悲劇の始まり Ⅰ
俺の名前は八神彰人。
東京都内のとあるアパートで独り暮らしをしているごく普通の高校生だ。
普通とは言っても他の同年代からしてみれば、それなりに苦労の絶えない人生を歩んでいるように見えるだろう。
そう、俺には既に両親がいない。
七歳の頃に父親がいきなり蒸発して行方不明となり、十三歳の頃には母親が不慮の事故で他界している。
母の死は本当に突然の出来事だった。
最後に交わした何気ない会話が今でも記憶に焼き付いている。
あの日に戻って母を助けたいと何度願ったことか。
だけど時間が経つのは早いもんで、気付けば俺も、もう高校二年生。
当時味わった途方もない悲しみも薄れつつある。
それが"生きる"ということなのだろう。
それからというもの、何不自由なく学校に通わせてもらい、精神が崩壊することなく生きてこられたのは、紛れもなく母方の祖母のおかげだ。
俺を実の息子のように育ててくれた恩人であり、常に心の支えとなってくれていた。
あの時、近くに祖母がいなければとっくに心が折れていただろう。
俺は高校に入学すると同時に祖母の家を離れて一人暮らしをし始めた。
いずれしっかりと恩を返したいと思っている。
さて、そろそろ語るとしよう。
あのゴールデンウィーク明けの登校日から始まった、俺の壮絶な人生録を。
ーーーー2026年5月7日木曜日。
「もう休みも終わりかぁ」
今日はゴールデンウィーク明け初日の登校だ。
学校へは基本徒歩で通学しているので、バスや電車を利用することはほとんどない。
東京都内では比較的田舎と呼ばれる地域に住んでいるため、山や川といった雄大な自然に囲まれている。
俺はいつも通り心地良く吹き抜ける風を感じながら学校へと向かった。
校内の下駄箱で上履きに履き替えていると、クラスで仲の良い男子生徒と遭遇した。
彼の名前は笹野健斗。
明るい性格の持ち主で、クラスのムードメーカー的な存在だ。
二年生に上がってクラス替えをしてからというもの、中々クラスに馴染めなかった俺に対して最初に声をかけてくれたのが笹野だった。
「おはよう!」
「よ、彰人。今日は避難訓練の日だけど忘れてないよな?!」
「あ、すっかり忘れてた……」
「お前ってそこそこ勉強は出来るのに、結構忘れっぽいとこあるよな!」
「はは、最近よく言われる!」
確か午前中の何処かの時間帯で避難訓練が実施されると担任が言っていたような。
教室へ入ると、いつも通り賑やかで変わりばえのしない平穏な日常が広がっていた。
また勉強が始まると思うと憂鬱な気持ちにはなるけど、やっぱり一人で家に居るよりも全然楽しいかな。
三限目の授業が終わると同時に火災報知器が強烈な音と共に鳴り響く。
一階の調理室から火災が発生した想定で、皆一斉に教室を飛び出し避難を開始した。
担任の教師に誘導されながら、所定の避難経路を通りつつ校庭へと向かう。
「あ、やべっ、一旦戻るか……」
俺はスマホを教室に置いてきたことに気付いた。
皆が続々と通り過ぎる中、一人教室へと逆戻りする。
教室に戻ってくると、何やら焦った様子で探し物をする人物がいた。
彼女の名前は高山優月。
普段あまり接することの無い同じクラスの女子生徒である。
おそらく俺と同様に忘れ物を取りに来たのだろう。
「さて、スマホスマホっと…………あった。急いで校庭に行かないと」
若干目が合ったような気がするけど、高山さんと言葉を交わすことはなくその場を後にした。
校内は感じたことのない異様な静けさに包まれている。
生徒や教師のほとんどが学校の校庭に集まっているからだろう。
長かった避難訓練を終え、下校の時間となる。
笹野とは家が近いから、最近は一緒に帰宅することが増えた。
一人でとぼとぼ帰ることが多かった俺的には嬉しい限りである。
「お疲れ〜」
「また明日なぁ〜」
帰り道の途中で笹野と別れ、自分が住むアパートの前に到着した。
すると、同じアパートの一階に住んでいる住人と目が合った。
「こんにちは」
「……」
俺は大きな声で挨拶をするが、相手が挨拶を返すことはない。
この人は普段から愛想のかなり悪い人で、良くない噂の絶えない人物だ。
(いい歳こいた大人が挨拶も出来ないとは)
まぁいつもの事なので特段気にすることもなく、自身の住むニ階の部屋へと向かう。
自室に戻るとリビングのカーテンが揺れていて、窓がわずかに開いていた。
「あぁ、開けっぱなしだった」
俺はサッと窓を閉める。
今日は家に食材が何もない。
仕方がないから近くのコンビニで今日の夕食を買いに行くことにした。
出かける際によく使用するバッグを持ち、身支度を整え自転車でコンビニへと向かう。
目的のコンビニに入ると、ハキハキとした口調で挨拶を行う店員がいた。
明るい笑顔を振りまき、まさに接客の鏡とも言えるような仕事ぶりである。
「栄養偏るけど、また焼肉弁当でも買うかな」
棚に綺麗に並べられている弁当を手に取りレジへ。
……と、その時だった。
何者かの視線を感じて振り返る。
辺りを隈なく見渡してみても、俺を見ている人物は確認できない。
「気のせいか……少し疲れてるのかもな」
この時は深く考えることもなく、商品を購入してコンビニを後にした。
アパートの自室へと戻りドアを開けると、何やら人の気配を感じた。
この感覚……何者かが部屋に侵入しているのは間違いない。
異様な緊張感が漂う中、勇気を振り絞って部屋の中を確認しに行くことにした。




