2-14 神魔大戦 ①
そうだ、私はユールシアだ。
ユールシアとしての記憶も力も全て取り戻した。
この黄金にしか見えない髪も、毛穴さえ見つけられない白い手も、随分と久しぶりに感じる。
この全身に魔力が馴染む感じも本当に久しぶりだ……。ただの人間だった“柚子”の身体とは全然違う。
どっちも“私”の身体には違いないから、柚子の身体も精神面は違和感なく馴染んでいたけど、このユールシアの身体は完全に悪魔の魔力に最適化していた。
死んだ赤ん坊に憑依する形で人間の属性を得たのだと思っていたけれど、思い出してみると、この身体には“柚子”の面影がある。
どういう事なんだろ……?
憑依ではなくて、あの時点でまた“私”の属性を持ったまま【転生】したと言うことなのだろうか。
まぁ、それは今はいいとして。
「ここ……どこ?」
私は今、電撃だかプラズマだかバチバチ光るモノで、空中に拘束されている。
手足も普通に動かせるし、上を見上げれば青空が見えるけど、周りは光に遮られて何も見えない。
「……ん?」
その時、見上げた真上の空から黒い点が落ちてくるのが見えた。
『ユールシアっ!』
「リンネっ!」
柚子で見た時と同じ【黒猫】モードのリンネが私の肩に舞い降りる。
本当に……久しぶり。
「リンネっ、……ごめんね。なかなか思い出せなくて」
『いや、問題はない』
そうは言ってくれるけど、リンネから感じる魔力値が随分と小さくなっている。
「衰弱しているの……?」
『……ユールシアの封印を逆に利用して【過去】に干渉していた。だが、【魔獣】の俺では言葉を掛けることすら出来ずに、このざまだ……』
「………ありがと」
私はリンネの顔に指で触れて、そっと顔をすり寄せた。
「……あれはなんだったの? 夢じゃないんだよね?」
『あれは紛れもなく、お前の【過去】だ。この世界の史実もそれに伴って変わっているはずだ』
……だとしたら、私は15歳の時に病気で死んだんじゃなくて、12歳になる前に、あいつに刺されて死んだことになっているのか……。
思い出したら段々腹が立ってきた。
あいつめ……、今でもこの世界にあの“マツリ”が居るのなら覚悟しとけよ。
「それで、今はいつ?」
『俺達がこの世界に来てから……半年だな』
「半年か……」
結構長いこと封印されていたんだね。体感では六年だけど……。
そう言えば手足も少し成長しているような気がする。そっかぁ……いつの間にか私は12歳くらいになったんだね。
この一年、半年は【悪魔公】の、ひ、…ひら、何か、ぬらりひょんみたいな名前の奴とぶっ続けで戦って、残りの半年は封印とか私が不憫だ。
そう言えば、柚子でも12歳で……
「……そうか」
あの時、恩坐くんは、『12』と『砂時計』の術式だと言っていた。
仮定だけど、おそらく本来の術式は、赤ん坊から十二年掛けて、砂時計の砂が落ちるように“存在”を削っていく感じなんだと思う。
ユールシアが12歳に近かったことで、その術式が作られたのかな?
仮定が確かなら、過去の柚子が12歳になって、現在のユールシアも12歳になった時に私は完全に消滅するはずだったのでしょう。
でも私は、過去に【自分】が居たから、その人生を潰すことが出来ずに、半分の6歳からスタートした。
だから曖昧でも“私”の記憶が残り、リンネの捨て身の干渉もあって【悪魔】の力も取り戻せた。
それがあの【存在】を焦らせた。だからマツリのような者を使って術式に干渉して、そのせいで私が12歳になる前に“私”が覚醒できるような戦闘が起きた。
……こんな感じかな?
「リンネ、とりあえずこの“檻”から脱出するよ」
『……それから?』
リンネが分かりきった事を聞くような口調を使うので、私もそれにニコリと微笑む。
「殲滅戦よ」
ここまでバカにされたのは初めてですよ……。
「…『暗き畏れの光在れ』…」
この光の檻は、聖属性じゃないけど“魔”を封じる効果があるのでしょう。だとすると、私の対悪魔用兵器である【輝聖シリーズ】は効果が薄い。
でも私は、いつか敵対する悪魔以外を倒す術が必要になるかと、精神界から作用する新しい魔法を作っていた。
「『貫け……夜の槍』……っ!」
長さ5メートルを超える漆黒の槍が生み出され、私はそれで光の檻をなぎ払った。
パキィイイイイイイイイイイイイイイィンッ!
硝子が割れるような音と共に光の檻が打ち払われた。
……ここはお寺? いや、また神社かな? 森に囲まれているけど、遠くに高層ビルが幾つも見えるから、東京からさほど離れていないのかも知れない。
「………」
周りを見回すと、私を中心に数十メートル離れて、数百人の僧服の男性達が取り囲んでいた。
彼らから驚愕と恐怖の瞳が私に注がれている。それでも私が視線を向けると、現実離れした私の姿にポカンとした顔をしてへたり込んだ。
そんな男達の中に、たった一人だけ私服っぽい革ジャンを着た男性が、周りの者達に取り押さえられていた。
……あの人……どこかで。
「……柚子っ!」
声は違ったけど、その言葉のイントネーションに懐かしい感じがする。
シャラ……と、現れた黒くて細い鎖が私の手から伸びて、その人にまっすぐ繋がっていた。
まさか……
「恩坐くんっ!?」
私が声を出すと、やっと正気に戻ったのか僧服の男達が騒ぎ始めた。
「なんてことだ……」
「邪悪が解き放たれたぞ……っ」
「こいつが邪魔を…」
「落ち着けっ、さらに術式を掛けるんだっ」
「……世界の平和が、」
「陣を組めっ、」
「ぎゃぁあっ」
「ぐぁあああああああああああっ!?」
「誰だっ!?」
彼らの背後から何かが近づいていた。
小さな竜巻のような暴風が吹き荒れると、僧服の男達が悲鳴をあげながら吹き飛ばされる。
その向こうに、巨大な大剣を構えた黒覆面の姿があった。……って、あれは勇気くんなのっ!?
おっと、思わず傍観モードに入ってました。
私は地上に降りて、恩坐くんが拘束された辺りに声を掛ける。
「二人とも、光属性防御っ」
「はぁあ!?」
「ちょっと待てっ!」
「『貫く光在れ……輝聖槍』…っ」
勇気くんが慌てて恩坐くんの側に飛んでいき、光属性の魔法防御を張ると同時に、私の【輝聖槍】が僧服の男達を吹き飛ばした。
……まぁ、あの二人も吹き飛ばされて、私のほうへ転がってきたけど。
でもこれで終わると思わないでね……っ。
「『射貫く光在れ……輝聖弓』…っ」
追撃の輝聖弓から数百本の黄金の矢が撃ち放たれて、僧服達を襲った。
逃げようとする者。戦おうとする者。呆然とする者。全て等しく私の攻撃で絨毯爆撃を受けたように吹き飛んでいく。
まぁ、運が良ければ生きてるでしょ。
身勝手な理論で、一方的に敵対してきたのはあなた達よ?
軽く殲滅すると、唖然とした顔の二人が近づいてくる。
「「「………」」」
私達は側に寄ると、互いを複雑そうな顔で見つめ合う。そして恩坐くんが最初にその口を開いた。
「……本当に、…柚子なのか?」
「そうよ。今の私はユールシアって名前だけど。……恩坐くんは老けたわね」
「まだ、老けたって歳じゃねーよっ」
恩坐くんの見た目は結構変わっていた。
順当に歳を取っていれば、大体30歳くらいか。まぁ、現代人の30歳なら見た目はだいぶ若いんだけど、恩坐くんは何というか、うらぶれたおっさん臭さが滲み出ていて良い感じです。
「無精髭は剃ったほうが良いよ?」
「ははっ、……この感じ。本当に柚子だ」
恩坐くんは私の近くに寄ると、力が抜けたように両膝を地面に落とした。
「……本当に…良かった。お前が死んだなんて信じてなかった。……この封印がお前を封じていると、俺は……」
「恩坐はずっと、お前を救う手段を捜していたんだ。術式の最終段階手前で邪魔できたのは運が良かった」
「……勇気くん」
勇気くんは覆面を下げてわずかに顔を見せる。
彼も二十代の半ばから後半ってところか。恩坐くんを先に見たせいか、順当に育ったなぁ……って感想しか出てこない。
私が思い出せただけじゃなくて、彼らも助けてくれたんだ。
「良かったの……? 私に手を貸して」
「……お前が俺が思っていたよりも強大な“魔物”なのは拙いんだが、俺はこの僧侶達の一方的なやり方が気にくわない。それに……お前には返しきれない借りがある」
「………真面目だねぇ」
相変わらず融通が利かないね。……ううん、不器用なりに柔らかくはなっているか。
「そして俺は、あの【存在】が許せない」
「………あれね」
私の襲来を感知して、この国の人達を使い罠に掛けた存在。
力はあるのに、やる事は幼い感じがするし、巫女は居るものの崇められているのではなくて利用されているようにも感じる。
「柚子……今はユールシアか。お前に俺の記録しておいた記憶を渡す。俺が調べたあの存在のことが分かるだろう」
「……うん」
勇気くんはコンパクトに纏めた積層式魔力魔法陣を私にくれた。
私がそれに魔力を通わせると、柚子が消えてから今までの出来事が私の頭に流れ込んでくる。
……何かが見えてくる。音のないダイジェストのような断片的な光景だけど、不思議と理解することが出来た。
琴ちゃんは父ちゃんと結婚したんだ……。
勇気くんと美紗も結婚したのか。……『娘はやらん』が出来なかったなぁ。
父ちゃんのお店の二号店を勇気くんがやってるみたい。
大葉お兄ちゃんはうちの社長になったんだ。
お父さんとお母さんは、まだ元気なのね……。
公貴くんと華子も一緒になって、もう赤ちゃんも居るんだ。
王子くんは……良かった。ちゃんと普通のふくよかなお嫁さんを貰っている。
恩坐くんはお寺のお坊さんじゃなくて、拝み屋になったのね。お兄さん達のやり方が気に入らなかったのかな。
恩坐くんは勇気くんと一緒に、私のことを調べていたみたい。
そして……
マツリは今、巫女を束ねる立場にいるらしい。
私を殺した事になっているのに罪にも問われてもいない。かなり強烈に憑かれていたから、ある意味当然か。思考が幼い者同士波長があったのだろう。
そして……その力を与えた【存在】は……
「これは、本当……?」
「ああ、こいつはまだ目覚めちゃいけない」
「うん……早すぎる」
魔力が少なく、精霊が眠りについて、“魂”の在り方がおかしくなった歪な世界。
アレは本来ならそれに対応する為に、まだ先の未来で生まれるはずだった。
それを人間の“欲望”が掘り起こした。
「………」
私は黄金のコウモリの翼を出して空に昇る。
「翼っ!? 柚子、どこにいくんだっ」
恩坐くんの声が聞こえたけど、それよりも確認したいことがある。
かなり上空まで昇ると、何処までも続くような巨大な都市が広がっていた。
私はその【存在】を認識して、ジッと目を凝らすと、その街に重なるようにあまりにも巨大なモノが見えた。
新しい文化の中心。眠らない街。世界中から認識される巨大な都市。
欲望……憧れ……虚飾……。それらの意識が集まり、人間達の身勝手な【想い】が、その【存在】を世界に生み出した。
この世界にだけ生まれた、新しい、人間の理想とする真の【神】……。
「………【真神・東京】………」
次回、神の軍勢と悪魔軍の戦闘が始まります。





