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あの夏祭りをもう一度…  作者: たま
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最終章・儚き夢は走馬灯のごとく

すいません

31日を過ぎました( ノ;_ _)ノ


2018年某日--響子視点


 私は君の言葉にただ呆然とするしかなかった。

 目の前に存在する君は私の記憶の君じゃなくて桐島悠人本人の意識、もっと言えばあの事故までの記憶の存在だなんて信じられるわけがない。


「うん、驚くのも無理のない事だと思います。だから私の存在は幻と思ってくれても構わない…けど」


 少し悲しげに私を見つめる君。


「どうしても響子さんに伝えたくて」


 そっと取り出した見覚えのある小さな箱。


 それを君があの夏祭りに持っていたことも知っているし、現実の私はそれを身に付けている。


 あの日、それを見つけて私は覚悟を決めたから。


○●○●○●○●○●○●

2018年某日(現実世界)


 今、目の前で起きていることが理解できない。


「…なんで?」


 周囲の喧騒と鳴り響くクラクション、遠くから聞こえるサイレンの音が近づいてきている。


 私は信じられなくて動けなくて、ただ愕然と目の前の光景を見つめることしかできない。


「大丈夫ですか!どこか怪我をしていませんか!」


 救急隊員の呼びかけが私に向けられていることに気づいた私は漸く目の前の光景が現実だと認識した。


 そのあとの事は何も覚えていない。


 君が運び込まれた救急車に私も乗り、辿り着いた病院の手術室の前のソファに座り押し寄せる不安に呑み込まれそうになりながら何時までもガタガタと震えていた。どれだけの時間が過ぎたか分からない。


 手術は無事に終わったけれど意識が戻らない。


 まるで眠っているかのような君を見つめていた私の視界に夏祭りに君が持っていた信玄袋が止まる。


 その隙間から見える小さな箱と一枚の紙。

 心臓かドクンッと高鳴った。

 見ちゃいけないと分かっているけど見えてしまったその紙に書かれた文字、婚姻届に書かれた君の名前。


 震える指先で婚姻届と箱を手に取る。


 開けるのが怖いけれど私は震える指先で小さな箱を開けた瞬間、微かな輝く指輪に嗚咽が漏れた。


 

○●○●○●○●○●○●


 2020年--桐島邸


「…本当にいいのかね?あの事故からもう2年だ。悠人はこのまま目覚めないかもしれない。響子さんが責任を負う必要はないんだよ?」


 私は君の実家で君の両親にあるお願いをしに来ていた。それは私の決めたことで責任を負うつもりだなんて微塵も思っていないこと。


「私が悠人さんと結婚したいんです」


 はっきりと口にする私に困ったような表情を浮かべるお義父さん。その姿はやっぱり親子なんだなぁって思うほど良く似ていた。


「そりゃあ、私達は嬉しいが…」


 私の決意にも難色を示すお義父さんの肩にお義母さんがそっと触れながら私を真っ直ぐに見つめる。


「響子さんが決めたことなら私は反対しません。ただ、あなたのご両親は本当に良いと言ってるの?」


 その言葉に私は少し表情が曇る。

 当然、賛成なんてしてくれるわけがない。

 でも、先ずは悠人さんの両親に納得してもらいたかった。君を育ててくれた両親に祝福してもらいたい。


「これから説得します」


 その決意を二人に伝えると私を見つめ続けてくれたお義母さんの表情が微かに緩んだ。


「分かったわ。響子さんの好きなようにしなさい」

「いや、母さん。だがな…」

「あの子の事をこんなに思ってくれているのよ。嬉しいじゃないの。それに私は娘ができるなんて楽しみよ。よろしくね、響子さん」


 優しい笑顔のお義母さんに私は涙が溢れた。


「あらあら、大丈夫?」

 心配そうに近づいてきてそっと私を抱き締めてくれるお義母さんに緊張の意図が切れた私は涙が止まらなかった。


 そして私は親を説得して悠人さんの眠る病室で結婚した。普通の新婚生活とは違うけれど君と一緒にいられることが私には、とても幸せだった。


 四年後、君は意識を取り戻すことなく旅立った。

 けれど悲しくはなかった。

 君がくれた思い出がたくさん私の記憶に残っているし君が残した研究が多くの人を救う光景を見ることができたから。


 私は葬儀場で養子に迎えた娘と共にお別れをした。


○●○●○●○●○●

2018年8月某日--仮想現実内・響子視点


 君は優しげな瞳で私を見つめながら箱を開けた。

 見覚えのある指輪をそっと差し出して。


「響子さんが私と結婚してくれたことは知っています。けれど、どうしても自分の言葉で伝えたかったから、こんな形でも響子さんに会いたかったんです」


 私は君をただ見つめることしかできない。

 君からほしいと思った言葉。


「でも、どうして私がこの記憶を選ぶと思ったの?」


 この世界は私の記憶が造り上げている。つまりは私が見たいと思わなければ実在しない世界。


「うーん、それは賭けでした。もし、響子さんがこの夏祭りを選ばなければ私は現れるつもりもありませんでした。けど、響子さんならきっとこの夏祭りを選ぶだろうと思ったんです」


 少し困ったような表情で答える君を見て私はずるいと思った。君が造った技術を体験するなら私は間違いなくこの夏祭りを選択する。


 きっと君もそれを分かっていた。


 だからずるい。


「響子さん、私と結婚してください」


 真剣な瞳での言葉、聞くことができないだろうと思っていた君からの本当に欲しかった言葉が私の耳に届く。


「はい…」


 私が頷くとそっと私の薬指に指輪を填めてくれた。


「ありがとう響子さん」


 夜空に打ち上げられた花火の煌めきが私と君を照らし出す。あの夏祭りをもう一度…。

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