第14話 魔 石 ~この世界の暗い部分~
鬼の形相でアルフは庄野に詰め寄り、説明を求める。
「どういうことか説明するね!」
「その……オニトンボの頭部の中が……偶然、見えまして……子供くらいの大きさですかね?それがそのまま、紫色の石になったような物が見えたんです。石の質感が他国の英雄の武器についていたものと似ていたので、魔石かな、と」
「……そんな大きさの魔石、まず自然界には無いね。オニトンボが食べた魔石が引っかかってるだけってこともあるけど、どの位置にあったんだね?」
「頭部の脳にあたる位置にありました。食べてそこには引っかからないですし、ぶつかって埋まったとも思えません。だから……」
「誰かが埋め込んだって言いたいんだね?んー……見た目とか形に変だと思った事は無いかね?」
「……あの……すいません。俺、魔石ってのが何なのか、実はよく分かってなくて……その……」
「じゃあ、それも踏まえながら話をしようかね」
えへん、とわざとらしく咳払いをして、改めてアルフが質問を投げかける。
「……そもそも、魔石って何か知ってるかね?」
「いえ、全く」
「じゃあ、魔石がどうやって産まれるか、から説明しようね。魔石っていうのは『生命』から産まれるね。
枯れていく草木、水を失った土、寿命によって命尽きる動物。それらの亡骸の中に小さな石の塊が残るね。その『魔力を帯びた塊』を魔石と呼ぶね」
「では、拾った魔石をそのまま装備すれば使えるんですか?」
「いんや、加工が必要だね。素材としての魔石はただの魔力を格納できるだけの石だね。それを加工して、中に魔法を封じ込められる特殊な石に変えるね」
「封じ込められる魔法っていうのは自分で選べるんですか?」
「選べるけど、一つの魔石に一つの魔法、これが基本原則だね」
「それは魔石そのものにも影響されるんですか?」
「そりゃそうだね。防御力が上がる魔石は、そもそも魔石そのものにも防御力を向上させる魔法がかかってるんだから、魔石も硬いね」
(……ん?それなら……あれ?)
庄野は再び下を俯き、うーんと何度も唸る。
「どうしたね?」
「いや、あの……。巨大トンボと戦ってるとき……最初に魔石が付いている武器で攻撃を仕掛けたんですが、全く効きませんでした。次に、俺の武器や魔石を外した武器で攻撃をしたら、簡単にダメージを与えられたんです」
「魔石の性質は『対魔法強化』だったって事だね」
「ええ。それなのに……オニトンボの頭部にあった石に、俺の武器による攻撃は当たっていたんですが……その……。普通、当たったら、どうなります?」
「んー、『対魔法強化』の魔石に物理攻撃を当てたら、普通なら砕け散るね。『対魔法強化』って言うのは逆に言えば『対物理弱体化』だからね」
「でも、その頭部にあった『対魔法強化』の魔石と思われるものは、原型を留めてたんです。」
「『対魔法強化』と『対物理強化』の二つが込められた魔石なんて絶対に出来ないね。相反する魔法で愛称は最悪、そんなのを混ぜる事なんて……。……無いことは、無いね」
「その方法っていうのは?」
「そうだねぇ……せっかくだから、明日は散歩がてらその残骸でも見に行くかね?解体は明後日の予定だよね?」
「デルがそんな事を言ってましたが……それは、可能なんですか?」
「ギルドマスターとは古い仲だからね。言えば見せてくれるはずだね。……ふぁ〜、今日はもう寝ようかね。年寄りにはキツイねぇ……おやすみ」
「ありがとうございます。」
大きなあくびをしながら、アルフは部屋を出ていった。
「俺達も寝ましょう」
「はい。その、てつや様……話してくれて、ありがとうございます。……まだ、私達のこと、信用出来ない所は沢山あると思います。でも、私達は……私だけは、てつや様の味方ですから……だから……無理だけは、しないでくださいね?」
「はい、ありがとうございます。では、お休みなさい」
翌日、アルフと庄野とサクラは早朝からギルドへと赴いた。
「や、マスター。久しぶりだね」
「お?アルフじゃねぇか。お前が西の都の外に出てるなんてめずらしい。どうした?小遣い稼ぎか?」
「もう年だね、依頼なんてこなせないね。昨日、オニトンボを倒したとか。まだこっちにあるのかね?」
「あぁ、あるよ。解体は明日、売買は明後日やるから、まだそのままだよ。見たいのかい?」
「そうだね、お願いするね」
「へへっ。お前も好きだねぇ……来な、こっちだ」
3人はギルドから少し離れた、若干寂れた大きな倉庫へと入った。
「防臭はしてるからマスクは要らないよ。終わったら声かけてくたら良いから。あと、バラして勝手に持っていかないでよ?」
「こんなでかいの3人じゃ無理だね……すまんね、色々と。
……さて、それじゃあやろうかね。庄野さん、昨日言ってた所を開けてくれるかね?少々は乱暴に刻んでも大丈夫だからね」
「分かりました。じゃあ、開けますね」
庄野は先日引き裂いた場所にマチェットを入れ込み、頭部を開いていく。その隙間からは前と同じように紫色の魔石の一部が見える。
「これです」
「うぅ……魔物の頭……気持ち悪いですね……」
「んー、ぱっと見た感じは魔石だね。ちょっと、取り出してみようかね」
「良いんですか?」
「どうせバラバラにするし、持っていかなければ怒られないね。ほれ、もっと切れ目入れて取り出すね」
庄野は更に頭部を引き裂き、魔石を抱えて取り出し、ゴトリと床に置いた。
取り出された紫色の石は緑色の液体がベットリついていて、原型がわからない。
「どうしましょう?何かで拭きますか?」
「いんや、ワシが水魔法で流すね。『水壁』」
アルフが手をかざすと水の壁が現れ、紫色の石に付着した液体を一気に洗い流した。
現れた光景に三人は言葉を失った。
(……姫様を、連れて来るべきじゃなかった。)
「え、……何……これ……うっ、うぉぇぇ……」
「子供……だね……子供だったんだね……」
サクラは嘔吐し、アルフはその場にしゃがみ込み、頭を抱えている。
十歳くらいの子供が全身紫色の石になり、表皮と筋肉が取り除かれ、脳、眼球、歯、臓器だけが透けて見えている。まるで、人体模型のように。心臓がドクンドクンと鼓動し、眼球は今も尚動いている。歯が僅かに動き、何かを喋ろうとしているのだが、音は発されない。
「……何で……何で、こんな……うぅ……」
「姫様。もう見ない方がいいです」
庄野はサクラを抱きしめ、視界を遮る。しゃがみ込んだまま、アルフが口を開いた。
「庄野さん。あんたは、この世界の暗い部分……『闇』の部分を見たね。見た以上は……最後までワシらに協力してもらうね。」
「わかってます。だから、教えてください。……これは、何ですか?」
「はぁ……説明しようね。
サリアンは、悲しい事に絶対魔法主義が全てだね。強力な魔法、強力な使い魔、強力な魔石。それを持ってないとだめだと言われるね。例え、その身体にとても素晴らしい特殊能力が宿ってたりしても、ね。
異界人には特殊な体質のものがいるね。見た目は普通なのに岩のように固い身体を持つ、魔法が全く効かない、凄い怪力を持つ、未来が見える。そういった能力は使い魔が異界人に付与した能力なんだけどね」
(大分前に姫様から教えてもらった『補助型』、『特異型』がそういう能力を持つ使い魔なのだろうか。)
「力の無いものは強い魔石を探すね。強い魔石は強い魔物から取れる。でも、かつての英雄が魔物を間引いて、今は強力な魔物なんてほとんどいないね。
だから、特殊能力をもつ人間を……魔石にする。そういった『人体実験』を行う機関が存在したね」
「存在したって事は、今は……」
「何年も前に潰された……はずだったんだけどね。これがここにあるって事は、まだいるって事だね。
……とりあえず、帰ろうかね。長居してもしょうがないね。」
三人は屋敷へと戻って食事を摂るが、一切の会話もなく、お通夜状態であった。
食事後、庄野は屋敷の前でコピードールと戯れながら、思考を巡らしていた。
(異界人が魔石にされるようになったのは、間接的にサリアンの選別システムのせいだ。……そもそも、何故他の生物に魔石を組み込む必要があったんだ?そんな事をしなくても、魔石を削って自分の身につけていた方が有効に使えるだろうに……。
もしかして……まだ実験段階なのか?相反する魔法効果を持つ魔石を創ろうとしている。そう考えたら……まだ実権は……。
いや、止めよう。創造の話だ。悪いイメージしか思いつかないし、何より、俺がその実験を止めるほどの力な持っていない。誰かに依頼するか、もしくはコピードールが能力を使えるようになるまで力をつける事しかできない。今の俺には、出来ることがない。
無力だな……俺は。異世界に来て、何も出来ない。いや、異世界に来て何かできるって思い込みすぎだ。漫画やアニメならそうだろうが、必ず強い力を得られるわけじゃないんだ。
俺は強い力を貰えなかった。それだけだ。やれる事だけをやろう。)
庄野はそこから先の思考を止めた。