33 十二歳の王子と「だまされた?」守護精霊
「なにが、どうなって、あんなことになったの? ねえ、シャルル――」
控室へと戻ったルイは、こらえ切れず、シャルルへと詰め寄った。
「まあ、待ちなよ、ルイ」
おだやかな笑みを浮かべて、ルイを押しとどめたシャルルは、部屋の隅で控えていた侍女たちに下がるように伝えた。
盛況のうちに、と言ってもいいだろう。会議は終わってしまった。見た限りにおいては、会議の結果に不満がありそうなのは、元宰相の息子であるヘレニウス公爵ぐらいだった。
ただ、あのでっぷり男は、ルイではなく、シャルルが王太子に任じられることになったとしても、顔をゆがめたはずだ。それを除けば――
――ルイとわたしだけだ。満場一致で閉会した会議で決まったことが、いまだに納得どころか、理解すらできていないのは。
たしかに、王都に来てからここ数日、王妃やモンフォール伯爵、それに出会った王領貴族たちはみんな、ルイこそが王太子にふさわしいと言った。四大公爵家のうちの三公爵も、ルイのことを陛下の正統な後継者だと言って、おべっかを使った。
その度に、ルイはひきつった笑みを顔に張りつかせて、ふむふむとうなずいた。シャルルがルイに教えたからだ。そういった話は、うんうんとにこやかに笑って聞き流しておけばいいから、と。
王都に来てから今日まで、シャルルはずっとルイと一緒にいた。お偉いご貴族様たちが、面会を求めて列をなした時にも、シャルルはルイのすぐ傍にいた。
ルイが不安そうに、「大丈夫なの?」と聞いても、シャルルは「あとは、わたしがうまくやるから」と、自信たっぷりに微笑みを返し続けた。
笑みを絶やすことのないシャルルだけど、生粋の王子様なのだ。ご立派な教育も受けている。権力闘争とやらにも長けているのだろう。
それに、シャルルは言ったのだ。「王太子になるつもりだ」と。「ルイが村に帰りたいのであれば、協力する」と。ルイはシャルルの言うことを信じた。
それがどうだろう。会議が始まってすぐだ。三日後に、ルイが王太子に任命されることに決まった。さらに、わずか一ヶ月後には、シャルルではなくルイが、ノルドフォール国王として即位することまで、あっさりと決まってしまった。
他でもない、シャルル自身が会議の主導権を握り、あれよあれよという間に、すべてを決めてしまったのだ。
やさしげな笑顔の裏で、シャルルが恐ろしく切れる頭脳を回転させていることは、ルイへの家庭教師っぷりを見たせいで、わたしにもわかっていた。
だからこそだろう。これこそがシャルルの策略なのだろう、と思ってしまったのだ。人の世には、わたしなんて思いもよらないやり方があって、会議のどこかで、シャルルがそれを披露してくれるのだろう、と信じていたのだ。ルイだって、そうだ。
だけど、会議は終わった。お偉いさんたちは晴れ晴れとした笑顔でもって、ルイたちが退席するのを見送った。ここから、どうやって、シャルルは王太子になるつもりなのだろうか? ここまできて、どうひっくり返すつもりなのだろうか?
いつもの悠然とした所作で、魔道具を使ってお湯を沸かすシャルル。落ちつかなさそうに、お尻をムズムズと動かしながら、今か今かと待っているルイ。
シャルルは手ずから紅茶を入れて、ルイに飲むように勧めた。ソファに身を沈みこませ、いつものように、肘掛けに埋め込まれた半球の魔道具に手を乗せた。部屋の八隅に配置された魔道具に魔力が流れ、結界と防音が発動すると同時に、ようやくシャルルが口を開いた。
「ここまでは予定どおりだね。三日後に、君はひとまず王太子に任じられ、十三歳の誕生日には、国王として即位することになる。十三歳であれば、成人した国王として認められるから、摂政を置く必要もないしね。あとは宰相をどうするかだが……」
「シャルルが――」
シャルルが紅茶に口をつけようと一呼吸おいた隙に、ルイがたまらず口を開いた。
「王太子になるっていう話だったよね? それまで、守って欲しいっていう話だったよね?」
ほんの一口だけ、喉をうるおしたシャルルは、手にカップを持ったまま優雅に微笑んだ。
「そうだよ、ルイ。わたしは王太子になるつもりだ」
その言葉に、ルイがほっと一息ついた。同時に、内緒ばなしをするかのように、声をひそめる。
「じゃあ、やっぱり何か考えがあって、僕を……」
「ルイ、王太子というのはね、国王がいて初めてなれるものだ。今現在、王国に国王はいない。君が王太子になるのは形式上のことだ」
やはり、シャルルには、わたしたちには見当すらつかない秘策があるのだろう。ルイは安堵の息をもういちど吐いて、全身の力を抜いた。
「よかった。やっぱり、そうなんだ。でも、形式上って何? さっぱりわからないんだけど……」
「簡単な話だよ。今日、決まったのは国王であって、王太子じゃない」
「えっ? どういうこと? 国王が決まったって、どういう……というか、どうやって、シャルルは王太子になるつもりなの?」
探るような、まさかというような色を浮かべたルイの瞳に、いつもどおりのシャルルのおだやかな笑みが映し出される。
「わたしはね、君の王太子になるんだ。君が国王に即位すると同時に、宰相と王太子を任命し――」
《だましたね、シャルル!》
その瞬間、シャルルの手にしていたカップが、持ち手だけ残して粉々に砕け散った。




