4-17 勇者の秘術 ④
説明多めです。
「お嬢、城壁を乗り越えるぞ」
「ん? 城門に鍵でも掛かっているの?」
恩坐くんの声に私は少しだけ首を傾げる。
目の前にそびえるのは横幅6メートル、高さ10メートルはありそうな巨大な城門。
このサイズだと鍵と言うより内側から閂かな? 青銅っぽい光沢の青錆が浮いた城門は、何百年も人が触れた様子はない。
「いや、入るだけなら通用門から入れるんだが」
「なんだ……」
すでに人の手が入っていたのか。良く考えてみたら、この中で秘術を見つけたとか言ってたのをすっかり忘れていました。
……いくら私でも、鍵があるなら壊せばいいじゃない、とか思ってはいない。
「さすがに兵士に見られると面倒だ。全員始末するつもりなら問題ないが、お嬢はそう考えていないんだろ?」
「まぁねぇ」
こういう部分は、やっぱり恩坐くんは分かってくれる。
お互いにもう悪魔だから人間の命をどうこう言うつもりはないけど、無意味な虐殺は悪魔だってしない。
そもそも悪魔や精霊にとって命の価値は、人間だって動物だって変わらない。
……まぁ、味の違いはあるんだけど。
そこに自分勝手な理由で、殺して良い命と殺してはいけない命に価値を付けて、他人に強要してまで差別しているのは、神と人間だけなのだから。
まぁ色々とご託は並べたけど、要するに『好き嫌いはいけません』ってことだね。
そうは言っても、食事をするつもりなら一般人なんてさほど美味しくないモノを積極的に刈ってまで食べたいとは思わない。
食事にしない命を無駄に奪うような馬鹿なことはしない。
ってことだよね、恩坐くんっ!
「………え?」
「………え?」
「ふぉっふぉっふぉ、お二人ともお若いですな」
……どうやら恩坐くんは、私より若干“人間寄り”だったみたいです。
意外な事実に若干ダメージを受けながらも、私達は城門を飛び越えて古城に潜入しました。
私も自分で飛び越えようとしたら、恩坐くんがお姫様抱っこしてくれましたっ。
でも良く考えてみると、私って幼い頃から老若男女問わず抱っこされまくりだったので新鮮みがない。……けれど少しだけ、お父様のお膝が恋しくなったかも。
中庭から入り口に回ってギアスが扉を開けてくれると、少しだけ埃とカビの匂いがした。
「足跡があるね」
「ダークエルフと獣人の王族が入りました。王位に就く為に魔王が残した何かを求めていたようですな」
「食っちまったが」
食ったのかよ。
とりあえずそんな事はどうでもいいとして、足跡を頼りに城の奥へと向かう。
辺りは暗かったけど、あの暗い魔界で生まれた悪魔に暗闇など関係はない。そう……この私以外はっ。
「へぶっ!」
「……お嬢、さすがに色気ねぇぞ」
曲がり角で顔から盛大に壁に突っ込んだ私に、優しい言葉はなかった。
暗闇なのに足取りを緩めなかった私もアホだったし、確かにこの程度ならダメージにもならないけど、一応は痛いのよ?
「お嬢様は暗視がないのですか?」
「……どうしてあなた達にはあるのよ?」
これはあれですか、私がぶきっちょなせいですかっ?
「……しゃーねーな。俺もそろそろ限界だから、案内してやるよ」
「……へ?」
ポンッとコミカルな音がすると、恩坐くんがウサギのヌイグルミに変わる。
どうやら限界とは恩坐くんの人化時間だったみたい。
『…………』
ほんのりと闇に光る恩坐くんがちょいちょいと手招きして先導してくれると、足跡までほんのりと光を残して私に道を示してくれた。
【ラプラス】。鏡の国にアリスを導いたウサギさん。
ちゃんと私の“設定”通りになってくれたのもあるけど、それ以上にそれをしてくれる恩坐くんの優しさが嬉しい。
「……ここが?」
そのまましばらく先に進み地下に降りると、仄かに光る祭壇のようなモノが見えた。
「はい、ここでネフィ様とリミィ様は【原初の秘術】を学ばれました。起動させるには勇者の血を引く王族の血が必要と言うことで、念の為に前回使用した王族の血を少々残してあります」
「血……?」
ギアスが真っ黒な液体が入った、香水を入れるような硝子の小瓶を私に差し出す。
……それ腐ってるんじゃないのよね?
蓋を開けて異臭がしたら瓶ごとぶん投げる自信があったので、先に私は祭壇のほうを調べ始めた。
幾つか古い文字が書いてあったけど、内容はギアスが言った事と大差ない。
でも、勇者の血を引くとかあったけど、そんなのどうやって判別しているの? 遺伝子情報でも読み取る仕掛けでもあるの?
血と言うよりも魔力なら個人の波長があるのでそれを読み取るのは出来るかも知れないけど、魔力の波長なんて親子でも違ってくるのだから多分違う。
これも多分だけど……属性かも?
「……うし」
ちょっと気合いをいれて、私は右の人差し指から【真紅の爪】を出して左手の指先に小さな傷を作る。
「………痛い」
思わずそう呟くと恩坐くんがヌイグルミなのに少しだけ残念そうな顔になったのは、私の気のせいだと思いたい。
「一応、ネフィ様とリミィ様は、ご自身の血を使っても良いとおっしゃっておりましたが……」
先に言いなさい。いや、あんな小さな子達にそんな事はさせられない。これで駄目だったら、大人しく腐った血を使いましょう。
私はゆっくり跪くと、少し血の滲んだ指先を祭壇の文字に擦りつけた。
「おおお」
ギアスの感嘆の声が聞こえるのと同時に祭壇が起動して光る文字のようなモノが浮き出してきた。
「前と同じ?」
「ええ、そうです」
『………』
「いえ、恩坐殿が言うには、文字が前より強く輝いていると……」
「なるほど」
だからあなた達、どうやって会話しているの?
それは良いとして、この世界の魔法陣の技術力と私が今まで得た【勇者の秘術】から考えると、遺伝子情報を読むなんて高度なことは出来ないはず。
だから私は、鍵となるのは【魔力】と【属性】だと考えた。
生け贄と言われるほどの多くの血が必要なのは、その血に含まれる魂から直接得られた【純魔力】が必要なのかと考察する。
でも純粋な魔力ならギアスでも恩坐くんでも作れるはず。だとしたら足りないのは、勇者が持つ【光の属性】でしょう。
それは私と同じ人間の属性を持っていても、ギアス達が持っていないモノ。
「………」
………あれ? そうなるとわざわざ血を使わなくても、私なら【神聖魔法】を直接ぶち込めば起動したかも?
「……………あの通路がそうね?」
「その通りでございます」
深く考えるのを放棄した私の言葉に、何か言いたげなギアスも特に突っ込んではこなかった。新たに現れたのは奥へと続く通路。今は細かいことなんて気にしている場合ではないのですっ。
ここに最初の勇者が残したものが置いてある。
「石碑?」
中に入ってみると、通路の両側に光る文字が浮かんだ石碑が並べられていた。
書かれていたのは、この闇の勢力側の国が出来たあらまし。その時に使った秘術などが記されていた。
奥に行くほど情報が細かくなり、記されている秘術も危険な物が多くなる。
『…………』
「申し訳ございません。我々ではここまでが限度です」
「……うん」
幾重に張られた聖属性の結界が、奥へ行くほど厳重になっている。
人間なら、強い光属性の魔力を持つ者ほど奥へいける感じかな? 多分だけど勇者としての力量がないと奥へは行けないようになっているのでしょう。
普通の魔物や光属性を持たない悪しき者は結界に弾かれる。高位の悪魔なら無理矢理にでも進めるのでしょうけど、そうなるとその衝撃に石碑が耐えられない。
邪悪に利用されるくらいなら、消滅させる……か。徹底しているね。
それほどまでに危険な物が奥にはあるの?
「……ん?」
通路の途中で【幻獣人化法】なる記述を見つけた。
これがリンネ達が使った人化の方法なのね。ここまでならあの双子ちゃんも来られた訳だ。良く見ると、ここまではちっちゃい足跡が残ってる。
う~~~~ん……これは人間を依り代とする悪魔の人化とは根本的に違うね。
自分の力で自分を封印するような感じかな? 魔力が低い幻獣やギアス達ならともかく、これじゃリンネには合わないわ。
細かい部分を読んでみると、仲間になった魔物を美少女に変身させようとする涙ぐましい努力が見て取れる……。
でもやり方は面白い。
とりあえず手順だけを軽く読んで、私は先に進む。
「…『光在れ』…」
軽く手を振って神聖魔法の光を放つと、通路の奥まで一斉に、石碑から光る文字が浮かび上がる。
記されていたのは、最初の勇者とやらの日記というか独白みたいな物だった。
この国を造った時の気持ちや創りたかった夢を熱く語っているのが、ちょっと読んでいて恥ずかしくなる。
えっと、これを読まれるのが恥ずかしいから、厳重にしていたのではないのよね?
これを創った人は、異世界人と言うだけでなく時代さえ超えているのかも。自由とか平等とか諸々、千年以上前とは思えない理念がある。
でもさぁ……
大人しく【魔王】になって恐怖で支配して、百年で良いからまともに教育しておけばこんな状況にはならなかったのに……と思ってしまうなぁ。
「理想主義者の勇者様……か」
そして一番奥まで辿り着いた私の前に、巨大な石碑が立っていた。
いや、違うか……これって、
「……契約書……」
この世界のすべての【大精霊】達と交わした、【スキル機構】の契約書。
「………のレプリカか」
こんな場所に本物があったらそれは驚きだけど、写しでは意味がないか。
でも情報は本物だ。スキル取得に関する条件や対価、新たなスキルが発生した時の取り扱いなども、しっかり記されていた。
それに【神聖語】で書かれているのだから、レプリカでも魔力を流せばある程度の効力は持つ。このお城はコレに魔力を流す為に造られたのかも知れない。
良く見ると多少だけど文面がおかしな部分が見つかった。
例えると英語しか知らない人が、無理矢理ドイツ語の文章を、辞書を見ながら書き換えたようなそんな感じ。
ほほぉ……この石碑が中央にあることで、魔物みたいな契約外の生き物でもスキルが得られるようになっていたのね。
「…って、何これ」
読み進めてみると、ちょっと面白くない記述が見つかった。
確かに“契約”なんだから精霊のほうにも何かしら利点がないと契約にもならないんだけど、これだと……
「リンネが人化出来ないじゃない……」
私達がやろうとしていることも私達の我が儘に過ぎないけれど、それを他人の我が儘で邪魔されるのは面白くない。
世界が誰かの想いに歪められている。それを正すべき精霊達も知らないうちに利用されている。
そしてこのままだと、この世界も地球の二の舞となるかも知れない。
だから、私がこの“世界”に簡単に入り込めたのか。
「………ふふふ、良いことを思いつきました」
****司令 『私にいい考えがある』
次回は、他のひと視点です。ユルの思い付いたこととは?





