まるが、後藤先輩が嘘つきであっても答えが成立してしまう。つまり、複数解が考えられてしまい順位の特定ができない。
僕の考えが間違っていたのか?僕は自分の思考を顧みる。
まず僕は論理パズルを普通に解いた。しかし、0点であるはずの僕が1位になっていたからその答えを却下したんだ。
――もしかして、その時点で間違っていた?解答がずれていたのは気のせいで、本当はきちんと書いていたのかもしれない……。
いや、それはない。あの時、確かに僕は解答のずれに気付いていたし、部長からも解答がずれていたことについて叱責を受けた。0点であるのは間違いない。同点だったときの順位についてルール説明がなされていない以上、0点はビリで間違いないはず。ここまでは合っている。
その後、ビリである僕は嘘つきになり、発言から大友先輩も嘘つきになってしまうから、部長の「嘘つきは一人だけ」という言葉が嘘だという結論に至った。ここも特に問題はない。
では、どこが問題だというのか。
僕が思考していると、静かだった部室内に声が響いた。
「『嘘つきは嘘を言い、嘘つきでない人は本当のことを言う』ってのと、『嘘つきは一人だけ』っていう部長の補足が両方本当か、両方嘘かどうか俺が特定するのは難しいが、小泉か後藤なら分かるんじゃないかな」
大友先輩の声だった。
嘘つきは嘘を言い、嘘つきでない人は本当のことを言う、というのが嘘?それはつまり、このゲームにおける『嘘つき』は本当のことを言う人を指すもので、『嘘つきでない人』は嘘をつく人を指すということ?考えていてこんがらがりそうだが、それが事実ならば考える余地が生まれる。
しかし、僕は疑問に思った。何故、ここで僕や後藤先輩に助け舟を出すような発言をしたのか。大友先輩の発言をそのまま受け取れば、自分が分からないから諦めて僕と後藤先輩に任せたように聞こえるが、大友先輩は途中でクイズを諦めるような人じゃない。
それでは、どんな意図からの発言だったのか。僕と後藤先輩に対するミスリード?それとも本当に助け舟?助け舟だとしたらそのメリットは?……分からない。
僕の思考が巡り巡る中でも時計の針は無情にも刻を刻み続けていく。
ゲーム終了の鐘の音まで、あと五分――。




