第7話 必死で生きようとしている
その日の午後、キャンプ場の中央に置かれた小さなラジオから、突然、緊急通報の音が響いた。
『──全国の皆さまに緊急のお知らせです』
その声だけで、休憩エリアにいた人たちの空気がピンと張りつめる。
『現在、各地で原因不明の感染症が確認されています。罹患した場合、意識障害を起こし、錯乱状態になる可能性があります──』
「……」
誰もが息を呑んだ。
昨日からSNSに流れていた土気色の顔、白目を剥き、涎を垂らして暴れ回る“あの動画”。
あれは、フェイクでもデマでもなかった。
『政府は自衛隊を派遣し、事態の鎮圧に当たります。国民の皆様は外出を控え、安全確保に努めてください』
安全確保といわれても、ここは人里離れた山中。
下りの道は塞がれている。
外出を控えろと言われても、そもそも帰れない。
キャンプ場全体が、不安のざわめきに包まれた。
……
急遽、ここに残るか下山を試みるかの話し合いが行われ、意見は真っ二つに分かれた。
結局、二手に別れることで皆が納得。
歩いて下山する人々と、キャンプ場に残って救助を待つ人々。
「お兄ちゃん……どうしよ」
「んーー……」
兄は腕を組み、真剣な顔で考え込んだ。
その姿が逆に茜を不安にさせる。
「……残ろう。今のところ、ここは安全だし。食料も二、三日ならなんとかなる」
「……うん。私も、それでいい」
二人は残る決断をした。
家族連れの中には、父親だけが街へ様子を見に行き、母子は残ると決めた人たちもいた。
泣きじゃくる子どもを宥め、頭を撫でながら出発していく父親の姿が、茜の胸を締めつけた。
下山組を見送ったあと、残った人々で物資の確認が始まる。
老夫婦の旦那さんが、落ち着いた声で自然と全体をまとめていく。
「あくまでも、個々の都合は尊重します。無理に物資を出す必要はありません。ただ……出来る範囲で助け合いましょう。一人ではどうしようもない事も、二人、三人なら何とかなるものですから」
その姿には不思議な説得力があった。
大企業の役員経験があると後で聞いて、茜は妙に納得した。
皆が賛同して、慣れたキャンパーたちが話し合いで案を出して行く。
薪と燃料は節約し、料理はまとめて調理してロスを減らす。
夜は皆で中央のスペースに集まり、互いに様子を見守る。
皆不安は感じつつも、笑顔で声を掛け合い、淡々と夜に備えた。
夕食は皆で輪になって食べた。
不安はあったものの、心強い仲間たちに守られているような安心感があった。
◇ ◇ ◇
そして、翌朝──。
テントから出てきた茜は、空へ向けてスマホを掲げる大人たちの姿を見た。
「……通話、全滅だ」
「メッセージも……エラーばっかり」
「ネットも繋がらない……」
電波は“ある”。
だが、どことも繋がらない。
ラジオも砂嵐のような雑音しか流れない……。
皆の表情が、一気に青ざめていく。
そんな中──
ふいに元気な声がキャンプ場へ響いた。
「ただいま戻りましたー!」
早朝から釣りに行ったという二人の男性キャンパーが、笑顔で戻ってきたのだ。
手にはバケツ。
子どもたちが駆け寄り、その中を覗き込む。
「お魚だ!!」
「わぁぁ……!」
生きの良い魚が、バシャバシャと跳ねている。
その様子に、一瞬、沈んでいた空気が明るさを取り戻す。
「じゃあ私も」
熟練ぽい女性キャンパーたちが近くの林へ入り、野草や木の実を抱えて戻ってきた。
「この辺、食べられるもの結構あるのよ。誰か、油持ってる?」
人々にざわめきが戻り、笑い声すら聞こえる。
不安はある。正直に言って、怖い。
けれど、皆──必死で生きようとしている。




