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エピローグ 出国

「ほんと、お金って大事ね」

 国境に向かう馬車に揺られながら、自らが書いた原稿のチェックを終えた女はしみじみと語った。

「あなたが協力してくれて良かった。私を買ってくれてありがとう」

 にこやかに礼を言った女に対し、隣にいた護衛の男はふてくされた顔をしていた。

「自分で自分を買ったんだろ。…おまえの金を使っただけで、俺は一銭も払ってない」

「それでも、買いに行ってくれたことが大事なのよ」



 女と最後に会って二週間後、男は手紙を受け取っていた。


 旦那様

 お小遣いを差し上げましょう。

 ご自由にお使いください。

 もしよろしければ、私をお買い上げいただけませんか?


 一目見て、かつて妻になるはずだった女からの手紙だとわかった。

 手紙には相当な額が書かれた小切手が同封されていた。平民なら二、三年遊んで暮らせるほどの額だ。


 得体の知れない女だが、嘘はつかない。

 気になって調べれば、闇市場で売り買いされる商品に女の名があった。売り主は夫だった。男は代理人を通じて市場に出る前に女を買い、自由にした。

 それで終わるはずだった。

 それなのに、国を出るので護衛として雇いたいと言われ、名誉ある騎士団員の職を辞して同行することを決めた。辞職理由を聞かれ、誰とは言わなかったが女について行くと答えると、頭がおかしくなったのではないかと誰もが言った。愚かな決断だと自分でもそう思う。

 そして今、こうして女と同じ馬車に乗っている。



「それにしても、よくあんな大金持っていたな」

「とある御方に頼まれて小説を書いて、破格の原稿料をいただいたの。これが売れ行きが良くて…。身内に売られて王弟の人形になった娘。卑劣な男の手から逃れながら、家に戻ってからも王弟との関係を理由に虐げられ、ようやく見つけた真実の愛も打ち砕かれる。ラウレル王国ではあの事件を彷彿とさせる内容に話題騒然! みんなスキャンダルは好物だもの」


 女の話を聞きながら、男は溜め息をついた。

「…ハッピーエンドじゃないのか」

「ハッピーエンドじゃ受けないのよ? …向こうの国の人は、もう少し向こうの事件の暴露話が欲しいかしら。公爵様の許可が降りれば書き足してもいいけど、公爵家の品位を保つ程度でなければいけないし、被害にあった子達に変な噂が立つのは避けたいわ」

 女はかつて男に見せていたマナー通りの微笑みを浮かべることはなくなり、時に悪巧みをするような笑顔を見せ、時にしかめっ面をして考え事をし、感情のままに生き生きと表情を変えた。


 馬車の行く先はラウレル王国。女の書いた本がベストセラーになった国だ。出版にはその国の公爵が絡んでいるという噂もある。

「行き先はあの国でいいのか? 王弟はあの国でまだ生きてるんだぞ?」

「悪役が生きてる方が売り上げが上がるから、もうしばらく憎まれていてくれるとありがたいわ」



 王弟が二度と社会に出られないのは確定だ。何せ王の孫娘に手を出そうとしたのだから。

 公爵家には王弟の母国から警告じみた手紙が何通か届いていた。共通していたのは「王弟に気をつけろ」という内容だった。

 婚姻の前に身辺を調べたが、特に何も出てこなかった。念のため公爵家でも警戒はしていたが、やってきた結婚相手は穏やかで子供好きな男にしか見えなかった。


 あの手紙はただの誹謗中傷だったと思いかけた頃だった。

 一年をかけて義理の娘達と信頼関係を築き、王弟は子供達になつかれていた。特に下の娘は実の父をよく覚えておらず、本当の父親だと思って膝の上に乗って本を読み、馬車で出かける時も喜んで隣に座っていた。

 いつものように下の娘を散歩に連れ出した。護衛が呼び出しを受けたが、屋敷の中なので大丈夫だと散歩を続けた。日差しが気になり、控えていた侍女に娘の帽子を取りに行かせた。

 誰もいなくなったところで、悪い虫が騒ぎ出した。王弟は娘に抱きついた。執拗に体に触れる様は挨拶を超えていた。かわいい、かわいいと何度も言いながら手や腕、頬や首などあちこちに唇を寄せ、手が膝に触れると興奮を抑えきれなくなり、そのまま近くの園芸用の作業小屋に連れ込んだ。

 娘の泣き声に庭師が気付き、二人を探していた護衛が駆けつけた。

 王弟は転んだ娘を介抱していたと言ったが、仰向けに倒された娘のドレスの裾は過剰にめくりあげられていて、足に怪我はなかった。

 娘は大泣きしながら、自分がされたことを訴えた。

 王弟はいつもは自分を守っている護衛に捉えられ、後ろ手に縛られたまま自室で沙汰を待つことになった。

 未遂に終わったのは不幸中の幸いだったが、娘は心に深い傷を負った。


 孫を襲い、娘を裏切った男に対し、王は即座に王城の地下牢に収監し、断種のうえ終身幽閉することを決めた。他国の王族でなければその日のうちに断首されていただろう。

 王弟の母国に前科がないか調査するよう求めたが、何もないの一点張りだった。性癖については知らなかったと答え、賠償にも謝罪にも応じなかったが、王弟の身柄の返還を求めることもなかった。

 王弟は刑を執行され、貴族牢から出ることは許されなかった。


 調査によりこの一年で三人の年端のいかない子供達が被害に遭っていることがわかった。公爵は対応の遅れをわびて子供達を保護し、風評によりさらなる被害を受けることがないよう手を尽くしている。


 王弟の母国で何もなかったなどと、信じられる訳がない。

 公爵は結婚前に手紙をよこした者達を探した。そのうちの一人は最近になって連絡がつくようになったが、幼い頃に王城にいたことをほのめかしてきた。当時のことを聞かせてほしいと問えば、物語のように綴られ、公爵は届いた返信をまとめて架空の小説として売り出すことにした。

 卑怯な友好国への警告を込めて。



「この国でも出版が決まったから、後編も書き上げてがっちり稼がなくてはね。この国に『王弟の人形』がいないなら、隣国の操り人形が書いたフィクションなんて気にならないはずだけど…。出版禁止になるまでが勝負ね」

「読めば、誰が書いたか一目瞭然だぞ」

「平気よ、書いた『私』は死んでいるもの。夫は恋人に私の部屋を使わせ、あの女は私のドレスや宝石を身につけて喜んでいたわ。その格好で死んでくれたおかげで、みんな私が死んだと思い込んでる。お葬式も終わり、籍も消えたし、ありがたーく、人生やり直させてもらうわ。この足だって、まだ治る見込みがあるって言われてるもの。…諦めないわ」

 自分の死さえも喜ばしい。女は死ぬことで自分に架せられた呪いのような境遇をようやく捨てることができたのだ。


「あの内容じゃ、おまえの家は大変だろうな…。おまえには敬服するよ」

 女は気取った笑顔になり、

「強くてかっこよくて素敵なご主人様にお買い求めいただけたおかげですわ」

と言った。その作られた高貴な口調に男はかつてのこの女を思い出し、渋い顔をした。


 「王弟の人形」の次は「ご主人様に買われた女」、そんな境遇にもかかわらず、女の前途は明るい。

 「足の悪い高貴な女」には男が買った後でも興味を示していた者がいた。一歩遅ければ、今頃見知らぬ男の所有物になり、この場にいなかったかもしれない。女の人を見る目は秀逸で、心苦しさを押しのけででも助けを求める相手を誤らなかった。それが女自身を救った。

 小説はバッドエンドだが、この女にとって自分の死はこの上ないハッピーエンドと言えるだろう。


「改めて言うけれど…。護衛を引き受けてくれてありがとう。とても心強いわ。このまま、向こうに着いてからも、一緒にいてくれると…、嬉しいのだけど…」

 女は少し俯き、視線を外した。

 他国に向かう女に同行すると決めた時、男は既に覚悟を決めておきながらも、まだ答えは心の内に秘めていた。それを明かすのはさほど先ではないだろう。


 うららかな陽気に、女はこくり、こくりと船を漕ぎ始め、ひと揺れの後、男の肩を枕にして気持ちよさそうに寝息を立てた。男は肩に感じる心地よい重さを拒否することはなかった。







お読みいただき、ありがとうございました。


R18未満を意識し、ゲス表現はある程度抑えておりますが、

自分でも胸くそ悪くなりました。


うげぇが出る設定に、進むごとに悪化していく環境。

鬱々とした世界、救われるのは最後の1話。

途中で読むのが嫌になった方もいるかもしれません。

(そういう人はこの後書き読んでないか…)


ネタバレを嫌いあらすじでも闇ハッピーエンドをほのめかさなかった中、

最後まで読み切ってくださった方、

本当にありがとうございました。



あらすじでのまるまる人名間違い、ご指摘ありがとうございます。

大感謝! & 大反省…


毎度ながら予告なく修正します。

誤字ラ出現、ご容赦ください。


誤字直し、直す作業で誤字を産む

誤字は続くよ、どこまでも…。


誤字脱字チェックを含め、

今のところ、家で好きに書く文章は生成AIフリーにしております。



2026.10

栗の美味なる秋


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