4-12 迷子になりました ③
「……とりあえず、落ち着こう」
少し驚いて呼吸するのを忘れていました。
……まぁ、呼吸はいらないんですけどね。私は人間だった経験があるので癖で呼吸しちゃいますが、うちの従者達に“人間らしく”呼吸をするように習慣づけるのはちょっと苦労しました。
それはどうでもいいですが、少し深呼吸。
「はぁあ……。さて、どうしようか……」
改めて辺りを見回すと、本当にただの森だった。
でも、さすがに地球でもアトラとも異なる世界なので、植物はどちらとも若干の差違が見られる。
……どういう進化をすれば、ハート模様の葉っぱになるんだろ。
それは良いとして、まだ陽が高いので暗くはないんだけど、背の高い樹木が多いのでもう少し陽が傾いてくれないと方角さえ分からない。
ちなみに現在の森は、木漏れ日零れるキラキラした感じではなく、虫以上の知能ある生物が逃げ出して、風の精霊さえ近寄らない“死の森”と化してた。
逃げ遅れたリスっぽい小動物や、馬車を牽いていた馬が、白目を剥いて泡を吐きながら痙攣しているのが、ちょっとしたアクセント。
誰がこんな酷いことを……っ!
「……移動しようかな」
ここで呆けていてもセフィラあたりが迎えに来てくれるとは限らない。
従者達やセイル国の関係者から引き離されて、安全を保証しながらも、碌な護衛も付けずに放り出している。
本当にわざとやっているんじゃないかと疑いそうになるわ。
私は森を歩く為に靴の踵をローヒールにして、スカートも脹ら脛丈から膝下丈に変形させた。まだ気絶したままのお馬さんは馬車から外して、目が覚めるまで襲われないように周辺の森をさらに威嚇しておく。
……これって誰かが捜しに来てくれていたとしても、逃げ出すな。
さて、私もノープランで知らない森を移動しようと考えた訳ではない。
どこから道を外れて突っ走ってきたのか知らないけど、少なくとも馬車が通れる場所があって、轍の跡も残っているはずっ。そこを辿っていけばどこかに辿り着けるでしょう。ふふふ、完璧ではないですか。
あ、そうそう、本日の私の格好は、いつもの黒銀ドレスです。
白金ドレスのほうは背中がエロいからね……。これでも一応貴族なので夜会でなら仕方なく着ちゃうんですけど、真っ昼間から着る根性はありません。
黒銀ドレスは、チョーカーやショールに変形出来るんですけど、やっぱり白金ドレスも呪われているらしく脱げませんでした。
……今度は何に呪われているのかしら。
それで白金ドレスですが、今は小さな白薔薇のイヤリングになっております。
これが結構可愛くてお気に入りだったりする。そのイヤリングを指先で軽く弾くと、頭から肩まですっぽり覆うレースのベールに変化した。
これで髪の毛を枝に引っかける心配もなくなりますね。
結果として車輪の轍は残っていた。歩き出して数分は森林浴を楽しんでいたのですけど、速攻で飽きたので飛んでいきたかったのですが、羽根を出して飛んでいるのを誰かに見られる訳にもいきません。
悪魔バレするのも困るけど、また天使だの何だの言われたら、私の羞恥心がやばい。
仕方ないので時速100キロ程度の小走りで森の中を駆け抜けていたら、すぐに山道のような道に辿り着きました。
………五叉路なんですけどっ!
「……どっち?」
どこのどいつだ、こんな田舎道を五叉路なんかにしやがった奴はっ。
「ふぅ……」
別に賢者じゃないけど、少し考えを纏める為に近くに立っていた角材を倒して、その上に腰掛ける。
主道じゃない細い道だとしても、道を知り尽くしているご近所さんだけが使っている訳じゃない。この道を使っている商人なんかが居るのなら、何かしらどこに通じているのか“道標”のようなものがあってもいいと思うのだけど……
「………」
何となく予感がして、私は腰を下ろしている“角材”に目を向ける。
そのまま無言で立ち上がると、角材を元のあった場所に突き刺して“何か”が書いてある面をぐるぐる回してから頷いた。
「これで良しッ」
そして何かに駆り立てられるように走り出した私は、小一時間程で計算通り村っぽいところに辿り着くことが出来ました。
すると村人らしき若者が……
「やあ、ここはカンペの村だよ」
「…………」
何か変なの居たっ!
***
北の山の中にカンペ村と言う、人口三百人程度の村があった。
名産は芋で名物も芋で主食が芋なこのカンペ村は、立地的に都心部から遠く、治めるのも面倒くさく、闇の勢力側に近い土地でありながら、良く忘れられる平和で静かな村であった。
「村長、やはり薬さ、たんねぇべ」
「うちの村さぁ、めったに怪我しねぇがらなぁ」
雑貨屋の主と村長が、神妙な顔で頷きあう。
静かな村だったが、隣国が闇の勢力に落とされてから情勢が一変した。
隣国から大量の難民が溢れ、金を持っている一部の住民は難民キャンプに収容され、食事と医療を受けられたが、着の身着のままで逃げ出したような者達は、どこにも受け入れられずに、放浪の末、カンペ村のような辺鄙な村に押し寄せたのだ。
この村に来たのは、およそ百五十名。
元々三百人しかいないところに百五十人。
あきらかに飽和状態であり、食料の芋だけは戦争状態で売りに行けないので大量にあるが、難民の半数以上が負傷者や病人で医薬品も足りず、住む場所も足りていない。
村長と村の顔役達は何日も掛けて大きな街まで出向き、難民キャンプを取り仕切る国家連合軍の事務所で支援を求めたが、事務員はこちらの言い分は何も聞かず、何とかして欲しかったら袖の下を渡せと、賄賂まで要求してきた。
ついでに運んできた台車一杯分の芋も戦時中と言うことで買い叩かれ、そんな金のない村長達が失意のまま村に戻ると、また問題が起きていた。
街への往復で数週間。それまでに重傷人の何人かが亡くなり、その家族の一部が無償で受け入れてくれたこの村に文句を言い始めていたのだ。
もちろん、大半の難民は村の人達に感謝し、率先して村の仕事を手伝っている。
だが、何もしないような柄の悪い若者達が、芋しかない食事に飽き、同じ物を食べ、率先して世話をしてくれる村人に肉を寄越せと詰め寄っていたらしい。
「ほんなら、また“執事様”におねげぇしてみんのはどうだべ」
「だが、あの方にも御用があるだで、あんまし引き止めるのも悪いべ……」
そんなある日、村に一人の老紳士が現れた。
旅装束でもなく旅の荷物もなく、まるで近くから散歩にでも来たような上等の執事服を着た老紳士は、ふらりと村に現れると、唖然とする村人達をよそに死者を弔い、文句を言っていた家族や柄の悪い者達を村の外に連れ出して、あっと言う間に更生させた。
土下座をする勢いで礼を言う村長達に、老紳士は穏やかに微笑み、その名前さえも教えては貰えなかった。
村人は尊敬を込めて彼を“執事様”と呼び、彼にどうしてこんな村にまで来たのか尋ねると、彼はとある高貴な“お嬢様”を捜している途中で、“食事”の為に立ち寄っただけだと言った。
「てぇへんだ、村長っ!」
「どうしただ、ジョン」
村長が雑貨屋の親父と話し合っている途中に、川岸芋畑の三男ジョンが血相を変えて飛び込んできた。
「な、なんか、真っ黒で金色の、とんでもねぇ“お姫様”がやってきただっ」
「……はぁ?」
***
「やあ、ここはカンペの村だよ」
その村人A?は、村の入り口でずっと同じ事を繰り返している。
え……何これ、どう見てもまともな状況じゃないんですけど。
どういう事なのかと辺りを見てみると、他の村の人達は私と目が合うと視線を逸らしたり、どこかに走り出したりしていた。
何故、逃げる……っ!?
「あ、もしっ、そこのおじさんっ」
その時、畦道の向こうを偶然通りかかったような農家のおじさんを見つけて、遠くから呼びかけてみた。
「どうしただ、嬢ちゃ…」
警戒心もなく近づいてきたおじさんは、麦わら帽子を取って私の顔を見た瞬間に硬直し、何やら動揺したように視線をあちこちに高速で巡らせはじめた。
久しぶりに本気で怯えられたっ。
「おじさん、大丈夫です……?」
「あ、…ああ、すまねぇだ……。嬢ちゃんみてぇな、都会の別嬪さんさ見たの初めてだで、吃驚しただけだぁ……」
「……あ、ありがとうございます…?」
なんか褒められている気がしない。
「えっと……そうじゃなくて、この人、どうかしたんですか?」
私はいまだに同じ台詞を繰り返す村人A?に視線を向ける。
「ああ、タロさか。こいつぁ最近来た難民のわけぇ奴だけどよ、ちぃと口さ悪がったんだが、“執事様”とお話ししてから、こんなに真面目な奴になっただよ」
「………そうなんだ」
これを“真面目”の一言で済ましても良いのでしょうか……。
「……執事様?」
途中で気になった単語があったので、何気なく聞いてしまった。
「とても、えれぇお方で、村の恩人だぁ」
「へぇ……」
「ほれ、あそこにいるのがそうだで」
おじさんの言葉に思わず顔を向けると、そこにはスラリとした中肉中背の、う~んと六十代くらい?の、白髪ナイスシニアなお爺様が歩いていた。
芋畑の風景から浮きまくっている、上等な執事服にモノクル眼鏡。
思わずセバスチャンと呼んでしまいそうな老執事は、ちょうど同じように私を見つけたのか、フォッフォッフォと、まるで宇宙人のような穏やかな笑みを浮かべて、かくしゃくとした足取りで歩いてくる。
あれ……? どこかで見たような?
「ユールシア様、お久しぶりでございます」
「え………………?」
彼は何者でしょう?
次回、老執事の正体
訂正。
申し訳ありません。炎の勇者の名称ですが、どうやら有名人の愛称と同じらしいので、ミンキチに戻させていただきます。





