2-02 ダンスをしましょう ②
本日二話目
「まあ、こんな所にいらしたのですね、アタリーヌお姉様っ」
「ユールシアっ」
私が集団に声を掛けると、その中心に居たアタリーヌ姉様が安堵したような笑みを見せてくれました。
本当に姉様は可愛らしくなったわ(涙)……。以前の険を撒き散らすような素敵な視線が懐かしい。
以前は弩ツンデレを拗らせて、触る者皆傷つけていたお姉様でしたが、事故で記憶を失い、聖王国で暴れていたのがすでに八年前の子供時代と言うことで、社交界ではだいぶ同情的な雰囲気になっております。
その影では、お母様が積極的に茶会に連れて行ったりと頑張ってくれたこともありまして、相当嫌っていたあのエレア様とも和解できたらしいのです。
まあ、今のお姉様は本当に人畜無害の小動物系ですからね(涙)。
「ゆ、ユールシア様っ」
「聖女様っ」
私の登場に妙齢の男性達が慌てて道を開くと、てててっとアタリーヌ姉様が私に駆け寄って寄り添ってくる。
トゲがなくなったお姉様は凄く綺麗で可愛らしい。でも、前のような迫力はすっかり無くなった。魂が半分程度しかないから仕方ないんですけど、その分すっかり柔らかい雰囲気になりました。
元から魂の強さが大きすぎたんですよ、彼女は。半分でやっと普通の女の子です。
でもそうなることで新たな問題が発生した。
今のアタリーヌ姉様は、儚げな雰囲気の可憐で人当たりが良い凄い美人で。自己主張も弱くて従順。王弟である大公爵を父に持つ公爵令嬢で、救世の聖女の姉であり、多少問題があって国を長いこと離れていたことから婚約者もいない。
何という売り手市場。色々な偶然と要因が重なった結果、女性に縁遠かった独身男性達にとって理想的な、夢のような奇跡の女性になったのです。
……ホントに何でこうなったんでしょうね(涙)。
「あなた方、お姉様に何をしていらっしゃるの?」
私がニコリと微笑むと男性達がわずかに下がる。そりゃあなた達が迫力のある貴族っぽい強い女性が苦手なのは分かりますけど、露骨すぎますよ。
「私は何も……」
「アタリーヌ様とお話をしたくて……」
「な、何もしていませんっ」
「私はただ、彼女をダンスに……」
なるほど。でもあなた達では、やっと手の中に戻ってきた素直な娘を可愛がっているお父様から奪い取れそうにないわね。
だいぶ被害者達との溝は埋まったけど、それでもまだお姉様を恨んでいる人も居る。
純粋な被害者を装った、蹴落とされたライバル令嬢とかね。
貴族だから恨まれるのも敵が居るのも当然ですけど、それから護れる人じゃないと私も不安で仕方ない。
「そうなのですか? お姉様」
「わたくしは、お断りを……」
「私はアタリーヌ嬢のような可憐な女性が、壁の花に甘んじていることを見過ごせなかったのです。お許しください」
「……あなたは?」
「これは失礼いたしました、麗しの若き聖女様。私はモンテ伯爵家当主、ダンテと申します。お見知り置きを」
ダンテは優雅に膝を突くと、慣れた仕草で私の手袋の指先に唇で触れる。
やっぱり強者が混じっていましたね……。確かモンテ伯爵は東方の大貴族で、当主のダンテはまだ二十代後半ながら独身で、やり手と有名な若き当主と聞きました。
お姉様の立場は、公爵家や王家と繋がりを持ちたい貴族にとって十分に魅力的です。
彼は政略結婚の相手としては申し分ないし、愛のない結婚も貴族の娘ならある程度は覚悟していますが、……どうなんでしょ?
お姉様を託しても大事にはしてくれるでしょうけど、この年齢まで独身で、女性慣れしているから愛人くらい当然いるだろうなぁ。
私はお姉様のほうへクルリと向き直る。
「え……ユールシア?」
「お姉様、この方がダンスを申し込んでらっしゃいますがどうします?」
「わ、わたくしは、初めてのダンスは……その…」
ああ、そっかそっか。記憶が無いから夜会でのダンスの経験もリセットされるのか。でも、何となく分かったからいいや。
私はまたダンテを向き直り。
「ごめんなさい、モンテ伯爵。本日は引き下がって貰えるかしら?」
私がにこやかにそう言うとダンテは一瞬目を瞬いて、それからニヤリと笑う。
「それでは一応合格点……と言うことで宜しいですかな? 姫様」
「どうかしらね」
なるほど、彼は貴族でしたたかだ。
「ではアタリーヌ嬢。次の機会は私の誘いを受けてもらえますか?」
「え、あの……」
やっぱり少しは釘を刺したほうがいいかしら? そう考えた時、違う方向から声が掛かった。
「ユールシアっ、アタリーヌっ」
「リュドリック様っ!」
「リック……」
またややこしい男が来たっ。いや来てもいいんだけど、ゾロゾロと令嬢を引き連れてこないでよ。
「アタリーヌ、こんな所に居たのか?」
「は、はいっ」
そう言えば、リックは記憶を失った姉様のお見舞いに何度も来ていたそうね。リックは姉様に声を掛けると、彼女の手を取っているダンテをじろりと見る。
「貴殿は……モンテ伯爵だな。アタリーヌと何か?」
「これは殿下。女性を口説くのに王家の許可が必要でしたか?」
お、おう……どうすんべ。何だこの状況。とりあえず私は遠巻きにしていた令嬢達に一歩踏み出すように笑みを向けて追い払っておく。
ダメだ、状況が分かりませんっ。とにかく打開策は……あった、強烈な奴。
「ミレーヌ様っ」
私が名を呼ぶと、独身男性をゾロゾロ連れて歩いていたオーベル女伯爵――ミレーヌちゃんが、もの凄いしかめっ面で私を見て、こちらに向かってきた。
相変わらずの凄い大美人の迫力に、睨み合っていた男二人も思わず黙る。
「あ~ら、ユールシア様、なかなかお会い出来ないから忘れられたと思いましたわ」
「まあっ、大切なお友達を忘れる訳がありませんわ」
「色々と忙しかったのでしょう? わたくしに構っている暇などありまして?」
「あなたほどではないわ。とっても会いたかったのよ?」
にこやかに笑顔で鬼気を撒き散らしながら会話をする私達に、リックもダンテも顔色が悪くなり、ミレーヌの取り巻きも散っていく。
二年間も聖王国の裏方任せてまだ会いに行ってなかったからねぇ、だいぶ鬱憤溜まってるなぁ。だけど、とりあえず話を合わせろ。と言うか察しろ。
そんな無茶ぶりを込めてチラッと姉様に視線を向けると。
「あら殿下、それとモンテ伯爵、お久しゅうございます」
「あ、ああ」
「こちらこそ……」
ダンテの私達を見る目に微かに怯えが走る。
「おや、そちらの方はもしやアタリーヌ様では?」
「は、はいっ!」
「こうしてお話しするのは初めてですね。宜しければ今度お茶などいかが? 男性のあしらい方など、お友達としてお話ししましょ」
「はい……」
さすがミレーヌ。社交界の大華、“白銀の姫”ともなると、多少上からの物言いも当然の如く受け取られる。
しかもミレーヌのような自分の“場”を作る女性は、たぶんダンテの天敵だ。
「それが良いですわ、アタリーヌ姉様。そうそう気分が悪かったのでしょ? リュドリック兄様、姉様を連れて行ってさしあげて。男性でも従兄弟なら問題ありませんし」
「お、おう」
「それではモンテ伯爵。わたくしとミレーヌ様がお相手でも宜しいかしら?」
「……いえ、私も胃が痛いので下がらせて戴きます」
少し鬼気に当てすぎたか。リックや姉様はある意味慣れているけど、一般人はきついだろうなぁ。
最後に少しだけ苦笑してふらつく足で離れていくダンテを二人して笑顔で見送ると、ミレーヌが笑顔のままで私に顔を向ける。
「わたくしを露払いに使わないでくれる?」
「あなただって、また私を虫除けに使ったでしょ?」
「はぁ~…まあいいわ。変わっていなくて何よりね」
「お互いにね」
私達が二人揃うと注目は集めるけど、人は寄ってこなくなる。不思議っ。
「二年も何をやってたの? 結構大変だったのよ」
「あなたが真面目で助かってるわ……」
「教国の連中が裏からちょっかい掛けてきてたのよ」
「ああ、それも聞きたかったのよ。……そんなにいた?」
「結構ね。商人から乞食まで色々。……情報纏める?」
「うん、お願い。それと今度から見つけたら駆除していいから」
「……私のやり方でいい?」
「もちろん」
「それとさ……」
「ん?」
「ユールシア、王都に出す店とかに出資する気ない?」
「……領地の経営上手く行ってないの?」
「だって、特産品が……」
そう言えば特産ワカメパンの材料二年も渡してないな。
「裏社会からの上納金もあるでしょうに……」
「そんな、あいつらゴミだって生活があるからっ」
「………」
本当に生真面目な性格だな。
「分かった。カーペ商会から匿名で出資させとく。あと材料も」
「助かるわっ」
信じられますか? これ悪魔と吸血鬼の会話なんですよ?
「うちの海産物も売るから、人員と経営はそっち、利益は相談で」
「了解」
それから女二人で愚痴の言い合いをしていたら、だいぶ時間が経っていました。
我ながら何をやってんだか……。
そろそろラストダンスになろうと曲が変わり始めた時、会場の一角から微かなざわめきが起きて、海が割れるように道が開く。
静かに歩いてくる一人の青年に、男性達は目を見張り、女性達は溜息を漏らす。
異国風のエキゾチックな貴族風の衣装。
後ろに流した艶やかな黒髪に、月のような銀色の瞳。
会場の注目を集めながらそれを気にした風もなく、淡い褐色の肌の美丈夫は、私の前まで来ると、静かに手を差し出した。
「踊るぞ」
「もう少し気の利いた誘い方はないの?」
私はクスッと私から彼の手を取り、ラストダンスの中央へと躍り出る。
その片隅で――誰も注目していないテラスの一つで、アタリーヌ姉様が可愛らしい笑顔を浮かべて、一人の青年と踊っていた。
なんだか書いていてドロドロしてきました(笑)
もっと軽い感じになるつもりだったのですが、何故でしょう?
次回は王都に出現する謎の店舗……





