4-16 勇者の秘術 ③
黄金の聖女が戦地にて行方不明になる。
国家連合軍作戦司令部参謀セフィラからその一報がもたらされると、光の勢力側の兵士達に衝撃が走った。
ユールシアがこの奪還戦に参加したのはセイル国のプロパガンダ――政治的な思想による宣伝に過ぎない。
直に顔を合わせた勇者達のような一部の実力者を除き、各国の上層部は【聖女】の力に懐疑的で、彼女が参加しようとも大勢に影響は少ないと考え、出来れば偶然によって戦死でもしてくれれば都合が良いとさえ考えていた。
だが、人間達の上層部は理解してはいなかった。
勇者という目に見える強大な武力に拘りすぎて、聖女の力など庶民に広がるお伽話のような気休めとしてしか考えていなかった。
けれど、一般の庶民にとって【勇者】と並び称される【聖女】の名は伊達ではなく、【勇者】が人々の勇気を奮い起こす【剣】であるのと同様に、【聖女】は人々を癒し、希望を与えてくれる【盾】なのだ。
戦場の最前線にいる兵士ほどその意味を理解していた。
死と隣り合わせの戦場で、【聖女】が居てくれるという事実はとてつもない安心感を兵士達に与えていた事を。
それが失われたらどうなるのか……。
各国の将校達は【聖女】の名が持つ影響力に驚き、極一部の者はそんな彼女がこの世界に現れたことを忌々しく感じていた。
「ユルが行方不明!? どうなってんのっ!?」
大地の勇者カンゾーが傷ついた兵士達と戻ってきたセフィラに詰め寄ると、疲弊した様子のセフィラは顔を歪める。
「申し訳ございません。まさか、あのような場所で武装盗賊団に襲われるとは……」
「それで場所はどこっ? そんな連中は私が蹴散らしてやるわっ!」
「お、お待ちくださいカンゾー様っ!」
綺麗なだけの女性に対しては厳しいと言われているあのカンゾーが、これほどユールシアを心配していると知って驚きながらも、セフィラは今にも飛び出そうとしているカンゾーを慌てて止めた。
「武装盗賊団はもう逃げていますし、ユールシア様を乗せた馬車はもう遠くに離れた後なのですっ」
「何てことなの……ッ」
セフィラの言葉にカンゾーは握りしめた拳を振るわせる。
そんなカンゾーの様子に国家連合の拠点にいた者達は、普段の言動はアレであるが、やはりカンゾーも人々の平和を守る【勇者】であったのかと、感動に身を震わせた。
だが、
「(せっかくのチャンスなのに、ユルが居ないと効率が落ちるじゃないっ!)」
カンゾーはユールシアと契約した【魔宝石】の生成をこの戦場で行おうとしていた。
けれど、ユールシアが居なければカンゾーの計画に支障が生じる。
カンゾーも魔宝石の生成は出来るようになったが、自分の魔力を使い試作した物は、ユールシアとその配下達が作り出す魔宝石に比べると美しさも純度もまったく満足出来なかった。
この戦場には風の勇者は何故か来ていないが、それでも水の勇者と炎の勇者は居る。
他の勇者の純魔力を狙えるようなチャンスは滅多にないのだ。
そのせいで勇者の誰かが消えてしまったとしても、新たに召喚されるまでは、他の三勇者も居るし、それで手が足りなければ【聖女】が穴を埋めれば問題ないはずだった。
光の勢力と闇の勢力の戦争は数千年続いている。
精霊と契約し【スキル】がこの世界に生まれ、【勇者】を呼び寄せるようになり、それ以来戦争はずっと膠着状態になったが、そのせいで勇者達も人間達もこの戦争がずっと変わらないと油断しきっていた。
「カンゾー様、どうか我々にお任せ下さい。ユールシア様は私が責任を持って探し出して見せますわ」
「……そうね。セフィラが言うのなら信用するわ」
あれほど焦っていたように見えたカンゾーが、セフィラの説得でしぶしぶと言った感じでだが、比較的あっさりと意見を変えた。
本来セフィラのような女性は、カンゾーがあまり好きではないタイプなのだが、それを知っているはずの周囲の者達も、それが当然のように受け入れている。
「…………」
再び戦場へと戻る大地の勇者を見送り、セフィラはこっそりと溜息を吐いてから誰にも気付かれないように顔を顰めた。
勇者達は油断出来ない。炎と風の勇者はともかく、他人を信用しない水の勇者には言動に気を使い、大地の勇者は今は完全な女性体になっているのに些細な事で不審に思われそうになる。
それでもまだセフィラの計画には支障はない。
少しずつ出来た“ズレ”もまだ修正出来る範囲に留まっている。
今の問題はただ一つ……そのズレを生じさせた【黄金の聖女】を見失ってしまったことだった。
「どこにいるのかしら……、あの“イレギュラー”ちゃんは」
***
「お嬢様、こちらから足下が悪くなっております。さぁお手をどうぞ」
「俺が抱っこしてやろうか? お嬢くらいなら重くも何ともないぜ?」
「えっと……」
何でしょうこの状況は……っ!
やっと人型になれたギアスとまだ余裕があった恩坐くんが、私を滅茶苦茶甘やかそうとしています。
正直、こういう状況にあまり慣れていないので反応に困る。
ギアスはまぁあれだ。お嬢様に対する爺やと言いますか、孫を甘やかすお爺ちゃん的な感じもするので、多少心がくすぐったい程度で済んでいるんですけど、問題は恩坐くんなのです。
「なんかさ……こうやってお嬢に触れるのは久しぶりだな」
そんなことを言いながら、私の髪の一房に指先で触れて、髪の香りを嗅ぐように顔を近づけてくる。
それは、男性的な行動ですか? それとも動物的な行動ですか、ウサギさんっ?
「ちょ、恩坐くん、前だってそんな事してなかったでしょ!?」
「そうだったか?」
自分の髪を恩坐くんの手から奪い返してそう言うと、恩坐くんはちょっとだけしょぼんとした顔をした。
やめてっ、三〇歳くらいの男性の姿でそれはなんか反則だ。
私の頭にある恩坐くんは中学生くらいだったので、大人の姿でそんな顔を見せられるとどういう顔をして良いのか分からない。
おじ様好きではあるのだけど、おっさん好きではないはずなのに、そんな仕草を可愛いとか思ってしまうではないですか。
「もぉ……そもそもどうして、外見がその年齢なの……?」
「ん? 若いほうが良かったか?」
「私も恩坐殿も、今の姿がしっくりするのですよ。外見年齢は多少いじれますが、魔力を多く消費するので人化の時間が短くなります。おっと、そちらの道が窪んでおりますので、お気をつけください」
「わっ、」
私が注意を戻す前に、ギアスがふわりと私を持ち上げて、荒れた道の先に降ろしてくれた。
私達は今、闇の勢力の本拠地である巨大空洞に来ております。
それでこの二人に案内を頼んだのですが、一応あの双子の子達からこの二人を離すのはちょっと心配だったので、現場主任的な恩坐くんに連絡して貰い、【失楽園】から護衛役として【上級悪魔】を150体ほど呼び出して置いてきました。
……150じゃ少ないかな? 過保護じゃないですよ。小さい子を甘やかすのはご褒美ですよ?
また話が逸れましたが、この巨大空洞までは走ってきましたが、ここからは徒歩で進んでいます。
空間転移が使えれば楽なんだけど、私は使えないし、恩坐くんもギアスも私ほどバカでかい魔力の塊を運べるほどの力量はない。
飛んでいけば速いけど、野良ゴンが飛び回っているそうなので、見つかると面倒くさいのです。
まぁ、ある程度なら私でも空間は歪められるから、普通に歩いても自動車並の速度は出せるので気にはしないことにする。
「お嬢様、この辺りから獣人やダークエルフどもが現れると思いますので、対処は我々にお任せ下さい」
「全部任せろよ、お嬢。……振りじゃないぞ?」
「………うん」
人をトラブルメイカーみたいに言いやがって……。
「おいそこのっ、止まれっ!」
………ええ~…。何このタイミングは? 出待ちでもしていたの?
兵士さんっぽい犬の獣人は、二名程の部下を連れて尊大な態度で声を掛けてくると、暗くて良く見えなかったのか近づいてきた私達を見て慌てて槍を構える。
「お、お前達、人間かっ!?」
「おい、俺らが“人間”に見えるのか?」
「ぶはっ!」
私は思わず吹き出した。
なんでっ? なんで、ウサギ耳が生えてるのっ!?
突然吹き出した私に警戒しながらも、私が無精髭のおっちゃんウサギ耳の衝撃で固まっていると、犬のお巡りさん……じゃなくて兵士達は納得したように頷く。
「なんだ、獣人族か。脅かせやがって。そっちの小娘は……まぁいいか」
ちょっと待て。変装も何にもしていない私を見て、どうしてスルーしたの?
「……私 が 何 か……?」
何もするなと言われていたのでニッコリ笑顔で尋ねてみると、狼狽したような兵士達から視線を逸らされた。
「い、いや、別に……」
「ふぉっふぉっふぉ、もう行ってよろしいですかな?」
「お、おう」
どうしてか分からないけど、あっさりと兵士の職務質問を抜けることが出来た私達は都市部の中心へと向かう。
「お嬢様のおかげで早く済みました。ありがとうございます」
だからどうしてよ?
「恩坐くんもどうしてウサギ耳……」
「し、仕方ねぇだろ、そもそもウサギにしたのはお嬢だろっ」
あ、一応、恩坐くんも恥ずかしかったのね。ちょっと安心した。それは良いとして。「ギアスのそれは何?」
ギアスも獣人を模しているのか、頭の両側にノアやニアとは少し違うけど立派な角が生えていた。それは想定内と言えばそうなんだけど……
「どうして羊の角なの? あなたの角は牛の角だったでしょ?」
私がそう尋ねると、ギアスは小さな子供を見るような優しい瞳で微笑みながらゆっくりと頷いた。
「はい、今の私は執事でございますので」
「………」
……おじいちゃんっ!
そうして私達は何の問題もなく、大空洞の中心にある封印された古城に辿り着いた。
闇の勢力を束ねた、昔の魔王の城。
そして……“最初の勇者”の城でもある。
なかなか進展しませんね……
次回、城の中に残された物とは。





