3-20 勇者と契約しました。……そして
やりましたっ。勇者カンちゃんと契約が成立しましたっ。
夏のボーナスアップですっ(意味不明)
それに、なかなか良い具合に“曖昧”な契約になりましたね。曖昧なりに拘束力は弱いけど、細かい部分はこれから言質を取っていけば問題ないでしょう。
まさか、契約書も無い状態の“言葉”だけで契約になるとは、カンちゃんも気付いていない。
地球の現代人だと誰でもある程度の“契約”の知識は持っていて、悪魔にとっては厄介な相手なのだけど、それはこちらが“悪魔”だと気付いている場合だけ。
逆に現代人だからこそ、悪魔という存在を無意識に否定して、言葉だけの“約束”を拘束力のないものだと思い込んでしまう。
そこら辺も“駆け引き”も含めての『悪魔との契約』なんだけどねぇ。
わかるかなぁ? わかってないだろうなぁ~。
今回、カンちゃんとした契約はコレです。
ユールシアが渡したモノに、カンゾーが求めた分だけ、彼が対価を決めて差し出す。
コレです。これだけです。
色々と細かい部分はあるけど、大まかにはこれだけです。
一見するとカンちゃんにだけ有利な契約に思える。カンちゃんが自由に対価を決めて払うのなら、彼の自由に設定出来るのだから。
でもそれは、あくまで“人間同士”の場合だけです。
この契約の肝は、『カンゾーが求めた分だけ』の部分なんですよ。
カンちゃんは【魔宝石】を欲しがっている。
最初は、『あれば欲しい』程度の想いでも、手に入らなければ欲しくなり、入手する為の手間を掛ければ掛けるほど、彼の中で【魔宝石】の価値が上がっていく。
しかもこの世にほとんど出回っていないことが、彼のコレクター心を刺激した。
狂ったコレクターが家を売り、家族を捨ててまで、たった一つの【アイテム】を追い求めて破滅するように、カンゾーはそれを求めてしまった。
求めた分だけ……とは、数じゃなくて、求めた“心”です。
それに見合う対価は、何なのか?
その対価は、カンゾーの“心”が決める。求めた想いの分だけ、彼の魂が“価値”を決めてしまう。
私はカンちゃんに【勇者の秘術】を求めた。
支払う【対価】があるうちは問題ない。元々彼のモノではない対価を、カンちゃんは惜しげもなく支払うだろう。
それで満足すればカンちゃんは助かる。でもきっと彼はそれで満足しない。
誰も持っていないアイテムは“羨望”の視線を集め、彼はさらにその視線を求めてしまうようになる。
例えれば、ゲームのガチャにボーナスを突っ込むようなものなのでしょう。
次に支払うのは、自分ではない『他の勇者』のこと。
短い会話でも分かったけど、カンちゃんは自分の懐さえ痛まなければ、努力は惜しまないタイプだと思う。
彼はいずれ、【勇者】のすべてを売り払う。
でも……その後は?
すべてを失ってもまだ得たいのなら、彼は何を失うのでしょうか……?
なんか私、とっても悪魔チックですっ。
褒めてもいいんですよ?
あの平社員っぽい【悪魔公】が、契約に何百年も掛ける気持ちがちょっとだけ分かった気がします。
カンちゃんは、私の友達である可憐な“ドワーフの姫”と外見が似ているし、彼女よりも華奢だから、手心を加えないように心を鬼にしなくては。
とりあえず今回は、ファニーの魔力で作った手持ちの【魔宝石】をカンちゃんに渡して、その対価として『レベルアップ法』を教えてもらった。
勇者だけが使える【レベルアップ】の秘術。
勇気くんからも、それを情報として貰っていたけど、彼も転生して記憶が曖昧になっていたせいか、彼自身は感覚で使えるけど、悪魔が使用するとなると情報としては半端な感じだった。
レベルアップ。もちろんスキルのレベルアップはあるけど、普通の生き物は肉体のレベルアップなんて出来ないし、進化も出来ない。
そもそも敵を倒すだけでドラゴン並の身体能力を得られるなんて、生物としての限度を超えている。
筋肉の密度が鉛や白金以上の比重があれば何とかなるかも知れないけど、その時点ですでに生物としてまともに生活出来そうもない。
では何を以て“レベルアップ”としているのか。
簡単に言うと、自分の周りに【力場】のようなモノを発生させているらしい。
光の生命力と魔力が合わさったオーラのようなモノが、攻撃の何割かを軽減するのでHPが増えるのと同様の効果があるみたい。
MPも増強されるし、身体能力も強化されて、ゲームのようなレベルアップした状態になる。
「……これは、私もやったほうがいいかな?」
「ユルさん、どうしたぁ?」
私がぼそっと呟くと、合流した大地が声を掛けてきた。
数ヶ月前までただの高校生だったのに、ずいぶんと根性が据わってきましたね。
すでにカンちゃんとは離れて、私達は地下一階のドワーフ国まで戻っています。
カンちゃんは欲しかった【魔宝石】が少数とは言え手に入ってホクホク顔で配下達を連れて帰っていった。
大地は汗だくでへたっているけど、立ち上がれないだけでそんなにダメージは負っていないようです。
ニアがカンちゃん配下の騎士達とやりあったみたいだけど、大地は目撃しなかったみたいね。
だいぶ人間離れしたことをやったらしいけど、まぁ、人間食べるくらいなら、見られてもギリギリセー…ウト? 血塗れの指先舐めるくらいならセーフかも。
どっちみちあの騎士さん達は、魂を回収した後でこっそり新規入隊の【上級悪魔】を憑依させて監視役にしているので、情報は勇者側に流れない。
特別ボーナスとしてタコスルメも付けておいた。
そのうち一人は、エルダーリッチのリヒャルドくんのお友達だから、頑張ってくれるでしょう。
もう一人の人間である風太は、ティナのスパルタ特訓を受けたらしくて、まだ地面に転がったままだけど、偶にビクッと痙攣するくらいなので彼も問題なさそうです。
二人ともだいぶ強くなったなぁ。
「なんでもないですわ。それより大地と風太、セイル国に戻ったら燈火や瑞樹と一緒に戦闘方法を教えてあげるね」
「……うへぇ」
「………(ビクンッ)」
私がニッコリ笑ってそう言うと、また特訓かと大地が溜息を吐き、風太の身体がまた痙攣した。
今回でだいぶ情報が揃ってきたから、そろそろ大地達に【勇者の秘術】を教える準備をしないとね。
彼らは勇者になれるかな?
ただし……光の精霊じゃなくて、悪魔の加護なんだけど。
「それではセイル国に戻ります。みんな行きますよ~」
「「はいっ」」
「「………」」
大地と風太、返事をしなさい。
たかが行き帰り0泊4日程度の旅行(睡眠は気絶のみ)で音を上げるなんて、若者らしくありませんね。あなた達は自分で走ってもいないのに。
……もしかして、人間だときつい?
「私が調べた情報によると、『修学旅行』と呼ばれる行事の場合、男児は夜に眠らずに移動中だけ寝るそうなので、問題ないかと」
「………そうね」
ティナもそう言っているからたぶん大丈夫です。考えてみると、今の状況はそれに近いですね。
一瞬、私の中の『人間の常識』が崩れてきているのかと心配になりましたよ。
その後、私達は軽く食事をしてからセイル国に帰ることになった。
そう言えば、人間は食べないと死ぬんでしたね……。
帰る途中で、セイル国から出る時にいた監視役の騎士さん達とすれ違ったけど、ごめんね、私達もう帰るから。
森や山道を時速三百キロ以上での移動はきつかったのか、走り出して早々気絶した大地達をセイル国のお城で降ろすと、何か城の様子がおかしいことに気付いた。
「何かしら…?」
「そこら辺の貴族を締め上げますか?」
「……忙しそうだから止めなさい」
何だろう? 城の雰囲気がピリピリしている。
私を知っている騎士や侍女さんなどが、私に話しかけようとして躊躇している様子が窺えた。
情報統制されてる?
「ユルちゃんっ!」
やっぱり誰か捕まえるべきかと考えていると、燈火と瑞樹が私を見つけて駆け寄ってくる姿が見えた。
「二人ともただいまぁ。どうしたの?」
「あ、お帰りなさい」
「じゃなくてっ、ユルちゃん大変なのよっ!」
境界に近い、人間の小国の一つが闇の勢力に潰されたと、一報が届いた。
その日、この十数年膠着状態に陥っていた、光と闇の勢力の戦争が動き始めた。
……あれ? リンネ達って、今あっち側にいるんじゃなかったっけ?
男の子達は何をやってんの……。
これで三章は終了です。
次回から少々闇の勢力側のお話になります。





