第52話 職 務 ~やれと言われたらやるのが自衛官~
「・・・黙ってたらわかりません。説明してください。」
シスターから治療を受け、庄野はベッドで上半身だけ起こした姿勢で尋問を受けていた。
「ちょっと転んだんです。」
「ちょっとじゃありません!まず、転んで手の平に穴が空くほどの怪我をするなんてありえないです!正直に言って下さい!」
「・・・。」
「・・・私の事、信用できないですか?」
「そんな事は・・・そんな事は、無いです。治療をしてもらえて、薬まで貰って、ホントに感謝してます。でも、この件は誰にも言いたくないんです。すいません。」
「・・・そうですか。では聞きますけど。」
声色が変化し、やや強めの口調でシスターが質問をした。
「どうして自分の手を撃ったんですか?。」
「・・・へ?」
突然の事に上擦った声が出る。
「『鑑定』を使いました。鑑定の効果は様々ありますが、私の使う鑑定にはスキルを調べる事と、怪我や病気の原因を見ることが出来ます。その理由までは分かりませんが。」
「・・・。」
「・・・何をしようとしたか教えて下さい。」
「・・・。」
庄野は質問に答えなかった。
「・・・人の内側を知りたければ先ずは己の内側を出しなさい。」
「・・・はい?」
「司祭様の教えです。人が話したくないことを聞きたいなら自分の話したくないことを先に、人が見せたくないものを見たいなら自分の見せたくないものを先に、という意味です。」
「・・・それで・・・いや・・・。」
『それで俺が何も話さなかったら?』という言葉は庄野の喉から出なかった。何となく、庄野は彼女から『それでも良いんです』と返されるのを察した。
「私、異界人の血が流れてるんです。父が異界人で、母はソーラ人で・・・。」
よくあるおとぎ話のような話だった。
シスターの父親は異界人として典型的な迫害を受け、サリアンからソーラに移住来た。その時に医師だったソーラにいる一人の女性と出会った。シスターの父は『鑑定』という能力を有しており、怪我や病気の原因を発見できる不思議な人であった。鑑定は医師である女性の助けとなり、二人は必然的に惹かれ、夫婦として人々の治療を行い人々の為となっていた。子宝にも恵まれ順風円満であった。
ある日、ソーラにて原因不明の疫病が発生した。それを速やかに対応し、たった一人の死者のみで解決する事が出来た。
しかし、その功績が与えられたのは女性の医師だけであり、鑑定を持つ異界人には与えられなかった。
疫病によって亡くなったのは一人の異界人の男性だった。
『鑑定』を使える彼であった。
医師として一番近くにいたはずなのに彼を助けられなかったその女性は嘆いた。怒り、悲しみ、憎悪の感情はその手に刃物を持たせ、苦しみからの解放を求めて自らの喉元へと突き刺した。
ソーラを救った夫婦は突然亡くなった。一人の娘を残して。
「・・・それが、私です。その時に司祭様に拾って貰って今に至ります、という話です。私の『鑑定』は父譲りなんですよ。」
「それは・・・大変でしたね。」
話を終えると、シスターは庄野がいるベッドに座る。
「・・・庄野様を見てると、父を思い出すんです。」
「似てますか?」
「いえ、全く。ひょろひょろでナヨナヨしてて頼り無さそうな人でした。でも・・・大切な人のために無茶をする所はそっくりです。父が疫病になった時、特効薬が残り少なかったんです。特効薬の製造には時間がかかる。残り少ない特効薬で少しでもソーラの人を助けようと、父は疫病になった事を隠して薬を少しでも多くソーラの人へと渡したんです。庄野様は・・・庄野が同じ立場なら、同じ事をするんじゃないですか?今、貴方の手の平にある傷は、誰かのために必要だったものじゃないんですか?」
(・・・多分、この人は怪我の理由を全部分かった上で自分の事を話してくれたのだろう・・・俺が話すときに少しでも負担にならないように・・・俺なんかに気を使って・・・。
隠そうとしたことが申し訳ない。この女性はそこまで俺の事を考えてくれていたのに・・・。)
庄野は口を開いた。
「・・・自分で、自分の手を撃ちました。」
「そうですか・・・。」
「魔物と対峙した時に倒れて・・・それで、魔方陣の封印を手伝わせて貰えませんでした。魔物には銃弾が決定的な効果を発揮します。でも、俺は来るなと言われたから行けない。コピードールを連れていって、銃を複製したところで使えない。サクラ姫達だけでは魔物を倒すことが出来ない。・・・だから、発射された弾丸を複製出来れば、と考えたんです。
でも、なかなか上手くいかなくて・・・。
最初は手の平の目の前を横切るように撃ったんですが、複製すると真横に弾が飛んで、屋敷の壁に当たりました。
分かった事で、複製にはそれなりの条件があることに気がついたんです。その一つで、飛翔物を速度や回転何かを保持したまま複製は可能なんですが、方向だけはどうにもできなくて。
複製する時に、手の平を右から左に弾丸が通過すれば、コピードールが複製した際には弾丸はコピードールから見て垂直に左方向に射出されるんです逆も同じです。」
実際に銃を構えてシスターに見せる。要は庄野の手の平が向いている方向とコピードールの向いている方向がリンクしている、という原理原理の話である。
『だから、真っ直ぐ飛ぶように複製をするため手を撃った。サクラ姫を助けたかった』
きっと、そんな解答が返ってくる。
それが何となく予想がついてはいたが、シスターは質問を続けた。
「はい・・・それで、どうして庄野様は自分の手を傷つけたのですか?」
「何回やっても、コピードールが真横に発射する弾丸を真っ直ぐ飛ばすように指示は出来ませんでした。でも、真っ直ぐに飛ぶようになら複製は出来る、そう思ったんです。真っ直ぐ飛ぶ弾丸を複製してやれば、コピードールだけでも戦うことが出来ますし、俺が居なくなってもサクラ姫やアルフさんでも簡単にコピードールを扱うことが出来ます。」
「何を、言ってるんですか?居なくなってもって・・・どういうことですか?」
シスターの表情が強ばる。予想外の返答が来ることも予期はしていた。
しかし、庄野は表情も声のトーンも何も変わらないまま淡々と話をする。
「俺は必要は無いんです。必要なのは俺じゃなくて、銃という武器と複製という魔法だけです。
それが分かったので、自分の手の甲に向けて簡単に撃てたんです。俺はこの世界に必要とされていないから。
1度、左腕を撃って吹き飛ばした時は引き金を引くのがとても怖かった。でも、自分が如何にこの世界で価値のない存在だって思うだけで、引き金が軽かったんです。」
淡々とした口調の中でも明るく話す庄野の様子はあきらかに異常であった。
端から見れば尚更である。自分の手を撃ったことを明るく、まるで良いことをして親に誉めてもらおうと自慢する子供のような口調で話す。
そんな様子の庄野を見てシスターは困惑していた。
「やめてください・・・庄野様っ・・・やめてくださいっ!もう、十分伝わりました。大変でしたよね、今日はもう休みましょうね?、ね?」
もう、聞きたくない。
予想外の返答、破滅的な思考が理解の範疇を越えており、シスターの目には涙が浮かび始める。
『自衛官はやれと命令されたらやらなければならない。死ねと命令されたら死ななければならない。それは国民の意思だから。』
それが、自衛官である。
どんなに綺麗事を並べようが、どんなに感情をぶつけようが、政府が決めたことは国民が決めたこと。国民が決めたことには従うのが自衛官としての規則であり、そこで命を失ってもそれは国民が望んだこと、である。
庄野は自衛官として完璧にそれをこなせる。故に、サクラから『代わりはいる』と言われれば自分自身は必要ない人間なんだと理解し、自分が居なくなっても良いように全力でそれを遂行しているのである。
「痛かったですよ。とても。
手首から先を削ぎ落としたら楽になるんじゃないかって思うくらい痛かったです。
でも、俺の代わりがいるんで、俺はもう要らないんですよ、この世界には。
だから、俺は」
(・・・え?)
庄野の話を遮るように柔らかいものが口を塞ぐ。
思考が停止する。
先程までベッドに腰掛けていたシスターが庄野に股がり、庄野の顔を胸にうずめるようぎゅっと抱きついた。
「・・・もう、話さなくて良いです。良いです・・・から。」
シスターはポロポロと涙を流していた。
「あの・・・シスター?」
「・・・私には、あなたが必要です。」
「・・・え?」
「あなたが・・・必要です。あなたには・・・生きていて欲しいです。お願いです。もっと、自分を大切にしてください・・・。お願いです。」
「・・・なんで、そこまで俺のことを心配してくれるんですか?」
「ぐすっ・・・あなたが、異界人で、私に優しくしてくれたからです。」
「そんな事、ありましたか?」
「名前、聞いてくれました。それが、とても嬉しかったんです。・・・私の昔の名前はカスミって名乗ってました。」
「良い名前だと思います。」
「・・・ありがとうございます。庄野様の名前は?」
「哲也です、カスミさん。あと、様をつけられると歯痒いです。」
「ふふっ。分かりました。・・・てつや君。」
二人は抱き合いながら笑った。




