4-18 魔王 ①
三人称のみです。
黄金の聖女の行方が知れなくなってから数日が経過した。
だが、それに慌てていたのは【勇者】と【聖女】と言う二枚看板で自国の優位性を高めようとしていたセイル国の高官のような極一部と、不安に思う一般兵士のみで、それ以外は、表面上は何の問題も起きていなかった。
最初は聖女の従者や連れてきていた若者達が慌ただしく動いていたが、それも時間と共に落ち着きを見せると、各国が彼らを自国へ引き込もうと裏で暗躍を始める。
それほどまでに戦場は緊張感が足りていなかった。
長い歴史の中では、人間の支配地域が闇の勢力に占領されるのも初めてではない。
闇の勢力側は力は有れど光の勢力ほど数は多くなく、占領という特殊状況下に於いてどの歴史を紐解いても、長くて半年程度で奪い返していたからだ。
人間達の上層部にしてみれば、これは盤上の遊技に近い感覚だった。
攻めても深追いはしない。攻められてもすぐに取り返せる。
長い歴史に裏付けられた戦争のノウハウと言えば聞こえは良いが、そのせいで始まった時点で結果まである程度予測出来る“戦略ゲーム”と化してしまっていた。
その中で各々が戦争の勝利ではなく、自分の思惑の為に動き始める。
戦争に参加した各国は、すでに戦後のことについて動き始め、自国の戦功を増やす為に人間同士で陣地争いや小競り合いを始めた。
実際の戦争よりもそのせいで負傷者が多く、そうなれば闇の勢力に利することになるのだが、闇の勢力でも同様のことが起こり始める。
小国を占拠した闇の勢力軍は、一部の過激派を除き不気味なほど動きはなかったが、その本拠地である大空洞から、100万を超える大軍が動いていたのだ。
だがそれは、王国を占拠した軍への援軍でも、油断を突いて人間国家へ侵攻する為でもなく、たった一人の王女の思惑によって動かされていた。
「あとどのくらいだったかしら……」
「二日後には」
「遅いわね。あと半日早めなさい」
ダークエルフの第一王女・ネフルティアが地竜の背にくくられた部屋の中でそう呟くと、乳姉妹である女騎士は額に汗をかきながら恭しく頭を下げた。
本来ならこれは無理な行軍とも言える。
ダークエルフ、獣人、魔物達による大軍を、人間国家どころか先行している他の闇の勢力軍にも気付かれずに移動させるのは無理があった。
しかもこの軍はネフルティアの美貌と知略によって集められた即席軍の為、他種族との連携が上手くいっていない。
だがそれでもネフルティアには、急がなくてはいけない理由があった。
「……あの子達が生きていたなんて」
ネフルティアは侍女達にも見られないように爪を噛む。
獣人族の第二王子とも結託し、死なせるつもりで人間国家に送り出したあの双子がまだ生きていた。それもほとんど軍を減らすこともなく、目標だった人間国家をあっさりと占拠までしたのだ。
どんな手を使ったのか? どのようにしてアクの強い将兵達を纏めたのか?
獣人の王子もまだ子供であの双子と大差ない。子供ばかりの、王族とは言え名ばかりの司令官にどうして将兵達が従ったのか?
だが理由はどうあれ、あの双子が人間国家を打ち破ったのも事実だ。
ネフルティアは自分が王となる為に兄弟達を罠に掛けた。
第一、第二王子を罠に掛け、失脚させようとして死亡したのは良かったのだが、現王に気に入られているかも知れない双子が生き残ってしまった。
父に気に入られているかも知れない。
ネフルティアがあの双子の少女達を始末しようとしたのは、あくまで“念の為”だ。
だが、これ程の戦功を上げてしまえば、いままで双子から目を逸らしていた父がまた目を向けてしまう可能性がある。
念の為に始末しようとして、ネフルティアはあの双子を自分の脅威にまで育て上げてしまった結果になったのだ。
だからあの双子を始末する。
出来るだけ早く。それも誰かの手ではなく自分の手で。
ネフルティアにとって、人間国家との戦争など自己満足を満たす為のただの遊技に過ぎない。
彼女の望みはただ一つ。王位に就き、他種族を隷属させ、すべての者達に傅かれて君臨することだけだった。
「……半日じゃ足りないわ。もっと早く、…きゃっ!?」
唐突に地震のような衝撃を受けてネフルティアが悲鳴をあげた。
「姫様、お怪我は、」
「そんなことより何が起きたのっ!?」
駆け寄る侍女をはね除け、苛立つように声を上げるネフルティアの耳に、遠くから叫び声のような悲鳴が聞こえてきた。
*
いまだに到着していない風の勇者はともかく、その他の三人の勇者達も己が思惑の為に動き出している。
最初に動いたのは炎の勇者、ミンキチだった。
彼女が一番に求めていたものは“愉悦”だ。たとえそれが、心の奥底にいまだにこびり付く、この世界から見捨てられる事への“不安”だったとしても。
「ひゃはははははっ! 殺せっ! 犯せっ!!!」
とても勇者様の発言とは思えないが、これが炎の勇者ミンキチの標準規格だ。
戦場でこんなキチガイじみた叫びを上げていても、その猛威が敵に対してのみ向けられているのであれば、兵士達にとっては“鼓舞”と同様であることをミンキチは密かに計算していた。
戦場では時にして、狂戦士のほうが英雄として讃えられる場合がある。
特に護りの要である【聖女】が居ない今、ギリギリの精神で戦っている末端の兵士から見れば、ミンキチは戦乙女のように見えるだろう。
ミンキチは、隠した不安を消す為には、名声が必要であることを理解していた。
現実の目的は名声を得ることで自由に振る舞う為だが、その裏の目的は、いつも通りに戦っているように見せて、あの忌々しい“聖女”と、連れてきた、あの“従者”を殺すことだった。
狭い城の中で本気を出せないミンキチに恥を掻かせた、あのファニーという小娘を始末して、聖女への嫌がらせで彼女が連れてきた者達も奪う。
そうすることで初めてミンキチの気が晴れる。……と、残り二人の勇者ならばそう考えるはずだ。
でもミンキチの本当の目的は、裏の目的さえも隠れ蓑として、水の勇者と大地の勇者の力を削ぐことだった。
共に戦う勇者であり、仲間を殺した共犯者であり、互いを縛る枷である存在。
ミンキチはこの戦場で勇者のパーティだけでなく、その支援部隊を突き止め、戦争に紛れて始末するつもりだったのだ。
「……ふふ、莫迦ね」
その後を大地に隠れるようにして後を付ける少数の人影があった。
大地の勇者、カンゾーと、そのパーティである。
踏み固められた大地が火薬や魔法によって掘り返された戦場は、大地の勇者にとって自分の領域に等しい。
今までの戦場でも広範囲に薄く広げられたカンゾーの魔力が、柔らかになった大地に干渉して、敵の機動力を奪い多大な戦果を上げていた。
だが今の戦場に置いてカンゾーは何もしていない。味方であるはずの人間達が不利になろうと、他の勇者や英雄達が暴れる華々しい舞台で、そんな目立たないことをすることに意義を感じていなかったのだ。
ミンキチと正反対のようで根本は同じだ。
名声を得られるからやる。得られないならやらない。ただそれだけだ。
カンゾーは大地に隠れながらミンキチを追う。
極上の魔宝石を手に入れる為。
いずれ戦場のどこかで疲弊して、誰の目も届かない。そんな場面が訪れるまでひっそりと……。
カンゾーは趣味に生きる漢女なのだ。
「問題ありませんね。監視を続けてください」
「「「はっ」」」
水の勇者キョージの指示を受け、彼が鍛えた暗部の者達が散らばっていく。
戦場とは盤上の遊技であり、兵達はその駒である。
キョージは初めから戦争をそう捉え、セイルの国軍だけでなく東方諸国の軍さえ掌握し、意のままに操っていた。
そこに情も憐れみも入り込む余地はない。
そもそも最初からキョージは、……あの化け物と相対した京時だった頃から、そんな人間くさい感情など持ち合わせていなかった。
他人がどれほど戦場で華々しく輝こうと、最後に自分が敵将の首を取ればいい。
名声を生み出すのは、戦場にいる少数の者達ではなく、その帰りを待つ国元の家族たちなのだから。
最初の目的は、世界の上位者になること。
その次の目的は、世界を裏から支配すること。
だがそのすべては、現在キョージに従う愚かな者達へ向けた偽りの目的だ。
その根本にあるのは、すべてを手に入れること。
すべて……そう、この世界を含めた全てだ。
人間や国家、光の勢力や闇の勢力なんて小さな枠組みではなく、精霊界や妖精界を含めたこの世の全てだ。
ある人はこう言った。全てを手に入れた後はどうするのか……と。
キョージにしてみればこれほどナンセンスな質問はない。
あるなら手に入れる。手に入れたら壊す。壊したらまた創る。出来たらまた奪う。
それこそが【王】であり、この世界を含めたあらゆる全てが、キョージにとって盤上の遊技でしかないのだ。
「セフィラさん、例のモノは見つかりましたか?」
その問いにふわりと現れたセフィラが、静かにキョージに跪く。
「はい、キョージ様。例のモノは闇の勢力、大空洞の中心にございました」
「問題は?」
「私では無理でしたが、キョージ様なら問題ないかと思われます。あなたが【王】になる為の道は開かれました」
「ありがとう」
女の顔で見つめてくるセフィラの頬を軽く撫でながら、キョージは心の中で愚かな駒を嗤う。
この世界に堕とされ、十数年。ついに目前にまで王へと至る道が近づいてきた。
だが……
「あの聖女殿は見つかりましたか?」
「いえ、……申し訳ありません。いまだその手掛かりさえ…」
「そうですか」
キョージにとってこの戦争も、光の勢力や闇の勢力も、例え同等の戦力を持つ勇者でさえ敵として見てはいなかった。
キョージにとっての“敵”はただ一人。
この世界のイレギュラー。見知らぬ世界から来て、知らない知識を知り、誰の手にも染まらず、誰の手にも落ちず、この世界の知識を喰らって影響力が膨れあがっていく、地球で会ったあの化け物と同じ、キョージに畏れを抱かせたモノ……。
異界の聖女・ユールシアただ一人なのだ。
何を考えているのか? その行動原理が理解できない。
何をするのか、……いや、何をしでかすのか予想も出来ない。
それはあの“柚子”と呼ばれた化け物と同じ印象を、トラウマとしてキョージに植え付けていた。
「続けて探索をしてください。最優先事項です」
「かしこまりました、キョージ様」
その一言にセフィラは真剣な顔で頷きその場を立ち去り、………キョージに背中を向けた瞬間、口元だけに嘲笑うようなわずかな笑みを浮かべた。
そして……それは唐突に始まった。
「なっ!?」
「はぁあ!?」
「なんだ…?」
同じ戦場の違う場所で、三人の勇者が声を上げる。
聞こえてきたのは兵士達の悲鳴。その戦場で黒い異形のモノが蠢いていた。
それらは戦場を駆け抜け、光の勢力側の軍に襲いかかり蹴散らしていく。
だがそれは闇の勢力ではない。この戦場に出ていた闇の勢力達も――正確に言えば、彼らを背後から襲うはずだったネフルティアの軍にも襲いかかり、自分達以外の全ての勢力を襲撃した。
その姿は人のようでいて獣。生き物のようでいてそれを敵とするモノ。
「………悪魔………」
誰かがそう呟いた。
この世界でほとんど見かけなくなった、お伽話で語られるような存在。
人々の根本の【畏れ】を呼び起こす、生きとし生けるものの天敵。
その【悪魔】が数千体の悪夢となって、突然“現実世界”に牙を剥いた。
「下がれッ!」
キョージの叫びは兵士達の悲鳴にかき消され、盤上の遊技に過ぎなかった戦場は、恐怖による阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「………なんだ、あれは………」
また誰かの声。それはキョージの声かも知れないし、カンゾーやミンキチの声だったかも知れない。
土煙舞う戦場に、その砂塵の中から巨大な雄牛の角に熊の身体を持つ、小山のように巨大な黒い獣が姿を現した。
その絶望的な光景に……何人かの兵士が逃げることさえ止めて、力尽きたように地べたにへたり込んだ。
だが、それは真の絶望ではない。本当の【畏れ】はその巨獣の上にあった。
「………聖女…さま?」
巨獣の頭の上に立つ、白金のドレスを着た一人の少女。
勇者達だけでなく各国の将兵もその姿だけは見知っていた。
異世界から来た黄金の聖女。
だが、本当にその少女は、あの聖女なのか?
いつも柔らかな微笑みを浮かべていたあの聖女は、今は完全に表情が無くなり、ただ身も凍るような冷たい美貌の恐怖だけを晒していた。
その黄金の聖女の象徴でもある金色の髪が……
覆い被されるように黒い髪へと変わり、足下まで伸びる。
その黒い聖女に向けて、今まで暴れていた数千体の悪魔達が一斉に跪いて頭を垂れたのを目にして、人々は悟った。
奪い去った聖なる乙女の心を喰らい、この世界に真の【魔王】が降臨したことを。
勇者達は腐ってますね。
次回、ネタばらし舞台裏





