第五話 「どうしてって。いつものことだ」
そんな心配をよそに、オリヴィアと王様が一緒にいる時間は増えていった。
オリヴィアのことは常に気にかけ様子を見ていたが、彼女が怪我をするようなことはなかった。むしろ、彼女の様子からすると、王様は人間に対して友好的な方なのではないか、とさえ思えてきた。
王様が部屋から出てくることが増えたおかげか、ドラゴン様たちの機嫌も良く、城の者が叱られることも少なくなった。城内の空気が今までになく、明るく、みんなが伸び伸びと過ごせているように感じる。
ここから何かが変わっていく。そんな一筋の光が見えた気がした。
だが、平穏な時間は長くは続いてくれない。
また狩りの時間がやってきた。今日は運良くいつもより多く食料を調達することができた。みんなには気づかれないよう、久々にメグとネッドのもとへと向かう。
「お前ら! それで俺様の腹が膨れると思ってんのか!」
突然聞こえてきた怒声に、思わず草陰に身を潜める。そこで見た光景は、あまりに衝撃的なものだった。
筋骨隆々のドラゴン様が、小枝のような子どもたちを力まかせに殴りつける。
何度も、何度も。
カッとなるのを感じた。持っていた狩りのための槍を握りしめる。
「待て」
声の聞こえた方向を睨みつけるように振り返ると、あの黒いローブをまとった男が立っていた。
「何故止める」
「そんなもので勝てるわけがないだろう。返り討ちにあって死ぬのが落ちってやつだ」
自分の手にする槍に目をやる。ドラゴン様相手にこんな普通の武器が通用するはずもない。
何も言い返すことができず、悔しさに歯を食いしばる。そしてもう一度、メグとネッドに目を向けた。与えられる暴力に抗う術もなく、ただただ小さく体を丸めている。
「どうしてこんなひどいこと」
「どうしてって。いつものことだ」
これが……いつものこと……。
城の外が酷い状況だと分かっていた。だけど、こんなことが日常的に起きているなんて、俺には理解できていなかった。
やっと気が済んだのか、ドラゴン様が殴るのをやめ、どこかへ歩いていく。俺はすぐさま、草陰から飛び出し、ふたりに駆け寄った。
「おい! 大丈夫か?」
ふたりを抱えあげたが、メグはもう事切れていた。どれだけ揺すっても反応がない。徐々に体温が失われ、メグが冷たくなっていく。
涙が止まらなかった。
自分の中で何かが崩れていく。
「ついてこい」
俯いたままの俺に、黒ローブが言った。
連れてこられたのは、まだ城のみんなとは踏み込んだことのない場所だった。
痩せ細った人間たちが重労働を強いられている。立っていることもままならず、倒れた人間にドラゴン様が容赦のない暴力を浴びせる。
「これが現実だ。俺たちは絶対にドラゴンを滅ぼす。お前を待っているぞ、リアム」
そう言い残し、男は去っていった。
翌朝、狩りの担当を外された。様子が変だと、親父たちが気遣ってくれたのだ。
俺の足は無意識にオリヴィアを探し始め、城の中をふらふらと彷徨い歩く。
そんな俺の目に飛び込んできた、衝撃的な光景。王様がオリヴィアを抱きかかえている。
頭が真っ白になる。
また自分の中の何かが崩れ落ちる音がする。
気がつくと、俺は地面に這いつくばっていた。王様の魔法のせいだ。
悔しい。
悔しい。
滲む視界の中で、歩いていくふたりの姿を見つめることしかできない。
悔しい。
オリヴィアが、使用人部屋へと戻ってきたが、彼女の口から出てくるのは、王様を庇うような言葉ばかり。
どうしてなんだ。
俺の方がずっと一緒にいたのに。
俺の方がオリヴィアのことを、ずっとずっと大切に想っているのに。
どうしてオリヴィアはあいつの味方ばかりするんだ。
俺たち人間に暴力を振るうドラゴンなんかに!!
全身が沸騰しているように熱い。
「何かあったの?」
オリヴィアの声が、俺を現実へと引き戻す。
俺を心配する声。
俺だけのために向けられた言葉。
俺を見つめる瞳。
今までも。
これからも。
俺だけのために。




