第8章
「武藤先生の話ですか?」
横川は恐るおそる尋ねた。
「ええ、北村先生が、横川先生に尋ねれば詳しく話してくれるとおっしゃっていましたので」
横川は北村の思惑が全然分からなかった。
謝礼が入る話であるならば、北村自身が武藤と古館泉水のお父さんとを仲介すれば良いはずだ。これは変だ。横川はヘネシーの水割りを飲みながらも、冷静に物事を判断しようと努めた。
予備校講師という「やくざ」な仕事だが、大学では科学を学び、論理的な思考力を獲得しようと努力していたこともあったわけだから、この状況を何とか分析しないといけない。
「北村先生はなんておっしゃっていたんですか?」
横川は古館に尋ねる。
「詳しくは横川先生に聞いてください、とのことでした」
横川はヘネシーを更にもう一杯喉を通しながら、逆に質問した。
「どこまでお聞き何ですか?」
古館もヘネシーを一口飲んでから答える。
「理事推薦枠があるとか」
「武藤教育研究所の武藤先生からのオファーですよね」
「ええ、その通り」
横川はテーブルに肘をついてしばし沈黙した。
北村が自らではなく、自分を仲介させようとするには、何か理由があるはずだ。
「北村先生から話をつなげていった方が簡単ではなかったのではないでしょうか」
「いえいえ、北村先生が、担任の横川先生とお話ししてからの方が良いとおっしゃっていました」
「妙ですね、武藤先生を僕に紹介したのも、北村先生でしたから」
「それってどういうことですか?」
古館は驚いたようだった。
「先日北村先生から突然武藤先生に会うように言われ、本当は北村先生もご一緒する予定だったんですが突然用事があるということで、結局僕だけがお会いする形になったんですが、そのとき確かに理事推薦枠の話を聞かされました」
「どんな話でしたか?」
古館は興味深そうに尋ねる。
「何でも、ある理事が入試改革の一環として、医者にふさわしい学生を、独自に集めたいと思ったらしくて、入試方法を変えるとかは、学内の意見も色々あるから手続き上難しいので、OBの推薦枠を、利用しようとしているとか言っていました」
「なるほどね」
古館はヘネシーを口に運ぶ。
「でもお金の話は武藤先生からは聞いていません」
横川はきっぱりとした口調で言った。
「まあそういう場合、寄付金とかは仕方ないけれどもね」
古館は、ある程度そういう事情を把握しているようだった。
「寄付金ならばそうなんですけれども、武藤先生は、そうじゃないものが必要だとにおわせているんですよ」
「斡旋料とか?」
まさしくその通りだ。
「これははっきり言って、いわゆる『裏口入学』の類です」
横川はヘネシーを一気に飲み干してから断言した。
「そうですか」
古館はヘネシーに一口つけてから話を続けた。
「正直なところを言っていただき、本当に感謝いたします。北村先生からお話があったとき、正直言って、その話に乗ろうかと真剣に考えていました。でも少し引っかかるところがあって、横川先生かのお話を聞いてからと思って今日お会いしたんですが、やっぱり怪しげですよね」
「おっしゃる通りです」
横川は古館の反応に驚いた。
「横川先生、今日は本当にありがとう。これで結論が出ました。後は楽しく飲みましょうよ」
古館はママに目配せして、女子二人も再度横に座り、ヘネシーの水割りを作ってくれた。
「和泉がもう一年頑張りたいと言っているならば、先生、お願いしますよ
父親の気持ちを確認でき、横川は安堵した。
横川は良い気分になって店を出た。これで泉水の指導にも専念できるだろう。和泉の父親も、あんな怪しげな話に乗るような人でもないと安心した。
しかし、あの話は一体本当なのだろうか。横川は本当のところを知りたいと思い始めていた。




