2-15 神魔大戦 ②
※一部名称の変更がございます。
『…タス…ケ…テ……』
『……タ……スケ…テ』
『…タ…ス…ケテ……』
唐突に、そんな【音】が私の頭の中に響いた。
力の範囲が分からない。全体像も見えない……。【魔神】である私ですらこうなのだから、力はあっても恩坐くんや勇気くんは、見えてもただの天に昇る光……【柱】のようにしか見えないはず。
人間の“願い”と“欲望”の集合体。
渦巻く欲望を“祈り”として捧げられた、人間が生み出した“人”の為だけの神。
人の究極の理想……真なる神。
真神……【東京】……。
ズズズズズズズズズズズズズズズ………
この東京の都市全体を静かな地震が揺らした。
怯えている? 怒っている? でも確かに分かることは、【真神・東京】が私を敵だと見なしたと言うことだ。
マグマのように沸き立つ【力】が東京の都市から蒸気のように立ち上り……何かを生み出し始める。
「……鬼…?」
見た目で言えば、人間よりも大きな半透明の鬼だ。ただ欲望を集めたのか、悪霊共を集めて強化したのか、その鬼からは下級悪魔並の力を感じた。
それがパッと見ても数万体……。一体一体は私の敵じゃないけど、こうも多いと無駄に時間と力が削られる。
『ユールシア、下であの恩坐という奴が襲われてるぞ』
「……え?」
リンネに言われて目を凝らすと、遙か下で黒い点がちょこちょこ動いている。
『あの魔物共がこちらに来るまで、自由に動けるのは今のうちだぞ』
「……そうね」
こんな時、いつものリンネだったら、あの鬼共に突っ込んで貪り喰らっていたでしょう。それをせずにまだ私の肩にいるのは、よほど衰弱しているのか……。
とりあえず私は翼を畳んで、真下に向かって急降下する。
勇気くんの姿は見えなかったけど、私が居なくなったと思ったのか、戻ってきた一部の僧服連中に襲われていた。……恩坐くんは彼らからすれば裏切り者になるのか。
「…『吹き飛べ』……」
私の神霊魔法が、僧服連中を恩坐くんごと吹き飛ばす。……もちろん、恩坐くんは爆心の中心から外してますよ?
私は地上に降りると、恩坐くんを見つけて声を掛けた。
「大丈夫?」
「無茶すんなっ、柚子っ!」
土まみれになりながらも恩坐くんは元気だ。
「勇気くんは?」
「あいつはどこかに行った。たぶん家族のところじゃないか? お前、無茶苦茶しそうだって言ってたし」
「失礼だな」
大人しくするつもりもないけど、一度勇気くんに、私の印象を聞いてみたい気がするけど、どうせ碌でも無さそうなので止めておこう。
「あいつも新婚だしなぁ……俺はこんなんだが」
恩坐くんはそう言いながら、手近な岩に腰掛けて取り出した瓶から一口飲む。
「酒かよっ」
「俺は、坊さんは性に合わなかったみたいでな。今は徹夜明けの仕事帰りに、勇気の店で、ラーメン食いながら一杯やるのが楽しみなんだよ」
「拝み屋の仕事って……朝から酒か」
「さすがに昼からだよ」
「何処が違う」
なんだろう……すっかりダメな大人になっちゃった気がする。
「……柚子、あれを何とか出来るのか?」
少し真面目な顔になった恩坐くんが言うのは、あの鬼の群れの事か、【真神・東京】の事か……。でもどちらにしろ決まってる。あれが狙っているのは私なんだから。
「あの【鬼】に見えるのは、おそらく【御山】連中の“式神”だ。あいつら、この周辺の寺院に滞在しながら柚子に術を掛けていたが、戦う準備もしていたらしい」
「……あの【存在】の力を使っているの?」
「ああ、そうみてぇだ。巫女を通じて力を引き出しているようだ」
「……と言うことは、あいつもこの近くにいるの?」
私がある種の笑みを浮かべながら尋ねると、恩坐くんがわずかに唾を飲み込みながらゆっくりと頷く。
「そうだ。この近くの寺のどれかに居るはずだ」
「……分かった」
私も頷いて静かに鬼の群れに目を向けた。
もうだいぶ近づいている。ここももう安全じゃないな。あれが式神なら、ここで倒れているお坊さんを助けに来たのかも知れないけど。
「恩坐くんはここから離れて。出来れば東京から…」
『ユールシア、俺がこの男と居よう』
「……リンネ?」
リンネが突然そんなことを言い出して、恩坐くんは突然喋り始めた黒猫に酷く驚いた顔をしていた。
『今では、お前の邪魔にしかならん。少々回復するので……確か、恩坐とか言ったな。この辺りで障気の強い場所に案内しろ』
「……わ、わかった」
よく分からないけど、恩坐くんの事はリンネに任しておけばいいか。
「それじゃ行ってくるね」
『油断するな』
「気をつけろよっ!」
私はまたコウモリの翼を広げて空に舞い上がる。それと同時に先行して近づいていた鬼の群れが襲ってくる。
「『暗き畏れの光在れ……貫け、夜の槍』…っ」
行く手を壁のように塞いでいた鬼共を、『夜の槍』が貫いて道を穿つ。
『ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
鬼からやけに生々しい悲鳴が聞こえた。たぶん式神を操っている術者の悲鳴か。
鬼を消滅させると、向こうにもダメージが行くみたいね。
私は東京の街のほうへ飛び、周囲を鬼達に取り囲まれながらも魔法を使う。
「『暗き畏れの光在れ……射貫け、夜の弓』…っ」
上空から鬼にではなく、東京の街に向けて私は数百本の矢を解き放つ。
狙いは【真神・東京】……。東京の街に重なっているので、撃てばとりあえず当たるから楽だ。
ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ……………
痛みを感じるのか、それとも恐怖からか、【真神・東京】が震えると、東京の街も地震のように揺れて、窓硝子に罅を入れた。
街から悲鳴が聞こえる……。
そして不安そうに空を見上げた人達の中で、ごくわずかな人達が【鬼】を見て恐怖に顔を引きつらせた。
彼らは【鬼】が見えるのね……。でも、私も自重しない。元々持ってもいない。
この世界には人間が増えすぎて、自然を食い散らかしたせいで魔力が無くなり、精霊と悪魔が居なくなった。
そのせいで輪廻のバランスが崩れて、世界が衰退し始めている。
天敵を失った“人間”には“畏れ”が必要だ。
恐れることで見えないモノを敬い、また精霊を復活させる必要があった。
だから……この“世界”は、“私”を呼び寄せた。
衰退を始めたこの世界に、悪魔の祝福をさせる為に……。
まぁ、そんな建前はさておき。
「『夜の槍』…ッ!」
東京の中心地……【真神・東京】の中心に、私は渾身の夜の槍を投げ放つ。
轟音を立てて飛びゆく槍は、数百体の鬼を引き裂いて東京へと飛ぶ。
『…タスケテ…ッ!!!!』
「っ!」
東京に一際大きな揺れが起きて、私の『夜の槍』さえ防いで尚、津波のような衝撃波が【真神・東京】から襲ってきた。
「『輝聖盾』っ!」
私も咄嗟に防いだけど、あまりの衝撃の大きさに一瞬意識が遠くなる。
……さすがは神様、か。
私が一瞬だけ体勢を崩した隙を突いて、また鬼達の群れが襲ってきた。
仮にも【神】である【真神・東京】の相手だけでもギリギリなのに、その上、数だけは多いこんな奴らの相手までしていられない。
「『天より降る暗き冬の』……」
私も苦手だけど、範囲攻撃が出来ない訳じゃないんだよ? そして、この魔法の範囲は……東京の街全体だ。
「…『夜の雨』…」
私の神霊魔法に、青空だった空が暗い雲に覆われた。
その雲から降る黒い雨は、その全てが魔法による精神攻撃だった。
「ほら、さっさと防がないと、人間達に被害が出るわよ?」
なんか、凄く悪役っぽい台詞です。
私の声が聞こえた訳じゃないんだろうけど、数万体の鬼達が辺りに散って夜の雨を防ごうとする。
大したダメージにはならないけど、動きは封じた……かな?
あの鬼達は【真神・東京】じゃなくて、あのお坊さん達に行動の決定権があるみたいね。
ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ………
また東京の街が鳴動する。
今度は何? 思うように動かない鬼達に焦りを覚えたのか、東京の大地から【力】が吹き上がり、巨大な何かが這い出るように生み出された。
「……龍…? いや、蛇かな?」
簡単に言えばそうなんだけど、ただ蛇っぽい形状をしているだけで、子供がペンで殴り書きをしてぐちゃぐちゃに塗りつぶしたようなもの……としか説明できない。
でも強い力は感じる。
出てきたのは10体ほど。その中でも一際大きな八つ首の蛇からは、大悪魔ほどの威圧感を感じた。
やっと本気になって、自分の【眷属】を生み出したのか。
だったら、
「……私も眷属を呼ばないといけないね」
来るかどうかは賭けだった。でも充分に勝算はある。
「……『悪魔召喚』……」
私の召喚魔法で、私を中心に巨大な『積層型立体魔法陣』が生成される。
何故だか分からないけど、私の召喚魔法に強制力はないらしく、自発的に協力してくれるモノしか召喚できない。……海産物とか。
でもこっちに来る時、リンネは、あの子達が私を追ってくると言っていた。聖王国の座標が分からなくても、私を追って近くまで来ているのなら……
「おいで……私の可愛い従者達……」
空に残っていた暗い雲がさらに暗くなり昼を夜に変える。
神の眷属とは逆に、天より雲を貫くように四つの光の柱が堕ちると、雷鳴轟く中、四体の人型の影が姿を現した。
『『『『…………』』』』
この世界に堕ちた悪魔……天変地異を起こす大精霊に匹敵する四体の大悪魔。
キィイィキィイイィイイキィイイィイキィイィキィイイィイイキィイイィイキィイィキィイイィイイキィイイィイキィイィキィイイィイイキィイイィイッ!!!
数千数万の黒板を引っ掻くような、悪魔の歓喜の嗤い声が東京中に響き渡り、東京の高層ビル群の窓硝子を残らず砕いた。
地上から人間の悲鳴が聞こえる。それに悪魔達がさらに歓喜の笑いをあげる。
あんた達、喜び過ぎよ。
「主様っ!」
「ユールシア様っ!」
立ちふさがる鬼を引き裂きながら、四方から従者達が飛んでくる。
真っ先に突っ込んできたのは、金髪と銀髪のメイド服の少女達。一瞬早くファニーが私の胸に飛び込んで、その一瞬後に来たティナを、私はつい癖で顔面を鷲掴みにして押さえた。
「な、なぜでしゅか」
「……あ、ごめん、会えて嬉しいよ」
そのままほっぺをプニプニしてティナの機嫌を取っていると、ちゃんと仕事する系の二人の兄妹が周りの鬼共を殲滅してから近づいてくる。
「お久しぶりでございます。主様」
「ユールシア様ぁ、着きましたよーっ」
「みんな、久しぶり……ご苦労様。全員状況は分かってる?」
多少無茶ぶり気味に尋ねてみると、護衛騎士のニアと、侍女のティナは全然分かってないのに自信満々に頷いて、ファニーは私に甘えるのが忙しくて、そもそも聞いていない。その中で執事のノアがニヤリと嗤う。
「問題ございません。私達は、あなたの手足であり、盾であり、剣でございます。どうか我らにご命令を」
「うん、そうね」
私もニッコリ微笑んで、彼らに命じる。
「私の邪魔をする奴を滅ぼしなさい」
「「「「はいっ」」」」
さて、準備は整った……けど、大悪魔である四人でも、あいつら全てを任せて平気かなぁ?
そんな私の心配をよそに四人はまた四方に散ると、何か“鍵”のようなモノをポケットから取り出して天に掲げる。
『開け……【失楽園】…ッ』
突然、残っていた雲が漆黒に染まり……それを媒介として何かの【扉】が開いた。
「………うわぁ」
何これ……聞いてないよ、私。
そこから出現した数千体の【上級悪魔】のような凶悪な個体が、ぱらぱらと黒い雪のように東京の街に降りていく。
「ノアッ!?」
「問題ありません。すべてユールシア様の軍勢にございます」
「そ、そうなの?」
まぁ、いいか……。でもこれで数の上での不利はなくなった。
それじゃ、それっぽく命令させていただきます。ちょっとドキドキ。
「上級悪魔達よっ!」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッ』
私が声を上げると、数千体の上級悪魔が私を見上げて歓声を上げる。
「鬼共を蹴散らせっ。その操っている者共を炙り出しなさいっ」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッ!!!』
そして神の眷属と悪魔の軍勢との戦闘が始まった。
数の違いはあるけど、戦力はほぼ互角。
夜のように暗い昼の街で、空を埋め尽くす【悪魔】と【鬼】が互いを潰し合う。
東京都その周辺に住むと人々は、暗い空に不安げに天を見上げ、その中でごく少数の“見える”者達は、この世の終わりのような光景に絶望の顔でその場に膝を突いた。
「……『千里眼』……」
私は【真神・東京】を牽制しながらそっと唱えた神霊魔法の視界の中で、悪魔達に襲われる寺院の中から私はついに目的のものを見つけた。
勘違いした時代劇で使われるようなやけに扇情的な着物を着て、周りに美少年を侍らせていた20代後半のケバい女が、恐怖の顔で慌てたように外に飛び出していた。
「見つけたよ……マツリ…」
次回、恩坐とリンネはどう動く?





